98.頂点の戦い
リブラルカの目つきが冷たさを増す。
すでに臨戦態勢の俺たちに対し、リブラルカは未だ玉座から動かない。
座ったままの姿勢で余裕そうに、ルリアナを煽る。
「元魔王の娘、お前は恥ずかしくはないのか? 魔王の血を引きながら、人間の助力を受けるなど」
「恥ずかしくない。二人は妾の大切な友人じゃ」
「友人? それこそ魔王には不要なものじゃないか。弱い生物特有の群れをなす哀れな行為。そこも先代と同じなのか。つくづく相応しくないな」
「【黙れ】」
リブラルカが口を閉じる。
ルリアナが意外そうな顔をして、俺のほうへ視線を向けた。
落ち着けと制止した俺が、感情のままに力を振るっているから、驚いてしまったのだろう。
本当は最初から苛立っていた。
彼女の父親、先代魔王は俺にとっても父親みたいな存在だ。
実際に声を聞いて、期待されていることを知って、それに応えたいと心から思った。
先代こそ王に相応しい。
そう思っているからこそ、勘違いで玉座に座る奴を、黙ってみていることは出来ない。
幸いなことに俺の能力は、強い感情を込めるほど力が増す。
頭はクリアに冷やしながら、言葉だけに感情を乗せる。
「くっくくく……これがお前の言霊。先代から受け継いだ力か!」
「こいつ……」
言霊による縛りを無理やり解いた。
セルスさんも出来ていたし、今さら驚きはしないけど。
先代との邂逅、ルリアナの覚醒を経て、俺の言霊も強さを増している。
あの時よりも強力になっているはずだから、それを解除するリブラルカの力は確かということになる。
「悪くはない。だが所詮は人間、悪魔の領域には届かない」
「偽物の癖によく口が回るな」
「……偽物かどうかは、味わってから知ると良い」
リブラルカの雰囲気が変わる。
冷たい視線はもっと濃くなり、漏れ出す魔力で背筋が凍る。
彼はゆっくりと、その口を開き――
「【ひれ伏せ】」
命令一言。
リブラルカは俺と同じ言霊を行使した。
直後、強力な圧力にさらされて三人とも地面に膝をつく。
ギリギリ顔をつかないように手と膝で耐えながら、玉座でニヤリと笑うリブラルカを見る。
「どうだ? これが本物の力だ。貴様程度とは比べ物にならんだろう?」
「……確かに……強い。けど!」
俺は大きく息を吸う。
その全てを吐き出す様に、大口を開けて叫ぶ。
「【立ち上がれ!】」
言霊とは、言葉に魔力をのせて放つことで、強制的に相手を従わせる力。
解除する簡単な方法は、より強い言霊で上書きすること。
言霊使い同士であれば、言葉に乗せる魔力量と、意志の強さで優劣が決まる。
相手は曲がりなりにも現魔王になった悪魔。
魔力量では敵わない。
だけど――
「【怯むな!】」
俺たちは立ち上がる。
リブラルカの言霊に抗い、確かな二本足で。
「【前を見ろ!】」
魔力で劣っていようとも、意志の強さでは誰にも負けない。
思えば、俺はいつだって意志だけで戦ってきたようなものだ。
「【勝利を手にするまで、絶対に倒れるな!】」
力なんて大したことはない。
大事なのは、その力に屈しない強い心。
俺たちにとってそれは標準装備。
「くくっ、愚かな」
あざ笑うリブラルカを黒い影が覆う。
頭上に視線をあげると、アレクシアが聖剣を振り上げて迫っていた。
そのまま玉座に向けて振り下ろす。
「いきなり襲い掛かってくるとはな」
「ごめんね! ボクって難しい話が苦手なんだ!」
リブラルカは攻撃を回避した。
代わりに玉座は粉々になったが、当人に怪我はない。
アレクシアは続けて猛追する。
「それに挨拶ならいらないでしょ! ボクは勇者でお前は魔王! 戦う理由はわかってるんだ!」
「それもそうだな!」
「っ……」
アレクシアの斬撃が弾かれる。
気付けばリブラルカの手には、どこからか取り出した魔剣が握られていた。
禍々しいオーラを放つ漆黒の剣。
形状や雰囲気はモードレスが使っていた剣と酷使している。
「その剣!」
「どうした? 見覚えでもあったか?」
「別に!」
アレクシアは間合いを詰めて聖剣を横に振るう。
体格差がある以上、懐に入らなければ切っ先は届かない。
しかし近づきすぎれば当然、一定のリスクはある。
「怖い怖い。その一振りが致命傷になりえる。だからこそ確実に殺しておこう」
「ぐっ……」
リブラルカの影が浮き上がり、刃の形になってアレクシアを襲う。
咄嗟に回避した彼女だったが、身体中に切り傷を受けてしまう。
「よく躱した。だが遅いな」
「【動くな】」
「っ――人間が」
影の刃で追撃しようとしたリブラルカを、俺の言霊が止めた。
リブラルカは俺を睨む。
「いいのか? 俺を見ていて」
「そうじゃ! 妾を忘れるでないぞ!」
「ぐうっ! これは……」
重力操作。
すでに魔王の特権を発動していたルリアナが、リブラルカを高重力で押しつぶす。
「どうじゃリブラルカ! これが妾の力じゃ!」
「っ、確かに悪くはない」
「ふっ、今さら気づいても手遅れじゃ! 今じゃアレクシア!」
「うん!」
アレクシアが聖剣を力強く握り、動けないリブラルカに迫る。
俺の言霊と、ルリアナの重力。
二つの力で拘束されれば、いかにリブラルカでも動けない。
勝負はついた、と俺たちが思った直後。
「やはり甘い」
リブラルカが笑う。
そして世界は、透明な氷の大地へと変化した。
「なっ!」
アレクシアが動きを止める。
世界の変化に動揺したわけではなく、下半身が凍結して動けなくなっていた。
俺とルリアナの身体にも氷がまとわりつく。
何の前触れもなく世界が一変した。
空は青ではなく紫色で、地の果ては見えない。
ただ氷に覆われた大地に、俺たちは立っていた。
「空間転移? いやこれは……」
「父上の……力じゃ」
ルリアナが唇をかみしめるように言う。
そう、これは先代の魔王が使っていた特権。
「空間支配か」
「それだけじゃないよ! あの剣はやっぱりモードレスの剣だし、動きもあいつと同じだ!」
アレクシアが叫ぶ。
彼女はずっと違和感を感じていたようだ。
その違和感は勘違いではなく事実。
リブラルカは先代の力を扱い、モードレスの剣を振るっている。
「聞いていた通りじゃな。奴の能力は……」
「模倣」
あらゆる力を模倣し、自身の力へと変換する。
それこそがリブラルカの能力だ。






