43.返してもらうわ!
レナさんの力で拘束されたラバエル。
彼は不敵に笑い、お兄さんの肉体を捨てた。
あっさりと捨てられた肉体が力をなくしてへたり込む。
「最初に言っただろう? ここは肉体が長居して良い世界じゃない」
「それがお前の……本当の姿か」
死霊使いラバエル。
その魂こそが本体であり、この世界における真の姿は、青白い大鎌を持ち宙に浮かぶ。
まるで、童話に出てくる恐ろしい死神のような姿をしている。
レナさんは抜け殻になったお兄さんの身体を見ている。
肉体は臨世に長居できない。
その言葉通りなのか、ラバエルが抜けた後で、お兄さんの肉体は薄まっていく。
「お兄ちゃん」
「レナさん、今は」
「……わかってるわ」
ごめんね?
ちゃんと弔ってあげられなくて。
レナさんは小さな声で呟き、俺と一緒にラバエルに視線を向ける。
「あなたは私が倒すわ」
「残念ながら不可能だよ。俺の可愛い妹」
「ふざけないで。あなたはお兄ちゃんじゃないわ!」
レナさんが大声で叫ぶ。
と同時に地面が盛り上がり、巨大なゴーレムを生成。
俺とレナさんはゴーレムの肩に乗る。
「随分大きくなったね」
「まだふざける気かしら? とことん癇に障る男ね」
ゴーレムが拳を振るう。
大地を砕く強力な一撃を、ラバエルの身体が突き抜ける。
「不可能だと言っただろう? 俺の身体は魂そのもの。魂は魂でしか攻撃できない。君たちに勝ち目――最初からない!」
ラバエルが大鎌を振るう。
ゴーレムの腕から胴体にかけて真っ二つに切り裂き、俺とレナさんが落ちる。
「くっ」
「っ、まだよ」
レナさんは崩れたゴーレムの形を変える。
ユーレアスさんが見せた龍と同じ形状にして、ラバエルに巻き付く。
「無駄だというのに健気だな」
それすら通じず砕かれてしまう。
「俺ばかりに気をとられていていいのかな?」
周りには操られた魂たちがいる。
着地した俺たちを、魂の群れが一斉に襲う。
「『散れ!』」
言霊の行使によって魂たちを散らす。
これで何度目になるか自分でも数えられない。
レナさんを守っている間に、何度も使った言葉だ。
それほど強い言葉ではなかったが、相手にする数が多すぎた。
「ごほっ……」
「エイト!」
血を吐き膝をついた俺にレナさんが駆け寄る。
強い言霊は大量の魔力を消費するだけでなく、喉への負担も大きい。
魔力より先に喉が限界を迎えそうだ。
「まだ、大丈夫です」
「あまり無茶しないでくれよ。その身体は後で俺が使うんだから」
「させないわよ」
「その通り!」
今の声は――
「エイト君は渡さない!」
「アレクシア!」
ようやく来てくれたのか。
「遅くなってすまない」
「フレミア! エイトの手当て頼んだぜ」
「任せてください」
ユーレアスさんたちも一緒にいる。
フレミアさんが俺の所に降り立ち、俺の治療を始める。
「無茶をしましたね」
「すみません。ありがとうございます」
「エイト君をよくも! お前はボクが斬る!」
そうだ。
一つ、可能性が残されていた。
アレクシアの持つ聖剣エクセリオンなら、ラバエルにも通じるのではないか。
期待を込めて彼女の有志を見つめる。
「なるほど、それが聖剣か」
「嘘っ!?」
「すり抜けやがったのか?」
聖剣で斬っても、ラバエルの身体は瞬時に元通りになる。
驚愕するアレクシアとアスランさん。
続けてアスランが魔槍で貫くが、手応えなくすり抜ける。
「何ども言わせないでくれ。魂を傷つけられるのは魂だけなんだよ」
聖剣でも駄目なのか。
くそっ、何かないのか他に。
このままじゃ倒せない。
ラバエルのように魂を操る力でもあれば……いや、待てよ?
「そうか。その手があったか」
言霊使いのスキル。
その力は、言葉で他人の動きすら制御できる。
だったら――
「『魂たち――俺に従え』」
「何だ?」
ラバエルが操っていた魂たちが一斉に動きを止める。
「『お前たちの敵はラバエルだ』」
「お前まさか!」
「『魂たちよ! 剣となって悪を貫け!』」
周囲に集まっていた無数の魂。
言霊の力で一時的に制御を奪い、無数の剣に形を変えラバエルに襲い掛かる。
「っ、魂の支配権を奪ったのか」
「そうだ。はぁ……あれ何って言ってたかな? 魂は裏切らない……」
「お前……」
「どうやら裏切られたらしいぞ?」
「そうか、そうかそうか! 予定変更だ、お前の肉体なんていらない。魂ごと消してやろう!」
ラバエルの標的が俺に向く。
振り下ろされる大鎌を、アレクシアとアスランさんが受けとめる。
「ユーレアス!」
「お任せあれ」
ユーレアスさんが魔法で突風を放つ。
「ちっ!」
「ボクたちでエイト君を守ろう!」
三人が頷く。
現状、魂そのものであるラバエルに対抗できるのは、俺が操っている魂たちだけだ。
必然的にラバエルは俺を狙い、みんなは俺を守ろうとする。
「忌々しい力だ! どっちが盗人かわからないなぁ!」
「あなたと一緒にしないで」
レナさんも大地の壁を作ってラバエルの攻撃を受け止める。
みんなが必死に守ってくれる。
フレミアさんが回復してくれているお陰で、身体の傷は完治した。
が、それ以上の負担が喉へかかる。
魂を言霊で支配する。
想像以上の魔力消費と負担。
次第に言霊の力が弱まり、魂の一部が俺の支配から外れる。
「くそっ……」
もう声が……魔力も。
「どうやら限界のようだな」
「まだだ!」
まだ魔力は残っている。
喉が潰れても、声を振り絞れ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「エイト……」
情けない。
エイトにばかり頼り切って。
私にも何か出来ることはないの?
レナ――
「その声――お兄ちゃん?」
レナの後ろに一つの魂が近寄る。
魂はレナに語りかける。
それを聞いたレナは頷き答える。
「わかったわ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
臨世で肉体が維持できる時間には限りがある。
すでに俺たちは一時間半、臨世に留まっていた。
身体の一部が透け始めていることが、限界が近いことの証明。
身体が鉛のように重くなる。
「さぁ終わりだ。まとめて刈り取ってやろう!」
ラバエルが大鎌を振りかぶる。
その背後に――レナさんが魂の剣を構える。
「その剣はっ!」
「返してもらうわ」






