103.俺の役割を
魔王城最上階にある一室、そのベランダに向かうと、下で戦っているみんなの姿がよく見える。
思った通り、彼らは戦いを続けていた。
未だに勝敗が決したことに気付いていない。
もしかしたら気付いている者もいるかもしれないけど、信じたくなくて気付かないフリをしているのかもしれない。
だから気付かせなくてはいけない。
勝者として、新たな王として。
「魔王軍に属する者たちよ! 戦いは終結した!」
俺は叫んだ。声を響かせる【拡声】を付与したことで、俺の声は魔王城全域に届いている。
もちろん彼らにも。
「この声! あいつらやったのか!」
「まったく待ちくたびれたよ」
「信じていましたよ」
「……本当にもう、遅いのよ」
彼らが戦いを止め、武器を降ろすと同時に、魔王軍の軍勢も一斉に戦いを止めた。
皆が等しく同じ方向を見ている。
これで視線は集まった。ここからは彼女たちの仕事だ。
俺が一歩下がると、代わりに二人が前に出る。
「皆の者聞くが良い! 妾の名はルリアナ! 先代魔王サタグレアの娘じゃ!」
「先代の御息女?」
「嘘だろ? まさかリブラルカ様が敗れたのか?」
ざわつく者たちに、ルリアナは大きくハッキリと宣言する。
「妾たちはリブラルカを倒した! この戦いは妾たちの勝利じゃ!」
「負けた……俺たちが負けたのか」
「そ、そんな……嘘だろ。リブラルカ様の魔力を感じない」
「じゃあ本当に?」
自身の敗北を思い知らされ、次々に武器を手放していく魔王軍の悪魔たち。
完全に戦意を喪失し、腑抜けたように立ち尽くす。
彼らが強気で戦い続けてこられたのは、強者足るリブラルカの存在があったからこそ。
彼が敗れたと知った時点で、その支えは消えてしまった。
戦いを好み、争いばかり起こす彼らの心は脆く、不安定だった。
だからこそ、彼らを支え導く存在が必要なんだ。
今後その役割は、彼女が引き継ぐことになる。
「俺たちは……どうなるんだ?」
「案ずるな! お前たちのことは妾が導く! 妾と共に生きよ! 今日からは妾が魔王じゃ!」
小さな身体を大きく見せるように、彼女は胸を張って皆に告げた。
反論は上がらなかった。
リブラルカに勝利した時点で、彼らは認めていた。
魔王となるために最も必要な条件が、誰よりも強くあること。
それを満たしたのなら、異論が出るはずもない。
彼らは静かに、確かに、新たな魔王の誕生を見届けた。
◇◇◇
激戦から一夜明け、魔王城は少しだけ賑やかになっていた。
壊れた城の一部を修理しているから、金属音や重低音が鳴り響く。
廊下をせわしなく走っていく悪魔たちを見ていると、人間も悪魔も、大して違いはないように思える。
そんな風に思えるのはきっと、この旅を続けてきたからなんだと思う。
そして今日――
「私たちの役目も終わりだね」
「ああ」
アレクシアがそう呟いて、俺も頷き同意する。魔王を倒して人類の未来を守るため、俺たちは旅を続けてきた。
その目的は果たされ、平和は守られた。
「そろそろ王都に戻らなきゃね。姫様も待ってると思うし」
「そうだな……うん」
「エイト君?」
「……いや、なんでもないよ」
彼女の言う通りだ。
俺たちの役目は終わったのだから、いつまでに魔王城にいるのも不自然だろう。
そうして、お別れの日はやってくる。
俺たち勇者パーティーの面々と、新魔王軍の面々が向かい合う。
ルリアナの隣にはセルスさんが立っていて、その横にはベルゼドの姿もあった。
リブラルカが負けたことで焦燥し、自害しようとした彼を、師であるセルスさんが引き留めたらしい。
一時的に敵対したとはいえ、師弟としての絆は続いていたようだ。
彼らの後ろにはインディクスの姿もあった。
彼の技術力があれば、悪魔たちが不便に困ることはないだろう。
頼もしい面々が揃っている。
俺たちとしても不安はなく、任せていけると思っていた。
「戻ってしまうんじゃな」
「ルリアナ……」
だけど、彼女の寂しそうな顔を見ていると、胸の奥がうずくように感じてしまう。
このまま去ってしまっていいのかと。
改めて俺は、自分の心に問いかける。
今日までのことを振り返りながら、自分の役割を確かめる。
そうして出た結論を、俺は仲間たちに告げる。
「すみません。俺やっぱり、しばらくここに残りたいです」
「エイト君?」
「ごめんアレクシア。いろいろ考えたんだけどさ。俺、ルリアナの手伝いがしたいんだ」
胸の内に引っかかっていた心残り。
まだ俺には、やらなきゃいけないことがあるような気がしていた。
いや、やらなきゃじゃないな……やりたいことだ。
「俺は人間だけど、俺の中には先々代の魔王の力があって、その思いを知っている。彼が望んでいたのは、人間と悪魔たちの共存だった。互いに手を取り合い、助け合っていける未来を望んでいたんだ」
俺も、そんな未来が来ればいいと思った。
それに、俺が今日まで戦い抜けたのは、サタグレアから受け継いだ力があったからこそだ。
彼がいなければ、きっと俺はここにいない。
その恩返しもしたいと思う気持ちが、俺の中にはあった。
俺は本心を、そのまま仲間たちに話した。我ながら我儘だと思う。
でも――
「ったく、そんなことだろうと思ったぜ」
「エイト君なら言い出しそうだよね」
「そこが彼の優しさでしょう」
みんなの反応は拍子抜けするほどあっさりとしていた。
アスランさんも、ユーレアスさんも、フレミアさんも、なんだかみんな俺がそう言いだすのを待っていたように見える。
もちろん、アレクシアとレナも。
「エイト君が残るならボクたちも残るよ!」
「それがエイトのやりたいことなら、私たちも協力するわ」
「みんな……ありがとう」
旅は終わっても、俺たちの物語は終わらない。
明日も、明後日も、何十年先だって続いていく。
穏やかな平和を守るため、幸せを築くために。
【作者からのお願い】
新作投稿しました!
タイトルは――
『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』
ページ下部にもリンクを用意してありますので、ぜひぜひ読んでみてください!
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