17.5.IF【もしカインが裏切ったら?】
翌日。
身体もすっかり回復して、俺は宮廷付与術としての仕事に戻っていた。
アービスを倒すために使った剣の回収がまだ終わってないらしい。
千本もばら撒いたことは申し訳なく思う。
何本かは駄目になってしまったので、新調して付与し直さないと。
「エイト」
「ん?」
作業中、後ろから声をかけられた。
「カイン」
声の主はカインだった。
身体を乗っ取られていた時の負荷で、まだ眠っていると聞いていたけど。
「もう起きて大丈夫なの?」
「ああ、お陰様でな」
そう言ったカインは不機嫌そうに俺を睨む。
「そう。なら良かった」
「良かった? はっ! お前にとってはそうだろうな~」
「……どういう意味?」
「惚けてんじゃねーよ。どうせオレのことを見下してるんだろ? 悪魔なんかに取りつかれて、哀れな奴だと思ってるんだろ?」
何を言っているんだ?
カインの様子がおかしい。
まだ操られている……わけではないみたいだ。
だけど何だが、悪魔ではない何かにとりつかれているように、俺を見る目が淀んでいる。
「どうしたんだよ。そんなこと思うわけないだろ」
「何だ? 余裕のつもりかよ? そうだろうな~ お前は宮廷付きで、こっちは哀れな一介の冒険者。それも今回の件で確実にBランクに格下げだ」
そういえば、次の依頼が達成されなければBランクへ降格になる、という話があったんだっけ?
今回の件でということは、もう冒険者ギルドに伝わっているのか。
さすがにそれはないと思うけど……
「他のみんなは知ってるの?」
「知るかそんなもん! どうせあいつらも思ってるさ。惨めで哀れな俺になんか、誰もついてきやしない。なのに……何で情けをかけた?」
「え?」
「お前が言ってくれたんだろう? 猶予を設けてほしいってな~ お陰で俺は生き恥をさらすことになった。満足か?」
「そんなつもりでお願いしたんじゃない! 俺はただ――」
「うるせぇ! 全部てめぇの所為だ!」
「カイン……」
彼はひどく錯乱している。
アービスに乗っ取られていた影響が残っているのか?
あいつは確か、負の感情が強い者の身体を乗っ取ると言っていた。
アービスの影響で、カインの中にあった負の感情が……俺への恨みや憎しみが、爆発しそうなほど膨れ上がっているのかも。
これは良くないな。
念のために備えをしておこう。
「言いたいことはそれだけかな?」
「あ?」
「終わったなら俺は失礼するよ。やることがあるからね」
「そうかよ……オレなんてもう眼中にねぇってか」
カインから激しい怒りを感じる。
身体が震え、その手が腰の剣に伸びる瞬間を見てしまって、俺は諦めた。
「エイトオオオオオオオオオオオオ」
「残念だよ」
剣を抜き、襲い掛かってきたカイン。
そんな彼を縫い留めるように、空中から剣が降り注ぎ突き刺さる。
「ぐおっ……こ、これは……」
「そうか。操られていた間の記憶はないんだね? じゃあ知らないか」
「て、てめぇ……」
「本当は、こんなことしたくなかったけど」
彼が剣を抜いてしまった時点で、俺は諦めるしかなかった。
もう彼は、取り返しのつかない所まで踏み入ってしまったのだと。
俺が何を言おうと、無駄だと悟った。
「エイト殿! 何事ですか?」
騒ぎを聞きつけた騎士たちが駆け寄ってきた。
カインは手足を剣で貫かれて動けない。
犬のように唸り、俺を睨んでいる。
「こ、これは……」
「彼が襲ってきたので、手荒ですが拘束しました。すみませんが、最低限の手当だけして牢へ入れてもらえませんか?」
「わ、わかりました。エイト殿はどちらに?」
「姫様の所へ行きます。俺が間違っていたと、伝えなければならないので」
俺はカインに背を向け、城の中へと歩いていく。
「待てエイト! 覚えてやがれぇ! 必ずお前を呪い殺してやる……絶対にだぁ!」
「……カイン」
今のお前は、本当に惨めだよ。






