38.臨世
「そんな……お兄ちゃんが……魔王軍?」
「ああ。これが証拠だ」
両手をパンと併せる。
彼の足元に魔法陣が展開され、地面を覆うほど拡大する。
「さぁおいで、俺の可愛い従僕たち」
「こ、これは――アンデッド?」
「まさかこの街の人たちを!」
「ご明察! しかし迂闊だね? のこのこと俺が滅ぼした街に足を踏み入れるなんてさ」
地面を抉り、アンデッド化した人たちが出現する。
気付けば俺たちはアンデッドの群れに囲まれてしまっていた。
アンデッドの群れを見て驚くフレミアさん。
「どうして? 気配はありませんでしたよ?」
「甘いね白魔術師。俺を誰だと思っているんだ? 魂と肉体は別々でストックしているんだ。こうして合わせるまでは何でもない。埋まっていたのはただの死体だ」
得意げに語るラバエルに、フレミアさんが怖い顔を見せる。
「ですが所詮アンデッドでしょう。私たちの前に出た時点で、浄化される未来しか待っていませんよ」
「そうだね。仮にも君たちは勇者パーティーだ。勇者の持つ聖剣に、白魔導士の浄化魔法もあれば、アンデッドの大群なんて敵じゃない。そんなことわかっている。そう、わかっているさ。君たちもわかっているはずだろう? なのにどうして、これがただの時間稼ぎだと気付けなかったのかな?」
ラバエルがニヤリと笑みを見せる。
その笑顔に寒気を感じた。
ように思えたが、感覚的な意味ではなく、実際に寒気を感じた。
周囲の気温が一気に下がり、冷気が足元を覆う。
「さぁさぁ勇者御一行! 君たちを生と死の狭間の世界へ招待しよう!」
黒い沼が地面を覆う。
漂っていたのは冷気ではなく、おびただしい数の魂だった。
ラバエルが操る魂たち形を変え、青白い手となって俺たちの身体を掴む。
「なっ、くそっ……」
「は、離して!」
「アレクシア!」
「あぁーこれはまずいね」
「くそっ、何だよこれ斬れねぇぞ。フレミア!」
「駄目ですもう……間に合わない」
みんなが黒い沼に引きずり込まれていく。
俺の身体もズリズリと沈んでいき、抵抗しても勢いは止まらない。
他のみんなも同様に、身体をバタつかせたり、魔法を発動しようとするが、間に合わなかった。
そしてレナさんだけは、抵抗することもなく、ラバエルのほうを見つめていた。
「レナさん!」
「私は……」
手を伸ばしても届かない。
そうして俺たちは、黒い沼の中に引きずり込まれてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
沼に引きずり込まれた面々は、真っ暗な視界が急にひらけて驚く。
と同時に、自分たちの身体が落下していることに気付いた。
「う、うわっ!」
「大丈夫だよ! みんな僕に手を伸ばして」
同じく落下するユーレアスに、三人が手を伸ばす。
「風よ舞え」
ユーレアスが魔法を発動。
周囲を風で包み込み、ふわりと落下の速度を殺す。
そのままゆっくりと着地して、全員が安堵のため息をこぼす。
「助かったぜユーレアス」
「いやいや、まだ助かってないよ」
「ここはどこでしょう?」
辺りを見渡すと、そこは見知らぬ土地だった。
白い地面に、空は灰色。
枯れた木々がぽつりぽつりと立っているくらいで、他は何もない。
風も吹いていないし、太陽の光もないけどなぜか明るい。
とにかく不思議な世界だと感じた。
「何だよここ?」
「驚いたなぁ……本当に連れて来られるとは」
「ユーレアスさんはご存じなのですか?」
「うん。ここは――」
「待って! エイト君とレナがいないよ!」
ユーレアスの言葉を遮るように、アレクシアが声をあげた。
三人とも気付かなかったが、二人の姿がない。
周囲をぐるっと見渡したが、どこにも見当たらない。
ユーレアスが言う。
「引きずりこまれた時に若干距離があったからかな? おそらく別の場所に落とされたんだろう」
「どうしよう……早く探しに行かないと!」
「落ち着けアレクシア。あの二人なら簡単にやられたりしない」
アスランがそう言い、フレミアが頷く。
しかしユーレアスは否定する。
「いや、早く探したほうが良いね。そしてすぐ脱出しないとまずい」
「どういう意味だよ。ユーレアス」
「さっき言いかけた続きだよ。ここがどこなのか。彼が言っていた通りなんだ」
「は?」
「生と死の境にある狭間の世界。この世でも、あの世でもない場所……名前は臨世という」
三人ともピンと来ていない表情を見せる。
ユーレアスは続けて言う。
「ここは本来、死した魂の通り道なんだ。もし肉体を持ったままここ留まれば、僕らは肉体を失い、あの世へ送られる」
「なっ……冗談だろ?」
「し、死んじゃうってこと?」
「そうだよ。だから急いだほうがいい。間に合わなくなる前に」






