23.5.IF【カインの末路】
「入れ」
「っ、てぇな」
暗い暗い地下の牢獄に、罪人となったカインは収監されることになった。
エイトの慈悲で与えられる予定だった猶予も、さきの一件で帳消しになっている。
僅かな望みをかけての恩赦だったのに裏切られ、エイトはどんな気持ちで姫様に謝ったのだろう。
そんなことは考えもせず、カインは鉄格子の中で荒れていた。
「くっそがぁ……絶対に殺してやる。呪い殺してやる」
ブツブツと呟くカインには、もはや善良な心など残っていない。
最初からなかったようにも感じる。
今の彼にあるのは、どす黒い負の感情だけだった。
もはや歪んだ心は悪魔に近づいている。
「おやおや、今度の罪人はずいぶんと元気がいいね?」
「あぁ? 何だ?」
そこへもう一つ、悪魔のささやき。
聞こえてきたのは向かい側の鉄格子からだった。
暗く明かりもないので、顔や姿までは見えないが、向かいの鉄格子の奥に誰かが座っている。
「誰だてめぇ?」
「先輩だよ。君と同じ……死を待つ罪人だ」
「はっ、そうかよ」
「参考までに教えてほしいのだけど、君は一体どんな悪いことをして、ここに入れられたのかな?」
「何でそんなことてめぇに話す必要があるんだ? うっとうしい、黙ってろよ」
「そう邪険にしないでくれ。もしかすると、君の力になれるかもしれない」
「何だと?」
声の主は、暗闇でもにやりと笑ったのがわかるほど、声が楽しそうだった。
不気味な声に、普通なら違和感を覚えるだろう。
しかしカインは違った。
酷く歪んでしまった彼には、声の主から発せられる邪悪なオーラが輝いて見えた。
「どういう意味だ?」
「君をここから、出してあげられるかもしれないってことだよ」
「何?」
「どう? 教えてみないか? どちらにせよ君は、このまま牢にいれば死ぬだけだ。騙されたと思って、一つ話しておくれよ」
「……いいぜ。話してやるよ」
カインは牢へ入れられた経緯を話した。
「なるほど、それは災難だったね? それに……ふっ」
「何がおかしい」
「いや失礼、君を笑ったわけじゃないんだ。さて、君をここから出してあげる約束だったね?」
「そうだな。本当にそんなことできるなら、だけどよ」
「できるさ。私は約束には誠実に向き合うのでね。さぁ。目を閉じるんだ」
カインは言われた通りに眼を閉じた。
さすがに若干の違和感を感じつつも、戯れだと思って言う通りにした。
「思い浮かべてほしい。君が、もっとも殺したい相手を」
「殺したい相手……」
「そうだ。そいつを殺せるイメージをするんだ」
カインの脳内は、エイトの姿が映っていた。
憎たらしい。
腹立たしい。
目障りだ。
どうすれば殺せる?
どう殺せば、あいつは絶望する?
「さぁ、もっと膨らませるんだ」
「……殺せる」
「そう、そうだとも! さぁ、次に目覚めたときは牢の外だ。思う存分……楽しんでくるといい」
その言葉を最後に、カインの意識は沈んでいく。
深く、深く沈んだ意識の中で、己の身体に激しい痛みが走った。
「っ……あ? こ、ここは……」
痛みで目覚めた時、眩しさを感じた。
外にいる。
太陽の日差しがある。
周囲は木々に囲まれていて、森の中にいるようだ。
「は、はは! 本当に出られたぜ!」
嬉しさに声をあげるカイン。
周囲をキョロキョロ見回すと、木々の先に湖が見えた。
カインは湖へと歩いていく。
「しかしどこだここ? 知らない森だな。せめて王都の方角がわかれば……ん?」
湖に近づくと、人影が三つ見えた。
それも、よく知っている三人の姿だった。
「シークたちじゃねぇか! 本当についてるぜ」
仲間たちに出会えたことを幸運だと思い、彼は大きく手を振って呼びかける。
「おーい! お前ら!」
「――何だ?」
「シーク! 後ろ!」
「これは……」
三人が振り返り、カインを見て驚愕している。
カインも仕方がないことだと思った。
自分は王城の地下にいるはずなのだから、外にいて出会うなんてありえない。
「いや~ 実はよぉ」
「みんな武器を取れ!」
「了解」
「ええ」
「は? お前らさすがにそれねぇだろ」
牢から脱獄した身とはいえ、仲間たちに武器を構えられるとは思わなかった。
カインは説明しようと近づく。
「まぁ落ち着けって」
「来るぞ!」
「あたしに任せて!」
リサが魔法を発動する。
火球を三つ生成し、カインに放つ。
「ぐっ、て、てめぇら何しやがるんだ!」
「ダメージが薄いわね」
「こんなモンスター見たことありませんわ。私の浄化魔法も試しましょう」
「は? モンスター?」
ライラが浄化魔法を発動する。
浄化の力は本来、人間には効果がない。
カインには通じない、はずだった。
「うっ、ぐぉ……い、痛ぇ……うおおおおおおおおおおおおおお」
「効いているぞ!」
な、何でだ?
何でオレに浄化魔法が……何であいつらは攻撃してくる?
カインはふらつきながら、湖のほうへ寄っていった。
そこでようやく、水面に映った自分の姿を見る。
「……は?」
そこに映っていたのは、ただの化け物だった。
今さら理解する。
牢での会話を……あれは文字通り悪魔のささやきだった。
唆され、カインは醜いモンスターと化していたのだ。
「は、はは……はははははははははははははは」
もはや笑うしかなかった。
邪悪な心に取りつかれ、身体までも人ではなくなって。
誰も彼に気付かない。
かつての仲間も、家族さえもわからないだろう。
そうして――
怪物となったカインは、仲間たちの手によって討伐された。
それがカインだったことにも気づかぬまま。
永遠の眠りについた。






