99.模範
リブラルカは相手の力を観察、理解することで自身の力へと変換できる。
モードレスの剣と剣技。
さらに先代魔王サタグレアの特権まで使用して見せたリブラルカに、俺たちは警戒を高める。
「【砕けろ!】」
俺は言霊でみんなの凍結を解除。
動けるようになってから、続けてリブラルカの動きを止めようと口を開く。
「さっきのお返しだ! 【ひれ伏――】」
せ、の一言まで発したつもりだった。
いや、厳密には発していたのだが、声として届かなかった。
リブラルカはニヤリと笑う。
「っ……」
「エイト!?」
「エイト君? どうしたの!」
呼吸が……。
俺は苦しい胸を抑えながら膝をつく。
「言霊も所詮は音、空気の振動だ。ならばその空気をなくしてしまえば良い」
「く……」
まさしくその通り、返す言葉もない。
空気がなくなって言葉を発せないから、どっちみち無理だけど。
しかしこのパターンは想定済み。
俺は肺に残った空気を押し出しながら、自分にしか聞こえない声で【散れ】と口にする。
「――かはっ! はぁ……ふぅー」
「ほう、そうか。自分に対する言霊なら、肺に残った空気だけで足りたか」
空気は回復したが一時的な酸欠で意識が朦朧とする。
苦しそうな俺を見て、二人が怒りリブラルカに向かっていく。
「よくもエイト君を!」
「押しつぶしてやるのじゃ!」
「待って……」
「そう考えなしに動かないほうが良いぞ? 何せお前たちの敵は我だけではない」
ニヤリと笑うリブラルカ。
地面の氷がバキバキと砕け、亀裂から氷のドラゴンが生成される。
さらには氷の茨に氷の棘、あらゆる形を成し、二人に襲い掛かっていく。
「っ、こ、これって……」
「何じゃ!」
「この空間はリブラルカが生成したものだ! 周りにある物すべてが奴の手足であり力なんだよ!」
叫んだ俺の声を聞き、二人は焦りを表情に出す。
襲い掛かる氷の敵に翻弄されながら、回避と防御に手を回し、一旦俺の元に集まる。
「エイト君! これじゃ近づけないよ」
「どうするのじゃ!」
「ルリアナの特権で空間全て重力で押しつぶすんだ!」
「なっ、それじゃエイトたちも巻き添えになるぞ!」
心配するルリアナに、俺は小さく頷いてから続ける。
「それで良い! あれが先代の特権なら、同じ特権じゃないと対抗できない。このままだとずっとあいつのペースだ」
「じゃ、じゃ……」
「大丈夫! ボクは勇者だから重力なんてへっちゃらだよ! エイトだって!」
「ああ。俺たちはルリアナを信じてる。だからルリアナも」
大丈夫だと伝えるように、俺とアレクシアは力強い視線をルリアナに向ける。
心配してくれる気持ちを汲みつつ、勝てる最善の手を打つ。
今はそれが一番正しい。
「わかったのじゃ!」
それを理解してくれたルリアナが、最大出力で特権を発動。
氷の大地が激しい亀裂音をたてながら砕けていく。
リブラルカも強大な重力を感じ、両肩がずしんと下がる。
「空間の制御を抑えるつもりか? だがこれではお前たちも動けまい」
「それはどうかな?」
油断したリブラルカの背後から、アレクシアが聖剣を振るう。
反応から対応までが重力で遅れたリブラルカは、背中に斬撃を受ける。
「ぐっ……馬鹿な! なぜ動ける!」
「ボクが勇者だからだよ!」
堂々と叫ぶアレクシアだが、もちろんそれだけじゃない。
俺の本職は付与術師だ。
高重力下でも活動できるように【抗重力】を付与しておいた。
俺の魔力が続く限り、彼女を重力から守る。
「妾も動けるのじゃ! 魔王だから!」
そして元気なのがもう一人。
ルリアナが特権を発動している以上、彼女にその効果は効かない。
俺は付与に力を注いでいて満足に動けないけど、自由に動ける二人がいれば、のろくなった魔王擬きなんて敵じゃない。
「チッ、調子に乗るなよ」
珍しく感情的な表情を見せたリブラルカは、空間支配の特権を再度発動。
今度は全員が水中に引きずり込まれてしまう。
水中では地上ほどの動きは出せない。
重力による影響も、水中と地上では大きく異なる。
(これで自由には動けまい)
と、リブラルカは思っているだろう。
俺の言霊も、水中では届かない。
が、当然この程度のことは想定済みだ。
アレクシアは水中を蹴り、左右に駆け回ってリブラルカに迫る。
(馬鹿な! なぜそこまで動ける!?)
きっと驚いているだろう。
しゃべれないから伝えられないが、戦闘に入る前からすでに、俺たちの身体にはいくつかの付与を施してある。
【水中呼吸】と【水中歩法】を付与すれば、水中でも機敏に動けるし呼吸も出来る。
ハンデにはなりえない。
水中では不利になると考えたのか、早々にリブラルカは次の空間を生成。
「今度は空か」
水中から空への空間変化。
立て続けに景色が変わることで、若干の気持ち悪さを感じる。
「先に言っておくけど、空中だろうと俺たちには関係ないよ」
「そう! エイト君は凄いからね!」
アレクシアは空気を蹴り出し、リブラルカに聖剣を振るう。
一撃をリブラルカはモードレスの剣で受け流し、すかさず距離を取ろうとする。
そんな彼の背後をとったルリアナが、思いっきり拳を入れる。
「ぬかったなリブラルカ! 空中は妾の十八番じゃ!」
「っ、子娘が」
リブラルカの空間支配にも対応できている。
徐々に動きも慣れてきた。
二人とも緊張が和らぎ、本来の自由な動きが際立ってきている。
戦況的には優勢。
だが、この程度で終わるとは思えない。
一抹の不安を感じた直後――
「開門」
「え――」
それは本来、俺が口にするべき言葉。
千の剣を収納した武器庫の解錠を意味する。






