6.リッチー討伐戦
リッチーがいるという腐食の森は、土や木々が腐り、鼻が曲がりそうな異臭を放っている。
ただの異臭ではなく、吸い続ければ状態異常にかかる危険なものだ。
そこで騎士たちの装備にも環境に適応できる付与が施してある。
「凄いな。前に来た時は臭すぎて息もしたくなかったのに」
「ああ。それに視界も良好だ」
まず騎士の兜には、異臭から鼻を守る『嗅覚鈍化』と、暗闇でも視界をクリアにする『暗視』が付与されている。
そして鎧には『状態異常耐性』ともう一つ、リッチー戦でもっとも注意すべき攻撃の備えがしてある。
「エイト殿、そろそろ敵が見えてくる」
「はい。では手はず通りに行きましょう。俺は上へ行きます」
「ああ」
進行する騎士の一団から離れ、俺は一人空を翔る。
俺のブーツには着地の衝撃を和らげる『衝撃吸収』と、空気を足場に空中を移動できる『空中歩法』が付与されている。
なるべく高く、戦場全体が見渡せるポイントへ。
別に逃げているわけでも、安全地帯を探しているわけでもない。
「見えてきたぞ! 皆の者剣をとれ!」
ロランド騎士団長の指示で、部下の騎士たちが剣を抜く。
リッチーとそれを守るアンデッドモンスターの大群が、彼らを待ち受けている。
「愚かな。再び我に供物を捧げに来たか」
「かかれ!」
戦闘が開始される。
連戦連勝で余裕を見せているリッチー。
リッチーの周辺にいるアンデッドは不死性を強化され、並みの浄化魔法は通用しない。
ただし――
「斬れる、斬れるぞ!」
「何だと?」
俺の付与した『不死殺し』は、並みの浄化魔法なんかとは違うけどね。
「……知恵を付けたか。だが所詮その程度……」
リッチーが右腕を前にかざす。
青白いオーラが身を包み、足元から黒い霧のようなモヤが現れる。
「あれは!」
「死こそ絶対の力である」
死の風。
リッチーがもつ特有の攻撃スキルだ。
黒い風に触れた者を強制的に即死させる凶悪な攻撃。
あれには状態異常耐性も意味をなさない。
リッチーの攻撃手段の中で、もっとも注意しなければならない攻撃がこれだ。
そう、だから備えてある。
『即死耐性』。
「……なぜ死なない? 我が死に抗うとは」
「凄い、凄いぞ! あれを受けて何ともないなんて!」
「これなら戦える! 怖いものなんてない!」
死の風を防いだことで、騎士たちの士気が上昇したようだ。
怒涛のようになだれ込み、アンデッドの群れを斬り倒していく。
この様子なら地上は問題ないようだ。
「さて」
俺は変形弓と矢を取り出す。
地上の騎士たちの役目は、アンデッドの一掃。
俺の役割は、空中からリッチーを狙撃することだ。
『射程距離増加』と『連射』が付与された弓で、この『不死殺し』と『自動追尾』が付与された矢を放つ。
連射の効果で、一本の矢から無数の矢を発射できる。
「矢の雨をくらえ」
不死殺しの矢を放つ。
リッチーはこちらに気付いていない。
脳天に一矢、確実に当たる角度。
しかし、矢はリッチーの手前で防御されてしまう。
半透明の結界が、リッチーを中心に展開されていた。
「魔力障壁か」
「む……空にハエがいるのか」
リッチーが空を見上げようとする。
「『透明化』」
「……姿はない。どこだ?」
その前に、自身の服に『透明化』の効果を付与。
リッチーには俺の姿が見えない。
一つの物に対して付与を永久に持続できるのは二つまでだ。
すでに俺の服には、『状態異常耐性』と『即死耐性』が付与されている。
三つ目も付与するだけなら可能だ。
ただし、付与して一定時間経過すると勝手に解除されてしまう。
透明化の効果が消えるまで残り五秒。
効果が切れる前に、場所を変えて再度狙撃の体勢に入る。
「魔力障壁。それも相当な強度だな」
だったら追加の付与だ。
矢に『防御貫通』を、弓には『付与効果増強』を追加。
効果は一時的だけど、一矢放てれば十分。
放たれた矢が降り注ぐ。
リッチーも気づいたが、障壁を突破できないと思い余裕を見せる。
「無駄なことを」
「どうかな?」
矢は防御貫通の効果を発揮し、魔力障壁を突破。
そのままリッチーの身体を射抜く。
「ぐ、ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「よし!」
何発か当たったが、まだ足りない。
もう一発入れれば確実に浄化できそうだ。
「させん……そうはさせんぞぉ!」
リッチーが叫ぶ。
その直後、リッチーの足元が異様に膨れ上がり、恐ろしい巨体が現れる。
突然の地響きに動揺する騎士たち。
空中から見えている俺だけが、その輪郭を捉えていた。
「な、何だ?」
「デッドリードラゴン!」
無数の屍を織りなし生み出された死の竜。
アンデッドのドラゴンまで隠していたのか。
翼は朽ち、地を這うしか出来ない哀れな竜の成れの果て。
あの巨体でリッチーは自身の身体を隠したらしい。
「いいのか? 俺にとってはただの的だぞ」
先ほどの付与はリセットされている。
俺は矢に『聖属性』、弓に『溜撃ち』を付与。
最大限に弦を引き、溜めることで威力は増す。
聖属性も付与して浄化の力がさらに上がった矢が、雨のようにドラゴンへ降り注ぐ。
「ドラゴンごとまとめて――」
ドラゴンの浄化が進む。
隠れているはずのリッチーが姿を現さないことに気付く。
「逃げたか」
逃がさない。
俺は自身に『敵感知』を付与。
生物に対する付与は二つまで、効果はだいたい一分弱続く。
「見つけた」
戦場にある無数の気配の中で、一つだけ遠ざかっているものがある。
「『脚力強化』」
空気を蹴り、一瞬で逃げるリッチーの眼前へ移動。
「っ、人間がぁ!」
「もう遅いよ」
魔法を放とうと構えるリッチー。
その脳天を矢が貫く。
「ば、馬鹿な……」
「ここに来る前に撃っておいたんだ。真っすぐ逃げていたから、位置の予測は簡単だったよ」
駄目押しのもう一発。
不死殺しの力が、リッチーの身体を浄化する。
「ぐお、おおおおおおおおおおおおおおお」
悲鳴を上げ、燃え上がり、跡形もなく消滅した。