29.それでも君は勇者だ
「これが俺の真の姿だ。ただのワーウルフだと思わないでくれよ? 俺は獣を束ねる狼王だ」
王と名乗るだけの迫力が、アスタルから感じ取れる。
三メートルを超える巨体から発せられる圧も、秘めている魔力量も桁違いだ。
迫力だけでいえば、アービスを上回っている。
「この姿をみて戦意を喪失しないか。戦うだけ無駄だというのに健気だな」
「無駄かどうか、やってみないとわからないだろ?」
「そういう意味じゃないさ。仮に君が勝ったとしても手遅れなんだよ」
「……どういう意味だ?」
「知らないようだから教えてあげる。もう終わってるかもしれないけど、今頃王都は大変なことになっているよ。何せ俺と同じ幹部の一人、アービスの奴が攻め込んでいるからね」
アービスの名に小さく反応する。
アスタルは得意げに語る。
「あいつは女を弱々しいとか言ってすぐ殺すからな~ 正直あいつのことは好きじゃないけど、実力は本物だからね。まぁでも、どうせなら制圧する前に声をかけてほしいよね。王女様も可愛いらしいじゃないか? ぜひ俺のおもちゃに加えたいよ」
「……そいつとは、仲が悪いってことか」
「ん? ああ、悪いね。連絡も最低限しか取り合わないし、前に話したのは何年前だったかな?」
「そうか」
今の話でわかったこと。
アスタルには、アービスが倒されたことが知らされていない。
まだ伝わっていないんだ。
だからあいつは、俺のことも知らなかった。
「良かった。お前たちの仲が悪くて」
「何?」
俺は懐から黒い箱を取り出す。
無限に物が収納できる魔道具だ。
ここには王都から持ってきた武器や道具の数々が収納されている。
あのとき、アービスを倒した千本の剣も――
「開門」
「これは剣? 何だこの数は」
「知らないようだから教えてあげるよ。アービスなら死んだ」
「は? 死んだ……だと?」
「そう。俺が倒したんだ。こうやって――」
自身に拡声を付与。
そのまま大声で叫ぶ。
「『聖属性』!」
千本の剣がアスタルを襲う。
突き刺さった剣から流れ込む聖なる力に、アスタルは悲鳴を上げる。
「ぐ、ぐおおおおおおおおお――何だこれは!」
思った通り、聖属性はアスタルにも有効らしい。
的もでかいから当てるのは簡単だ。
このまま千本全部刺して、アービスのように討伐する。
「くそがあっ!」
「っ――」
アスタルは身をよじり、腕を大きく振るった。
生じた風圧で剣が吹き飛ばされてしまう。
刺さったのは半分以下、剣は地面に突き刺さったり転がってしまう。
バラバラに散らばった剣を操るのは難しい。
「だったらこれだ」
弓と矢を取り出し、アスタルの側面へ回り込む。
矢に聖属性を付与し、弓の連射で追い打ちをかける。
「図に乗るなよ人間がぁ!」
アスタルが地面を蹴り上げ、一瞬で目の前に迫る。
振り下ろされた拳を何とか躱したが、衝撃で後ろに吹き飛ばされてしまう。
「くっ、なんて力だ」
殴った地面が抉れている。
まともに受けていたらぐちゃぐちゃにされていたな。
それに……
聖属性の攻撃は効果がある。
ただ、アービスのようにはいかない。
アービスは肉体を捨て、力の塊をむき出しにしていたけど、今回の相手は違う。
聖属性の通りが悪いのかもしれないな。
「長期戦は不利だな。一気に終わらせる!」
多少の無理は通すしかない。
俺は弓を構えながら、転がっている剣も同時に操る。
ただでさえ細かい操作が難しい思念駆動を使いながら、矢を放ち相手の攻撃も躱す。
簡単なことが一つもないぞ。
「どうした? 動きが鈍くなってきたようだが?」
徐々に攻撃の間隔が広がり、間合いをつめられる。
純粋なスタミナ不足だ。
「所詮は人間なんだよ。頑張ったところで結果は同じだ!」
「くっそ」
攻撃を躱しきれず、地面に叩きつけられる。
覆いかぶさるように立つアスタルが、拳を振り上げていた。
「終わりだな」
「――なっ」
一瞬、俺は驚いてしまった。
それと同時に、不甲斐なさも感じてしまったけど、それはきっと同じなのだろう。
「そうだったね」
一人じゃない。
弱さを見せても良いし、守られたって良い。
君は女の子なんだから。
だけど――
「それでも君は、勇者なんだね」
「は? 何を――」
気付くのが遅れた時点で、アスタルの敗北は決まった。
月を背に、聖剣を振るう彼女の姿を捉えた時が、アスタルの見た最後の景色になる。
「エイト君は殺させない!」
「馬鹿な、なぜ……」
「勇者だからだと思うよ」
呆れるほどに、彼女は勇者であろうとしている。
アスタルの敗因を挙げるとすれば、彼女を勇者としてではなく、自分のおもちゃになる弱い女と思っていたことだろう。
聖剣で切り裂かれたアスタルの身体が燃え上がる。
倒された悪魔は、皆こうして消えていく。
「終わった……か」
「エイト君!」
「アレクシア。助かったよ、ありがとうぅ?」
勢いよく抱き着いてきた彼女に、思わず声が裏返ってしまった。
俺もフラフラだから、勢いに負けてしりもちをつく。
「良かった。エイト君……無事で良かったよぉ」
「……うん。俺も、アレクシアが無事でいてくれて、良かったよ」
互いの無事を確かめ合う。
その身で、声で。






