58.女性の相手は任せたまえ
反応できなかった。
目の前に近づかれるまで、動いた素振りも見えなかった。
速度だけなら、アスランさんに匹敵する。
エリザが拳を握る。
「『動くな』」
咄嗟に言霊を発動。
時間を稼ぎ、反撃に出ようとする。
だが、彼女は止まらなかった。
「何!?」
一瞬たりとも動きを止めることなく、握った拳を振るう。
言霊が通じなかったことに対する動揺もあって、俺は対応が遅れる。
そこへユーレアスさんが俺に魔力障壁を展開。
しかし、その魔力障壁ですら、彼女の拳は容易く砕き、そのまま俺の腹へ一撃を入れる。
「ぐほっ」
「エイト君!」
拳を食らい吐血し、後ろへ吹き飛ぶ。
壁にぶつかり倒れたところへ、畳みかけるように彼女は接近。
「っ――開門!」
俺は無数の剣を取り出し、彼女に向けて射出する。
彼女は左右に軽々と躱し、拳で刃を弾く。
拳と剣がぶつかっているのに、金属同士がぶつかるような音が響く。
何て皮膚の硬さだ。
刃が通らない。
硬化系の魔法を使っているのか?
いや、だとしても硬いだけで言霊は防げない。
結界を展開しているわけでもないのに――
「ぐっ……」
さっきの攻撃であばらが何本か折れている。
内臓も傷ついただろう。
激痛に剣の制御が乱れ、その隙を突いてエリザが急接近してくる。
まずい――
「させないよ」
パチンと指を鳴らす音。
その音を合図に、俺と散らばっていた剣の一本が入れ替わる。
エリザの打撃は剣を粉砕し、ユーレアスさんのほうへ振り向く。
「魔力を帯びた物の位置を入れ替えただけさ。そう驚くことじゃないだろう?」
「あ、ありがとうございます。ユーレアスさん」
「気にしなくて良いよ。それより君はあまりしゃべらないほうがいいね。さっきので内臓が傷ついただろう?」
「えぇ……でも、戦えます」
「駄目だよ」
有無を言わさず、エリザが俺に迫る。
「せっかちだな」
パチンと指を鳴らし、再び俺と剣の位置を入れ替える。
「フレミアさんがいないんだ。その傷は下手したら致命傷になる。ここは僕に任せたまえ。道中は迷惑をかけたからね」
自覚はあったんですね……
ユーレアスさんがさらに指を鳴らす。
しかし魔法は発動せず、エリザがユーレアスさんを標的にする。
続けてもう一度指を鳴らし、今度はユーレアスさんと剣が位置を変える。
「ふむ、ならば試しに」
そう言ってユーレアスさんは背後に五つの魔法陣を展開。
魔力エネルギーを圧縮し、ビームのように放つ。
「これはどうする?」
放たれた攻撃に対して、エリザは避けない。
何もせず、立ったままで受け止める。
否、当たった瞬間に霧散して、衝撃すら起こらない。
「なるほど、そういうことか。君の身体は魔力を通さないんだね」
「……」
エリザは答えない。
代わりにインディクスが答える。
「正解だ! 察しの通り、エリザの皮膚は魔力を通さない。魔法による攻撃はもちろん、幻術や精神汚染も対策済みだ。魔力を用いて戦う者にとって、彼女の能力は天敵そのものだよ」
「そういう……だから服が邪魔だと言ったんだね。それにしても随分戦い慣れているね。実験台はいなかったんじゃないのかい?」
「いなかったとも。だがエリザには戦闘に必要な情報をすべてインプットしてある。他にも色々と知識は詰め込んであるぞ」
「何だって? 色々? 色々ってまさか……如何わしいことも教えたんじゃないだろうね?」
気になるのそこなんですか?
もっと他に驚くことがあったと思うけど……
「ん? ああ、そういう知識も入れてはあるぞ。女性にしたのも、相手を油断させるためだからな。色仕掛けも有効なら使うさ。どんな方法を用いても相手を殺す。それがエリザだ」
「どんな方法も……か。女性として生み出したなら、それは可哀想だと思うけど」
「可哀想? 物に感情移入するなどありえない。エリザは魔道兵器だ」
「それでも女性だろう?」
「構造上はそうだな。子供も産める身体ではある」
「……そうか」
会話の途中でもエリザは続けて攻撃を仕掛ける。
ユーレアスさんは位置替えで対応し続けながら、彼女に問いかける。
「エリザ、君はそれでいいのかい?」
「……」
「戦うことに何の意味がある? 何のために戦う?」
「ワタシはマスターの命令に従うだけです」
「悲しいな」
ユーレアスさんの位置替えに、エリザが適応しつつある。
このまま続ければいずれ捉えられる。
「っ……」
「任せてくれと言ったはずだよ」
「で、でも!」
「大丈夫さ。女性の扱いには慣れているんだ」
女性の扱いって、相手は魔法すら効かない兵器だ。
ユーレアスさんはエリザを女性扱いしている。
「インディクス! 僕と君は似ていると思っていたんだけどね。どうやら、ある一点に関しては真逆の考えを持っているらしい」
「ほう、何がだ?」
「女性のことさ。君は彼女を兵器だと言ったけど、僕には美しい女性にしか見えない。僕は魔法が大好きだけど、女性も同じくらい大好きなんだ」
「ふっ、面白いことを言うな。ならば戦えないとでも?」
「そうだね。僕は美しい女性とは戦いたくない。だから見せてあげるよ。モテる男が、どう女性を相手にするのか」






