16.付与術師の本気
カインの装備には、俺が最後に付与した効果が残っていた。
『状態異常耐性』と『嗅覚鈍化』。
それを付与したのが俺だと、アービスが気付いていなくて助かった。
対策されていなかったお陰で、カインの身体から追い出すことが出来たぞ。
「ここからだな」
依代をなくせば戦えなくなるのかと期待した。
どうやらそんな期待は、しないほうが良かったらしい。
カインの身体から離れた後のほうが、圧と凄みが増しているように見える。
「ワシを肉体から引きはがした程度でいい気になるなよ! こやつの身体など、忌々しい結界を抜けるために利用したに過ぎない! 結界の中に入りこめた時点で、ワシの計画はほぼ完成してる!」
アービスの炎が膨れ上がる。
燃え盛る炎に実体はなく、物理攻撃は通じない。
それこそ聖剣でもなければ、邪悪な力の塊であるアービスは倒せない。
と、俺も最初は思っていた。
「さっきの付与が効いて良かった。これで勝機が見えてきたよ」
「勝機? 勝機だと? まさかとは思うが、聖属性を付与した武器なら、ワシを倒せるとでも思っているのか?」
アービスは豪快に笑いながら答える。
「残念だったな人間! 効果はあっても、あの程度の力ではワシを倒すことはできん! このまま城ごと取り込んでやろう!」
「そうだろうね。一つや二つなら」
「何だと?」
「王城で働くようになってから色々試した。時間もたっぷりあったんだ。まさか、何の備えもしてないと思ったか?」
聖属性が通じるとわかれば、打てる手はあるんだよ。
「『拡声』」
俺は自分自身に付与を施した。
『拡声』によって、俺の声は何十倍にも増幅される。
騎士団隊舎まで距離があるからな。
この状態で叫べば届いてくれるだろう。
俺は大きく息を吸い、思いっきり吐き出しながら叫ぶ。
「騎士団隊舎の武器庫を開けてください! 大至急!」
俺の声による振動で、周囲がわずかにピリつく。
判別は出来ないけど、届いてくれたと信じてやるだけだ。
「何の真似だ?」
「開けたら扉から離れてください! 今から剣を取り出します!」
「剣?」
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騎士団隊舎には、鎧や剣などを保管する武器庫が併設されている。
予備も合わせれば、剣だけで一万本が保管できるほど大きな武器庫だ。
「今の声はエイト殿?」
「さっき爆音が聞こえた! エイト殿が戦っているんだ!」
「扉を開けるぞ!」
騎士団隊舎付近にいた騎士数名に、エイトの声は届いていた。
瞬時に意図を察し、重く硬い扉を開ける。
完全に開けきる前に、エイトの扉の前から退くようにという指示が聞こえた。
「い、急げ!」
「おう!」
武器庫の扉が開く。
すると、中からガタガタと金属音が鳴り響く。
武器庫の中には誰もいない。
しかし、金属音は激しさを増し、次の瞬間――
「け、剣が飛んでいる!」
無数の剣が宙を舞い、武器庫の扉を潜っていった。
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「そろそろ来るぞ」
「何を言って――」
俺は人差し指を立て、空にかざす。
視線誘導の先には、無数の剣が宙を舞う。
「何だこれは?」
「『飛翔』と『思念駆動』」
「何?」
「剣に付与されている効果のことだよ。宮廷付きになってから暇だったからね。色々試したし、色々準備したんだ」
そのうちの一つ。
騎士団隊舎の武器庫に保管されている武器の中には、ほとんど使われてない剣や鎧があった。
予備の予備や、そのさらに予備として用意されていたものだ。
どうせあまり使っていないのならと、有事の際は俺の武器となるように付与をしておいた。
この組み合わせは、空飛ぶ絨毯の時に使ったものだ。
「数は全部で約千本。これが俺の武器だ」
「なるほど。だが所詮はただの剣、ワシには効かん」
「忘れたのか? さっきどうやって、カインの服に付与したのか」
施されている付与は二つ。
効果が永久に持続する限界個数。
ただし三つ目も、限られた時間であれば効果を発揮する。
そして、『拡声』によって増幅された声量があれば――
「『聖属性』!」
全ての剣に聖属性を付与できる。
「なっ……」
「これだけあればお前を倒すには十分だろ!」
「させるか!」
アービスは咄嗟に離脱を試みる。
「もう遅い!」
それよりも一瞬早く、聖なる千本の刃が降り注ぐ。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「聖剣がなくてもお前は倒せるんだよ」
「ふざけるな、ふざけるなふざけるなぁ! こんなことがあああああああああああああ」
悲痛な叫びが王城に響き渡る。
聖属性が付与された剣が地面に突き刺さり、アービスの炎を消していく。
大きく燃え上がって的を大きくしていたことも仇となったな。
千本全ての剣が地に突き刺さった時、アービスの悪しき炎は完全に消滅していた。
「ふぅ……何とかなったな」
「エイト!」
後ろから声が聞こえた。
姫様の声だ。
「姫様」
「大丈夫ですか? 魔王軍の幹部が現れたと聞いて」
「ええ、でも倒しましたよ」
「本当ですか? エイトが?」
「はい」
俺がそう答えると、姫様がホッとしたように笑顔を見せる。
その笑顔を見た途端に俺も気が抜けたのだろう。
膝から崩れ落ちて、片膝をつく。
「エイト!?」
「大丈夫です。さすがに千本一気に操るのは魔力が……。それより怪我人がいます。手当てを優先してください」
その言葉を最後に、俺は意識を失った。