15.魔王軍幹部アービス
どす黒いオーラと混ざり合う紫色の炎。
猛々しく燃え盛る炎に包まれ、カインではない別の存在がニヤリと笑う。
「魔王軍……幹部?」
そう言ったのか?
魔王軍幹部……アービス。
俺は偶然、その名前を最近になって耳にしていた。
勇者一行から送られてきた手紙の中に、その名前が記されていたんだ。
【悪憑魔】アービス。
激しい負の感情を持つ者の身体に憑依することが出来る大悪魔。
相性の良い肉体を転々としており、勇者一行も何度か退治していたが、飄々と逃げられ苦戦させられていたという。
その厄介な悪魔が、よりにもよってカインに憑依したのか。
しかも、騎士団長も勇者もいない最悪のタイミングで。
「何やってるんだよ……カイン!」
「ん? ああ、こやつが恨んでいた相手はお前のことか? わかる……わかるぞ! お前に対する憎悪が奥底からあふれ出るようだ」
「恨む? 俺を?」
アービスの言葉を聞いて、俺は納得してしまった。
そうか。
カインは俺のことを恨んでいたのか。
それも……悪魔の器に選ばれてしまうほど濃く、深く……
カインは昔から、感情の起伏の激しさが目立つ男だった。
嬉しい時には大げさに笑い、腹が立つと周囲に八つ当たりをする。
良くも悪くもわかりやすくて、ハッキリした奴だ。
そして誰よりもプライドの高い奴だ。
だからこそ、見下していた俺に散々言われて、彼の心は激しい怒りで満ちてしまったんだ。
先日、俺と出会ってしまったことが引き金になったのかもしれない。
「だとしたら……俺の責任でもあるのか」
認めたくはないけどね。
俺はチラッと倒れた騎士に目を向ける。
腹部を貫かれているが、まだわずかに動いている。
死んでいない。
カインはまだ、誰も殺していない。
「待ってろ。今……目を覚まさせてやる」
「ほう? お前が戦うのか?」
アービスは不敵に笑う。
彼は何もしていない。
ただそこにいるだけで身体が震える程の威圧感。
これが魔王軍幹部の迫力か。
「エイト殿!」
「ん? 増援か」
騒ぎを聞きつけ、城内にいた騎士たちが集まる。
邪悪なオーラを纏う男と、その足元に倒れる仲間の騎士。
それさえ見れば、誰が敵にどういう状況なのかくらい把握できるだろう。
当然、騎士たちは剣を抜く。
「貴様! 魔王軍の手の者だな!」
「エイト殿お下がりください! ここは我々が!」
うおおーと雄たけびを挙げ、騎士たちが左右から斬りかかる。
「待ってください! そいつは――」
「ふっ、ぬるいわ」
アービスが軽く腕を振るった。
たったそれだけで起きた衝撃波によって、騎士たちは吹き飛ばされてしまう。
俺は踏ん張りをきかせ、何とかその場にとどまった。
「っ……」
「騎士の剣などワシには通じぬよ」
「く、くそっ……ならば魔法だ!」
吹き飛ばされた騎士の数名が起き上がり、魔法陣を生成する。
「アクアスプラッシュ!」
「ファイアーボール!」
「サンダーボルト!」
多種多様な魔法がアービスを襲う。
直撃し、爆発によって生まれた煙で姿が隠れる。
「ど、どうだ?」
倒せていないと、俺は即座に気付いた。
煙で見えなくとも、最初から感じている邪悪なオーラが消えていない。
「この程度か。やはり勇者ですらないお前たちではこの程度」
「ば、馬鹿な……」
「お返しだ」
アービスは両腕を左右に上げ、紫色の炎を放つ。
燃え盛る炎は渦となり、騎士たちを燃やす。
「ぐあおおおおおおおおおおお」
「皆さん!」
「ふふ、ふふふ、ふはははははははははははは! やはり一方的な蹂躙は楽しいな~」
「っ……こいつ」
遊んでいるのか。
「そんな目をしても無駄だな。勇者の持つ聖剣でもない限り、ワシら上位の悪魔は倒せん。大人しく殺されるが良い。こやつもそれで報われる」
「……誰が」
上位の悪魔は聖剣でなくては倒せない。
勇者一行からの手紙にも、似たような一文があった。
当たり前だけど、この城に聖剣なんてない。
聖なる力がなければ……ん?
待てよ、聖剣……聖?
そうか、どうして気付かなかったんだ。
「さぁ、おしゃべりも飽きてきた頃合いだ。派手に燃やして――」
「『聖属性』」
アービスの服に聖属性が付与される。
「なっ、なん……ぐおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「思った通りだ」
聖属性を付与されたことで、アービスは苦しみ声をあげる。
予想した通り、聖属性の力は通じるらしい。
高位のアンデッドにも通じる俺の付与だ。
さぞ効くだろう。
「な、何をした?」
「聖属性をお前の服に付与しただけだよ。その様子だと、カインの肉体を奪っただけで、記憶は共有していないらしいな。カインなら、俺が言葉一つで聖属性くらい付与できると知っていたはずだ」
「あ、ありえん……たかが聖属性ごときでこのワシが……くっ!」
カインの身体が激しく燃え上がる。
炎は増し、溢れ出て、アービスはカインの身体から脱出した。
燃え盛る炎が、顔の形を作る。
「それがお前の本体か」
「許さん……許さんぞ貴様ぁ!」
邪悪な炎がより一層濃くなり、俺の前で燃え盛っている。