45.契約は半分だけ
冥界へ下る魂たちを見送る。
光は上に昇っていくのに、下るという言い方もおかしい気がするけど。
「さぁ、余韻に浸るのも良いけど、そろそろ僕らも脱出しないとマズいよ? 手足が透け始めてるしね」
ユーレアスさんに気づかされ、全員が各々の手足を見る。
反対側が薄く見える程度には、肉体が透明になっていた。
それを見て驚くアレクシア。
「ほ、ホントだ!」
「肉体の限界時間ってやつか。おいユーレアス、出口はどっちなんだ?」
「この先だよ。坂道をずっと進んでいけば鳥居があるんだ。黒い鳥居が現世へ続く唯一の道だよ」
「ユーレアスさん、帰り道がわかるんですか?」
俺が尋ねると、ユーレアスさんは頷き答える。
「おうとも。臨世に来るのはこれが初めてじゃないんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。前に一度来たことがあってね? その時はギリギリだったよ~ 偶然出口の鳥居を見つけたからよかったものの。もし見つけられてなかったら死んでいたね、うん」
あっさり怖いことを言う。
「なんで臨世に? ここってそんな簡単に来られる場所なんですか?」
「いや~ ちょっと魔法の実験に失敗してね? 死にかけた時に迷い込んだんだ」
「えっ……」
それってつまり、臨死体験じゃないのか?
またさらっと怖いことを当たり前みたいに口にした。
とは言え、お陰で出口がわかるのなら良いことだ。
「立てるかい?」
「何とか」
「肩貸すぜ」
「ありがとうございます、アスランさん」
俺はフラフラな身体を起こし、アスランさんに掴まって一緒に走った。
肉体が消えかかっている分、みんな普段より身体が重く感じているに違いない。
見た目以上にボロボロで、ギリギリな状態。
「もうすぐだ」
一刻も早く現世へ戻りたい。
その一心で駆け抜けた。
「見えたよ! あそこに飛び込むんだ!」
ユーレアスさんの掛け声と同時に鳥居へ入る。
ラバエルに引きずり込まれた時と同じ感覚が襲い、一瞬の浮遊感の直後、俺たちは全員――
「戻って……きたんだな」
「うん!」
滅びた王都の街中にいた。
ラバエルと対峙した地点に戻ってきたようだ。
ホッとした途端、力が抜ける。
「エイト君!」
「ごめんアレクシア……ちょっと限界かも」
「フレミアさん!」
「傷の治療は終わっています。気力体力の回復は、身体を休めるしかありませんね」
「すみません、心配かけて」
疲れているのは俺だけではなかった。
他の皆も疲労している。
一時的とはいえ臨世に滞在したのだ。
身体への負担は見た目以上に大きかった。
それから俺たちは、回復するまで廃都に留まることになった。
適当に状態の良い家を見つけて、少しの間だけ借りる。
俺はというと、横になった途端に眠ってしまったらしい。
あまり前後のことは覚えていない。
次に目が覚めたらベッドの上だった。
「スゥー」
寝息の主はアレクシアだ。
ベッドの横にしゃがみ込んで、ベッドの上で腕を組んで眠っている。
俺が寝ている間、隣で見守ってくれていたのだろうか。
俺は彼女の頭を撫でる。
するとそこへ――
「起きたのね」
「レナさん」
部屋に入ってきたレナさんは、ベッドの横に腰掛ける。
「少しは休めたかしら?」
「ええ、お陰様で身体が楽になってきました。傷はフレミアさんが治療してくれていたし、魔力も半分くらいまでは回復してます」
「そう」
「レナさんは?」
「私はそこまで疲れてなかったもの」
「そんなことないでしょ」
「……そうね。身体は軽かったけど、心は重かったわ。でも今は平気よ。お兄ちゃんにも会えたし、ちゃんと気持ちも聞けたから」
そう言っているレナさんだけど、目の下が赤くなっている。
きっとたくさん涙を流したんだ。
あの後も、俺の知らない所で泣いていたのだと思う。
「ありがとうエイト、今回のことは全部あなたのお陰ね」
「そんなことないですよ。最後決めたのはレナさんとお兄さんだし、みんなが間に合わなければ今ごろ……」
「だけどあなたが守ってくれなかったら、私はここにいないわ。あなたは命の恩人で、お兄ちゃんとも逢わせてくれた……感謝してもしたりない。だからお礼をさせて?」
「お礼、ですか」
「エイト、あなたに私をあげるわ」
「……へ?」
何を言っているのかわからなかった。
だから俺は、そのまま聞き返す。
「ど、どういう意味ですか?」
「そのままの意味よ」
「い、いやいや、意味がわからないですって」
「鈍い男ね。これから私のことを、エイトの好きにして良いと言っているのよ」
レナさんは自分の胸に手を当てながらそう答えた。
さすがに意味はわかったけど、わかったからこそ慌てる。
「だ、駄目ですよそんなの女の子が言っちゃ!」
「そう? 案外自然なことよ?」
「ど、どこがですか」
「話したでしょ? 私は半分精霊なの。精霊は依代を必要とする。自然……もしくは契約者を。私は精霊としてエイトに契約するわ。でもそれは半分よ」
レナさんが立ちあがり、俺のベッドに這い上がってくる。
足元から顔の近くへ。
互いの呼吸音が聞こえるくらいまで寄ってきて、俺は恥ずかしさで後ろに下がろうとする。
ベッドの頭側は壁だ。
下がれなくなって、レナさんに迫られる。
「レ、レナさん?」
「私の半分は精霊、もう半分は人間よ。半分であなたと契約する。もう半分で――あなたを想うわ」
唇が重なる。
不意に、でも避けようもなく。
「ぅ……エイト君……エイト君!?」
「そういうわけだから、これからはライバルね? アレクシア」
「ど、どど、どういうこと!?」
アレクシアが叫ぶ。
同じことを俺も叫びたい気分だった。
レナさんは唇に指をあて、色っぽく微笑む。






