63.魔王城を守る老魔
もう一人の……否、先代魔王の存在が浮かび上がる。
それが今、目の前にいるかもしれない。
急激に緊張感が高まり、自然と喉が渇いてくる。
しばらく無言のまま時間が過ぎ、アスランさんが全員に対して言う。
「どうする?」
こういう場合の判断は、いつもユーレアスさんに任せる。
「そうだね。もう少し様子を見ようか? さっきの揺れがあの城から発生しているのなら、どういう理由なのかわかると楽だ。せめて攻撃なのか、それ以外なのかの判断はしたいね」
「了解だ。見た感じ正面じゃなさそうだし、反対に周ってみるか?」
「ああ。罠があるかもしれないし、警戒は怠らないように。それとアレクシアは、魔王が出てきても突っ込まないでね?」
「そ、そんなことしないよ! 子供みたいに言わないでほしいな」
「そうだったね~ エイト君のお陰で、アレクシアも大人になったものだ」
「うぅ……」
この状況でからかう余裕があるのか。
一番警戒していないのはユーレアスさんなのでは?
と思いながら外周を歩く。
くぼみが出来ている周りは建物らしいものもなく、生物の気配もない。
これだけ広い森なら、動物の一匹や二匹いてもおかしくなさそうだが……
「さっきの揺れが頻回に起こっているなら、動物たちも怖くて逃げ出すだろうね」
と、ユーレアスさんは話していた。
そして半周した所で、魔王城の正面が見える場所に到着する。
「誰もいない?」
「この距離だと魔力も感じられないね。やっぱり近づくしかないかな」
「危険だが……まぁそうだな。全員武器は構えておけよ」
突入する流れ。
レナがちょっと待ってと手をあげる。
「魔王がいるかもしれないのよね? だったらもうここから潰しちゃえばよくないかしら?」
「それはお勧めできないな~ 全然無関係な悪魔がいたらどうする?」
「こんな場所にいないでしょ」
「もしもだよ、もしも。僕たちは壊すこと目的じゃないんだから」
「そうね。失言だったわ」
レナが反省して謝る。
その様子を見ながら、ユーレアスさんが意味深に笑う。
「何よ?」
「レナも丸くなったね。以前の君なら、了承なんてとらずにボカンだっただろう? エイト君のお陰かな」
「さぁ? そうかもしれないわね」
「はっはは、素直になったな~ さてさて、では少し早い魔王城攻略を始めようか」
ユーレアスさんの口調からは緊張感がまるで感じられない。
それに慣れてきたことを再確認して、俺は小さく笑う。
抉られた地面を下り、魔王城の正面へ。
アレクシアとアスランさんを先頭に、俺とレナが後方に構え、ユーレアスさんとフレミアさんを挟む陣形で進む。
エリザはユーレアスさんにピタリとくっつき、彼を守ろうとしているようだ。
アレクシアが城を見上げて言う。
「近くで見ると大きいね~」
「ああ。それに思った以上に古いというか、ボロボロだな」
アスランさんの言ったように、目の前にある魔王城は壁の一部が剥がれ、天井も抜けている。
誰も住んでいそうにない廃城、というのが素直な印象だった。
ただ――
「強い魔力を感じるよ。誰かがいるのか、何かがあるのか」
ユーレアスさんがそう言って、全員が警戒を強める。
慎重に、罠がないか確認しながら、門らしき跡をくぐる。
「お待ちなさい」
中へ足を踏み入れた瞬間、上からの声が響く。
全員の視線が一斉に上へ向く。
尖がり帽子のような屋根のてっぺんに、年老いた悪魔の男性が立っていた。
人間に近い見た目でしわだらけの肌と白い髪。
執事のような服を着た彼が、俺たちを鋭い視線で見下ろす。
「ここは我が主の城。無断で立ち入ることは許しません」
「これは失礼した! こんな場所に城があるなんて思わなかったのでね? 興味本位で近寄ってしまったんだ」
ユーレアスさんが流暢に返す。
老人の悪魔を見て、アレクシアとアスランさんが小声で話す。
「あの悪魔が魔王じゃないんだね」
「みたいだな。我が主っていうくらいだし、別にいるのか。だが……」
「うん。かなりの実力者だね」
前衛の二人が老魔から発せられる圧を感じ取る。
ただ者ではないことは、俺にもわかった。
隙がない。
「左様ですか。ならば立ち去ることを……あなた方は悪魔ではありませんね? もしや勇者一行ではありませんか?」
「その通りです」
「ボクが勇者だよ!」
「……なるほど。そういうことであれば、このまま帰すわけにはいきませんね」
老魔の雰囲気が変わる。
先ほどまでより鋭く、怖い視線を俺たちに向ける。
「我が主に害なす者であるなら、ここで排除させていただきます」
老魔が俺たちの前に降り立つ。
いつのまにか細い剣を手にしている。
すでに臨戦態勢。
話をする雰囲気ではなくなったと悟り、俺たちも武器を構える。
「ユーレアスさん」
「ああ、仕方ないね。戦うしかなさそうだ」






