66.ルリアナとセルス
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魔王城内部に入る。
いや、厳密には旧魔王城と呼ぶべきだろう。
エリザが話してくれた情報通りなら、ここは先代魔王の城だ。
そして今、俺たちの前に座っている二人が、その先代と関係のある悪魔たちだと思う。
赤黒い髪と赤い瞳の十歳ぐらいの少女。
隣に立つ白髪に執事のような服を着た老魔が、頭を下げて言う。
「まず感謝を。先ほどは魔王様を救って頂きありがとうございます」
「い、いえ元はと言えば俺の所為ではあるので」
俺が言霊で動きを止めなければ、彼女も落下することはなかったのだろう。
「受け止めてくださったことは事実です。不甲斐ないことに私は間に合わなかった。それどころか、聖女殿に治療して頂かなければ、あの場で命を落としていたでしょう」
老魔がフレミアさんに視線を向け、深々と頭を下げる。
「感謝いたします」
「お気になさらないでください。それに私は、聖女と呼ばれるほど偉くはありませんよ」
「いいえ、貴方の力は聖女と呼ぶにふさわしい。あれだけの傷を一瞬で癒すなど、かつての魔王様に匹敵する」
かつての魔王、という言葉が引っかかる。
話の途中ではあったけど、俺は老魔に尋ねる。
「かつての魔王というのは、先代という意味ですか?」
「はい」
「ではこの城も?」
「はい。先代の魔王様……サタグレア様の城です。そしてこの方こそ、先代魔王様のご息女ルリアナ様です」
「先代魔王の子供?」
ルリアナと目が合う。
睨んでいるわけでもなく、恐れている様子もない。
ただ俺のことをじっと、観察しているように見えた。
「申し遅れました。私はセルスと申します」
「ボクはアレクシアだよ!」
「レナよ」
「アスランだ」
「フレミアです」
「僕はユーレアス。隣にいる彼女は」
「エリザです」
「俺はエイトです。セルスさんは、先代をご存じなんですね?」
自己紹介の終点で、俺は疑問に思っていることを尋ねた。
セルスさんは頷き答える。
「私は先代より魔王様の側近の任についています。現在はルリアナ様の……魔王様の側近です」
「なるほど」
「違うのじゃ」
ルリアナが何かを否定した。
そのまま続ける。
「妾は魔王ではないのじゃ。まだ……父上にはなっていない。じゃから爺も妾を魔王と呼ぶな! いつも言っておるじゃろう」
「しかしあなたは先代のご息女、次代の魔王となるお方だ」
「じゃが魔王は別におるじゃろ! あの裏切者を倒すまで、妾は魔王を名乗らん」
「……」
二人の話がつまり、深刻そうな表情を見せるセルスさん。
蚊帳の外の俺たちだったが、ユーレアスさんが二人の間に飛び込む。
「その辺りが疑問だったのですよ。この地に先代魔王がいたとして、今まで我々はそれを知らなかった。いや、我々の領土に侵攻を開始したのは、現魔王の体制になってからなのでしょう。現魔王誕生の経緯を、もしよろしければ教えて頂けませんか?」
「……ルリアナ様」
「良い。爺の好きにせよ」
「はい。では私からお話いたします」
セルスさんは一呼吸おいて、改まって話し出す。
ルリアナは不機嫌そうだが、俺たちは構わず耳を傾ける。
「現在魔王を名乗っているリブラルカは、先代魔王様の配下……私と同じ側近でした」
「なんと」
ユーレアスさんが驚く。
セルスさんが話を続ける。
「私と同じく魔王様に忠誠を誓い、魔王様のために命を使い果たす。魔王様の強さ、偉大さに惹かれて、この方に全てを捧げようと……同じ志を持っていました。ですが……奴は魔王様の考えにはあまり賛同してなかった」
先代魔王サタグレア。
セルスさん曰く、悪魔とは思えない程優しい方だったという。
悪魔たちの繁栄を何より願い、強大な力を有して尚、戦いを好まない性格だった。
無益な争いなど起こしてはならない。
人間とも共存の道を考えるほど。
しかし、その考え方に否定的な者たちがいた。
その筆頭が当時の側近リブラルカ。
魔王の力に憧れながら、甘い考え方だけは理解できなかった。
人間の領地を侵略し、自分たちの領土にしようと考えて、何度も上申しては断られていた。
「リブラルカに賛同する者も多くいました。次第に魔王様を否定する勢いが膨れ上がり、大波となって押し寄せ……反逆という形で」
リブラルカが賛同する者たちを統率し謀反を起こした。
配下の半数が敵に回り、血みどろの戦いが繰り広げられ、最終的にはリブラルカが勝利を納めた。
「私とルリアナ様が生きているのは、魔王様が逃がしてくださったからです。こんな戦いに意味はない。私が何とかするまで待っていてくれと……」
だが、リブラルカに敗れ、先代は殺されてしまった。
先代を倒したリブラルカが新たな魔王となり、人間界への侵攻を開始する。
それが魔王の始まりだと、俺たちは思っていた。
「だから裏切り者と」
「はい。私たちの目的は、リブラルカを打倒し、悪魔領の支配権を取り戻すことです。そのためには力が足りない……勇者殿」
「は、はい!」
「どうか我々に力を貸していただけないでしょうか? 我々の目的と、あなた方の目的は一致しているはずです。そして我々は人間との争いを望んでいません」
「え、えっと……」
突然お願いされて、アレクシアは戸惑っていた。
キョロキョロ俺たちに視線を送って、助けを求めている。
やれやれと身振りを見せ、ユーレアスさんが代わりに言う。
「僕らとしても、それは悪くない提案ですね」
「駄目じゃ」
「おや?」
「ルリアナ様?」
「やっぱり駄目じゃ! 勇者などと手を組むなどありえん! 魔王になる者が、人間の手を借りるなどあってはならんのじゃ!」
「ですがルリアナ様、我々だけでは」
「うるさい! 父上なら一人でも戦えたのじゃ! なら妾がもっと強くなればよい!」
そう言ってルリアナは立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「ルリアナ様!」
「話は終わりじゃ」
バタンと扉を閉め、ルリアナは俺たちの前からいなくなった。






