49.悪魔の暮らす街
廃都での戦いを終えた勇者パーティは、魔王が居を構えるという最西端を目指し旅を続けていた。
その情報は当然、魔王本人にも伝えられている。
「魔王様、ラバエルからの連絡が途絶えました」
「――そうか。これで幹部も残り三人」
「申し訳ありません」
「良い。責めているわけではないのだ。我も勇者どもの力を侮っていた。認識を変える必要がありそうだな」
「そのことなのですが、一つ気になる情報が」
「何だ?」
「一人増えているようなのです。勇者の仲間が」
「ほう」
魔王は玉座に座りながら、側近の悪魔から報告を聞く。
ラバエルが最後に残した記録には、エイトに関する記述があった。
「付与術師か」
「はい。それも言語による強制を使えるとか」
「ほう」
「これが事実なら、魔王様と同じ……勇者以上にやっかいな相手になるかもしれません」
「なるほど。進路は?」
「まっすぐここへ向かっている途中でしょう。おそらく今頃、ゲーデに入っていると思われます」
「ゲーデか。あそこはインディクスがいたな。奴にもこの情報を回せ。全力で迎え撃てと」
「はっ!」
側近の悪魔が部屋を出て行く。
魔王は小さく息をはき、目を瞑る。
「我と同じ力を持つ人間……か。種は芽吹いているということか」
魔王は不敵に笑う。
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石レンガ造りの建物が並ぶ。
曇天で日の光が届かない日ですら、街灯の光で眩しいくらいに明るい。
行きかう人々……ではなく、悪魔たち。
「ここが……悪魔の街?」
「ゲーデという名前らしいね」
「……」
「意外かい?」
「ええ、まぁ」
ユーレアスさんの質問に答えた後、俺はもう一度周りを見渡す。
街の造りから暮らしまで、俺が想像していたものとは全然違った。
もっと殺伐としていて、怖い場所だと考えていた。
悪魔の街なんて言われたら、誰だってそういう想像するものじゃないだろうか。
それがどうだ?
実際に来てみれば、俺たちの街と何ら変わらない。
「平和……みたいですね」
「みたいじゃなくて平和なんだよ。ここは悪魔たちが暮らしている普通の街だからね」
普通ってどういう意味だっただろう。
そんなことを考えながら街の中を歩いていく。
悪魔たちの容姿も様々だ。
一目で悪魔だとわかる人ではない姿の悪魔もいれば、人間とそん色ない見た目の悪魔もいる。
「角と尻尾がなかったら、人間と見分けがつかないな」
「あーそれはね? 人間の血が混ざっているからだよ」
隣を歩くユーレアスさんが教えてくれた。
俺は目を丸くして聞き返す。
「え? 人間の血?」
「そう。信じられないかもしれないけど、今からずっと昔には人間と悪魔が共存していたんだ」
信じられないという気持ちが顔に出る。
ユーレアスさんは続ける。
「悪魔だけじゃない。他にもたくさんの種族が、共に助け合って生きていた……という記録が残されているんだ。それがいつの間にか、長い時間の中で食い違って、互いを滅ぼし合うに至った。そして現在だ」
「……人間が大陸の大半を支配している」
「そう。僕ら人間にとって悪魔たちは侵略者だけど、彼らにとっては人間は略奪者なんだ」
「それは言われると……何だか俺たちが悪者みたいですね」
特に目の前で、平和に暮らす悪魔たちを見ながらは……
「正義か悪か、そんなことはどっちでも良いと思うよ。ただ僕らが考えるべきは、悪魔だから倒すべき、ではないということさ。少なくとも、こうして穏やかに暮らしている悪魔もいる。それを知っているのと知らないのでは、全然違うよ」
「……なるほど」
「まぁだからといって、普通に歩いていたら敵と見なされるだろうけどね?」
俺たちは堂々と街の中を歩いている。
ただし、認識を誤魔化す特殊な魔道具のローブを着て。
人間だと思いながら凝視でもされない限り、周りの人にも俺たちは悪魔に見えている。
人間が平然と歩いていれば、さすがに怪しまれる。
俺たちは勇者パーティで、向こうからすれば侵略者なのだから。
それにこの街には、魔王軍の幹部がいるという情報もある。
「出来れば街中での接敵は避けたいですね」
「ああ。そのためにもまずは情報収集。その前に宿だけは探しておこう」
街を歩きながら宿を探す。
ふと、アレクシアと目が合った。
「アレクシアは知ってたの?」
「ん? 何が?」
「悪魔が全部悪いわけじゃないってこと」
「うん! 旅の途中で良い悪魔さんにも会ったことあるからね!」
「そうだったのか」
知らないのは俺だけか。
いや、たぶんこの旅に関わらなかったら、一生知らないままだっただろうな。
王都で暮らす人たちも、きっと知らないことだ。






