102.戦いの果てに
人類と魔王の戦いは終焉を迎えた。
人類の、俺たちの勝利で終わったんだ。
そのことをみんなにいち早く伝えたくて、俺たちは魔王城から駆け出す。
走りながらアレクシアが耳を澄ませて口にする。
「外は騒がしいままだね」
「まだ戦っているんだよ。戦いが激しすぎて、どっちもリブラルカが倒されたことに気付いていないんじゃないかな?」
「じゃあ早く止めないと! みんなに戦いは終わったんだって伝えなきゃ!」
「そのために走っておるのじゃ!」
ルリアナは小さな身体で俺たちの足についてくる。
走るのではなく重力を操作して、身体を浮かせて滑走している。
先の戦いでほとんど魔力を使い果たしたのに、わずかな時間で特権が使える程度には回復させたようだ。
さすが先代魔王の娘。いや、次期魔王と言うべきだろう。
「……ルリアナ。ちょっといいか?」
「なんじゃ?」
俺たちは走りながら彼女に提案する。
「みんなを止める方法なんだけど、一つ考えがあるんだ」
◇◇◇
魔王城の入り口。
大軍と相対するは人類が誇る戦士たち。
数では圧倒的不利な状況だったが、アスランたちは善戦していた。
「っつ、全然減らねぇーな」
「おいおいどうした槍使い! 動きが鈍くなってるぜ!」
「はっ! お前たちがあんまり鈍いんでな。気の毒だから合わせてやってるだけだ!」
口ではそう言いながら、すでに肉体の限界が近づいていた。
連戦に続く連戦、加えて常に全力の戦闘。
いかに人間離れした力を持つ者たちとは言え、肉体には限界がある。
さらに魔力切れも近く、同時に気力もすり減らしていた。
彼らの胸にある希望はただ一つ。
前へ進んだ仲間たちが、魔王を倒してくれること。
その瞬間を今か今かと待ちわびながら、一分一秒を生き抜くために全力で戦い続けていた。
悪魔である彼もまた同じ。
「はぁ……ふぅー」
「衰えましたね先生。体力の限界ですか?」
セルスとベルゼド、師弟対決も続いていた。互いの剣をぶつけ合い、策を潰し合い、互角の多戦いを続けていた両者だが、先に限界がきたのはセルスだった。
「限界ですか。まだ私は、剣を握れていますよ? 私に限界があるとすれば、この手で剣を握れなくなった時のみ」
「……そういう所も変わりませんね。ですがこれで――!?」
その気配に気づいたのは両者同時だった。
どちらも魔王に仕える者同士、刹那の戦いの中ですら、主の変化を感じ取った。
「こ、これは……まさか……」
「ふふっ」
動揺するベルゼドと、安堵して笑うセルス。
二人の反応の差こそ、戦いの勝敗をハッキリと現していた。
「そんな、ありえない! まさか魔王様が」
「ベルゼド」
魔王城を見ながら動揺を激しくするベルゼドに、セルスは優しく語り掛ける。
この時にもう、セルスは剣を鞘に納めていた。
「私たちの戦いはここまでです。部下たちに戦いを辞めるように命令しなさい」
「……そんなこと」
「これ以上は無駄な血が流れるだけだ。今は皆、自身の戦いに集中して気付いていないようですが、どちらにしろいずれ気付く。リブラルカが敗れたのだと」
「違う! 魔王様は敗れてなどいない!」
叫んでベルゼドは切っ先をセルスに向ける。
しかし、口ではそう言いながら、主の魔力を感じ取れない事実に身体が動かない。
戦いは終わったのだと。
自分たちが敗北したのだと、認めたくなくても現実が身体を締め付ける。
だから彼は戦う意思を見せながら、無防備なセルスに斬りかからない。
セルスも彼の心情を感じ取っていた。
「強く成ろうとも、やはりまだまだ未熟ですね」
「先生……」
「信じたくない気持ちは理解できなくもありません。ならここは、当人たちの言葉を聞いてもらいましょうか」
「当人……」
セルスは感じ取っていた。
主である彼女と、彼女と共に戦った戦士たちの気配を。
見上げる先、壊れた魔王城の最上部に、彼らはいた。






