3.姫様から依頼を受けました
まさかもまさか。
こんなことがあるなんて、予想外も良い所だ。
王都を出発してたった数時間で、アンデッドに襲われている馬車を見つけて。
助けてみたらお姫様が出てくるとか。
一体誰が想像できる?
いや、一番まさかなのは……
「まさか、旅立って半日も経たずに王都へ戻ってくるなんて……」
俺の決心を返してほしい。
なんて姫様に言えるはずもなく、俺は姫様と同じ馬車に乗っていた。
今は王都の街を進み、王城へ向かっている。
「エイト様」
「あ、えっと姫様、その様っていうのは止めてもらえませんか? 一国の姫様に様付けされるなんてどうも恐れ多くて」
「そうですか? では何とお呼びすればよろしいでしょう?」
「普通に呼び捨てで構いません」
「ではエイト、とお呼びしますね」
「はい」
少しホッとする。
「エイトはどうして空にいたのですか?」
「え、ああ……」
さすがに正直には言えないな。
「実はちょうど王都へ向かう途中だったんですよ」
「そうだったのですね」
「はい」
ごめんなさい姫様。
このくらいの嘘は許してほしい。
「空を自由に飛べるなんてすごいですね。それも付与術の力なのですか?」
「はい。そうですよ。絨毯を飛べるように付与術を施しました」
「そんなことまで可能なのですね」
「ええ。姫様の周りには、付与術を扱う人はいないんですか?」
「いいえ、付与術師は何名か在籍しているはずです。ただ、エイトのように特殊な効果を付与できるという話は初めて聞きました。出来ても簡単な強化程度だったと思います」
「そうなんですね」
そういえば、自分以外の付与術師と会ったことないな。
今更だけど俺の付与術って、結構凄いのではないだろうか。
そんなことを考えていると、いつの間にか馬車は王城の敷地内に入っていた。
騎士に案内され、俺は姫様と城内へ入る。
豪華な内装を目の当たりにして、俺は声も出ず唯々驚いていた。
これが王族が暮らす家……見てるだけで疲れそうだ。
「こちらへどうぞ」
案内された部屋には、広々とした空間に大きく長いテーブルが置かれ、左右に椅子が並んでいる。
姫様曰く、普段は話し合いをするための場らしい。
俺と姫様は向かい合って座った。
「エイト、先ほどは助けて頂き、本当に感謝いたします」
「そ、そう何度もお礼を言わなくても良いですよ。俺は当然のことをしただけですから」
「ふふっ、当然のこと……ですか。そう言える貴方は、心の底から優しい方なのでしょうね」
そう言って姫様が微笑む。
ただでさえ綺麗で可愛らしい顔なのに、笑うと反則的に可愛さが増す。
思わずドキっとして、頬が熱くなる。
「何度でも言わせてください。あの時助けられていなければ……私を守ろうとした騎士たちが、大勢命を落としていたのですから」
「姫様……」
自分を助けられたことより、守ろうとした騎士たちの命を案じている。
そんな風に言える姫様のほうが、ずっと優しくて強い人なのだろうと思う。
「それで、力を貸してほしいというのは?」
俺は姫様に問いかけた。
具体的な内容は、城についてから説明すると言われた。
受けるかどうかも、それを聞いてからで良いと言われている。
まぁ姫様からのお願いだし、どんな内容でも断れないと思うけど。
「十日ほど前になります。王都の南方……ちょうどあの森を越えた奥地で、リッチーが確認されました」
リッチー。
その言葉にピクリと反応する。
「リッチーは近隣の村を襲い、村人をゾンビ化させています。騎士団から白魔導士を派遣し、討伐に向いましたが……残念ながらリッチーには浄化魔法が通じず、部隊は全滅してしまいました」
リッチーには高位の浄化魔法しか通じない。
騎士団の白魔導士も、その域には達していなかったのだろう。
そしてリッチーの恐ろしさはもう一つ。
あれはアンデッドであり、魔法使いの力も持っているという点だ。
無限に等しい魔力を有し、高位の攻撃魔法を操る怪物。
倒す手段なく挑めば死が待つ。
もしも、不運にも出会ってしまったのなら、まず逃げることが最善の手だ。
「今の王国には、リッチーに対抗する手段がありません」
「あれ? でも確か王国には勇者パーティーがいたはずですよね? 勇者が持つ聖剣か、あるいは凄腕の白魔導士なら浄化も出来るのでは?」
「はい。ですが残念ながら、勇者様たちは魔王討伐の遠征に出ています。呼び戻したとしても、相当な時間が必要でしょう」
確か、西の最果てに魔王の城があるんだったな。
悪魔たちと築き上げた城を起点に、大陸を支配しようと企む悪い王様。
それを倒すために、聖剣に選ばれた勇者と、国中から集められた凄腕の戦士たちがパーティーを組んで旅立った。
という話を、以前に聞いたことがある。
姫様は続けて言う。
「そこで冒険者へ依頼を出しました。数々の強敵を倒したという噂の【ルミナスエイジ】、彼らならあるいはと思ったのですが」
「ぅっ……」
「エイト?」
「な、何でもありません」
その名前が姫様の口から出てくるなんて。
思わず声に出てしまった。
というか、あの時のリッチー討伐依頼って、王国から冒険者ギルドに宛てられたものだったんだな。
「ですが先日、失敗したという報告が来ました」
ああ……やっぱり失敗したのか。
だから無理だと言ったのに。
「もはや打つ手はないと思い、隣国に協力を依頼するつもりでいたのですが……そこへエイトが現れました」
姫様は期待の眼差しで俺を見ている。
ようやく話が見えてきた。
「俺にリッチー討伐を手伝ってほしい、ということですね」
「はい」