44.愛していたよ
レナさんが握る剣を見て、ラバエルが動揺する。
魂への攻撃は無意味。
しかし同じ魂であれば通じる。
警戒すべき相手に集中し、完全に意識の外からの接近だった。
気付いた時にはもう、彼女の剣が首元に触れていた。
「馬鹿な……なぜ君が魂を……」
「さぁ? あなたが知る必要はないわ」
首を落とされ崩れ落ちる身体と、空中を転がるように落下するラバエルの首。
ラバエルとレナさんの視線が合う。
「這いつくばって地獄に落ちなさい」
冷たい視線で言い放つ。
レナさんらしい一言だった。
ラバエルの消滅を確認して、レナさんが戻ってくる。
アレクシア、アスランさん、ユーレアスさんも一緒に俺の元へ集まってきた。
彼らを見てホッとして、張り詰めた糸が切れそうになる。
「エイト君!」
「エイト!」
膝をついてしまった俺を心配して、アレクシアとレナさんが駆け寄ってきてくれた。
俺は右手を挙げて大丈夫ですよとアピールする。
「魔力切れと……喉が限界なだけですから」
「声がガラガラだね」
アレクシアが俺の喉に触れる。
他の傷はフレミアさんの治療で完治している。
今も治療は続けてもらっているから、じき喉も治るだろう。
すでに痛みは引いてきた所だ。
「ありがとう、エイト。私のために頑張ってくれて」
「気にしないでください。それよりも」
俺は彼女が握っている剣が気になった。
言霊の力で支配していた魂ではなく、彼女が握っているそれは――
「ええ。ありがとう、お兄ちゃん」
「――レナ」
魂の剣が元の形へ戻っていく。
人の輪郭に変化したところで、薄く生前の姿が浮かび上がる。
ラバエルと同じ姿……いいや、こちらは本物なのだろう。
「どうして、ここに?」
「未練があったからだよ」
「未練?」
「ああ、レナ。君を一人にして……すまなかったね」
彼の未練が何なのか、俺にはすぐわかった。
その表情は、二人の過去で何度も見た優しくて、妹想いなお兄さんそのものだったから。
どうやら俺の予想は正しかったらしい。
「守ってあげられなくてごめんね。本当はずっと、ずっと一緒にいてあげたかったんだ。辛い思いをさせるつもりなんてなかった……と言っても、今さら遅いと思うけど」
「ううん……私こそごめんなさい」
レナさんの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「私がいなければ、お兄ちゃんは殺されなかったのに」
「そんな風に言わないでくれ、レナ。俺は君と出会えて、一緒に過ごせたこと後悔なんてしていない。後悔しているとすれば、自分の不甲斐なさにだ。もっと強ければ、君も守れるくらい強い力があれば」
「お兄ちゃん……ずっと守ってくれていたわ。あの頃も、今だって」
「そうか……ならもう十分だ」
「お兄ちゃん!」
彼の身体が淡く光り出す。
お兄さんはニッコリと優しく微笑みレナさんに言う。
「レナ、もう一度君に会えてよかった。元気そうで……頼もしい仲間もいてくれる。お陰で俺の未練は晴れてしまった」
彼の未練、それはレナさんが一人ぼっちで寂しい思いをしていないかということ。
自分と出会う前のように、何もかも諦めたような目をしていないか。
ただそれだけが心残りで、魂を臨世に留めていた。
そして今、その未練は晴れたらしい。
俺たちといるレナさんを見て、堂々と戦う彼女を見て、もう大丈夫だと安心したようだ。
そんな彼にレナさんは、涙を流しながら抱き着く。
「お兄ちゃん!」
「レナ」
「また行っちゃうの? せっかく会えたのに……私、お兄ちゃんと話したいことがいっぱいあるの」
「ああ、俺も話したいことは山ほどあった。でも未練がなくなってしまったからね。もうここはいられないんだ」
話しながらお兄さんは、俺のほうへ視線を向けた。
レナさんに向ける笑顔と同じように、優しく微笑みながらお礼を言う。
「ありがとう。君のお陰で、奴に囚われていた魂は解放された。これでみんなも、本来の流れに乗って冥界へ還れる」
「そう……ですか。良かった……ですね」
「ああ、良かったさ。みんなもそう言っているよ?」
みんな?
俺は周囲に、操られていた魂たちが集まっていることに気付いた。
フワフワと浮かぶ魂たちから、「ありがとう」と聞こえてくる。
本当だ。
感謝してくれている。
「どういたしまして」
頑張った甲斐があったようだ。
「レナのこともありがとう。本当なら、俺がその役をするべきだったのに」
「気にしないでください。俺は、俺たちはレナさんの仲間ですからね。当然のことをしただけです」
「……そうか」
俺との話は終わり、彼自身の終わりも近づいている。
すでに周りの魂たちも、泡のように消えかけていた。
「レナ、君を悲しませてばかりの俺に、今さらこんなことを言う資格はないかもしれない。でも言わせてくれ。俺は君を愛していた。どうか幸せになってくれ」
「お兄ちゃん……私も大好きだったよ。お兄ちゃんと一緒にいた時間は、私の宝ものだから」
「その言葉だけで……俺の人生は幸福だったよ」
抱きしめていた身体が消えていく。
泡のように、薄く小さなは光たちは舞い上がる。
一時の輝きでしかないそれは、夜空の星より眩しくて、記憶に残るほど綺麗だった。






