26.お姉ちゃんも一緒に
村の人たちが集まり、楽しくワイワイ飲み明かす。
悪魔領はもう目の前だ。
「こんなのんびり良いのかな」
そう思ってしまうのが本音で、口からぽつりと漏れていた。
「良いんじゃないの?」
「レナさん」
聞こえていたのか、近くに座っていたレナさんがそう言った。
「どうせ嫌でも辛い旅になるわ。こういう時くらい、素直に休んでおきなさい」
「……ですかね」
「ええ。まぁ能天気すぎるのもどうかと思うし、私も同じこと思うけど。そこはアレクシアを見習うべきかしら」
「お姉ちゃんこれ見て!」
「何々? わぁー綺麗だね!」
アレクシアは小さな子供たちと遊んであげている。
子供はお酒も飲まないし、大人たちと宴会に混ざるより、遊ぶ方が楽しいだろう。
一緒になって遊んでいるアレクシアも何だか楽しそうだ。
平和だ、とても。
危険に近い場所で、こうも平和なものなのかと疑問には感じる。
だけど、目の前にいる子供たちや、宴会で楽しそうにお酒を飲む大人たち。
彼らから怪しい雰囲気は感じないし、敵意や悪意も感じない。
ただただ普通に、楽しく過ごしているだけ。
そう見えても不安は消えなかった。
まだ慣れていないからなのだと、自分では思うようにしている。
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アレクシアは女の子たちと遊んでいる。
小さい子は五歳くらいで、一番大きい子は十二歳くらいだろうか。
「ねぇお姉ちゃん」
「ん? どうしたの?」
そのうちの一人。
一番お姉さんだと思われる女の子が、アレクシアの裾を引っ張っていた。
「あのね? お姉ちゃんに見せたいものがあるの」
「見せたいもの?」
「うん! みんなにも内緒なの。とーっても素敵なものだから、お姉ちゃんに教えてあげる」
「本当? 嬉しいなぁ」
女の子は無邪気に笑い、アレクシアと手をつなぐ。
こっちだよと案内されて、遊んでいた場所から去っていく二人。
向かった先は森の中だった。
「森の中にあるの?」
「うん! もう少し行くとね? 大きな木が一本だけ生えてるの! そこにいるんだ」
いるという表現の違和感に、アレクシアは気づかない。
無邪気に手を引く女の子からは、自分を喜ばせようという暖かな気持ちが感じ取れた。
それに彼女は勇者だ。
この世で最も強い人間の女の子。
だから、多少の疑問は感じても、何かがあったとしても、何とかなると考えていた。
甘さだ。
「ここだよ」
「ホントだ。大きな木だね」
「そうでしょ! でもね? 見せたいのは木じゃないんだ」
そう言って、女の子はアレクシアの手を離し、木のほうへと駆けていく。
木の手前で止まり、くるりと彼女のほうを向き、ニッコリと微笑む。
「あのねあのね? きっとお姉ちゃんも気に入ってくれると思うの。とーっても気持ち良いことたーくさん教えてくもらえるから」
「気持ち良いこと?」
「ね? ご主人様」
女の子が呼びかける。
大きな木の後ろから現れる黒い人影が、女の子の隣へ立つ。
「ああ、もちろんだよ。この世の全ての女は、俺のだいじなおもちゃだからね」
「お前は……」
彼が人ではないと理解するのに、一秒もかからなかった。
見た目は人間に近いが、頭から角が二つ。
背中からはコウモリに似た羽が生えている。
「初めまして、かな? 俺は魔王軍幹部の一人、アスタルだ。よろしくね」
「幹部!? なんでこんなところに!」
「おいおい、ここは俺たちの領域の傍だぜ? むしろいるほうが自然じゃないか?」
「……そいつは悪魔だよ! 危ないから離れて!」
「えぇ~ どうして? ご主人様は素敵な人だよ」
女の子はアスタルの身体にべったり引っ付き甘えている。
アスタルも彼女の頭を撫でていた。
アレクシアはアスタルに問う。
「お前……その子に何をしたの?」
「変な言い方をするね。彼女は俺に全てを魅了されているだけだよ」
「ふざけたこと言わないで」
「鈍いな~ 魅了と言ったろう?」
アスタルの瞳はピンク色に光る。
それを見て、アレクシアは理解した。
「インキュバス?」
「そう、正解だ。俺はインキュバスだよ。女を魅了するのは俺の得意技だ」
「……まさか村の人たちも」
「ああ、女性は全員俺の虜だよ。男どもは勝手に騙されているだけなんだけどね?」
「……」
アレクシアは悩む。
仲間にそのことを知らせたいが、女の子をそのままにもしておけない。
ここで戦うべきか、剣を抜くことも躊躇している。
「先に言っておくけど、助けを呼ぶことは不可能だよ? ほら、上をみてごらん? 空が桃色に見えないかい?」
アスタルの言う通り、夜空が桃色に変化している。
「結界?」
「それも正解。これは特別製でね? 俺を倒さないと絶対に破壊できないんだ」
「……そう。だったらやることは決まったよ」
まずは女の子を助ける。
そこから一気に片を付けようと考えるアレクシア。
「戦う気かい? じゃあ、君は少し下がってなさい」
「はい、ご主人様」
「良い子だ。あとでご褒美をあげよう」
「やったー!」
女の子がアスタルから離れていく。
なぜ人質にしないのか疑問を感じるアレクシアだったが、離れてくれたなら好都合。
躊躇していた聖剣に手をかける。
「ねぇ勇者ちゃん、なぜ人質にしないか疑問に感じなかったかい?」
「……」
「必要ないからだよ。もうとっくに決着はついているからね」
表情と口ぶりから余裕が感じられる。
油断している今なら、一撃で決められるかもしれない。
彼女は思いっきり、素早く剣を抜こうと身体を動かした。
その瞬間――
「んぅ――」
全身にしびれるような衝撃が走った。






