10.新しい付与を試してみる
ガシャンガシャン。
金属音を立てながら廊下を歩く。
大きな木箱を抱えて、前も良く見えないまま慎重に、ぶつからないようゆっくり……
「エイト?」
「ん? その声は姫様ですか?」
正面から姫様の声が聞こえた。
俺は木箱を左へずらし、顔を右へ向けて木箱の横からのぞき込むように正面を見る。
「はい。こんにちは、エイト」
「こんにちは、姫様」
「大きな箱ですね」
「はい。よいしょっと」
姫様と話すのに、作業しながらは失礼だろう。
俺は持っていた木箱を床に置く。
上からのぞき込めば、色々な道具が入っているのがわかる。
それを見ながら、姫様が言う。
「たくさん道具が入っていますね。何をしていたのですか?」
「実はちょっと、新しい付与を試してみようかなと思いまして」
「新しい付与?」
「はい。まぁ新しいと言っても、今まで試さなかっただけですけど」
木箱に入っているのは、ツルハシ、スコップ、クワなど採掘や畑仕事で使うような道具。
それと魔力で光がともるランプとか、便利な道具の数々だ。
「今までは、戦闘とか冒険で役立つ物しか使ってきませんでしたけど、国の役に立つ物って考えたら、色々出来そうな気がするんです」
「なるほど。すばらしい考えですね」
「はっははは、まだ何もしてませんけどね。せっかく宮廷付与術師になったのに、仕事もせずダラダラはしてられませんから」
ここ数日、付与が必要になる依頼はなくて、一日中暇な時間が続いていた。
平和なのは良いことだと騎士団長は笑いながら言ってたけど、宮廷付きになったばかりの身としては、何もしていないと落ち着かない。
そこで考えたのが、武器や防具以外に付与を試して、役立てる物はないかということ。
「休息も立派な仕事の一つですよ?」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。もう十分に休みましたから」
「そうですか。無理せず頑張ってくださいね」
「はい」
やっぱり姫様は優しいな。
かけてくれる言葉の節々に、彼女の優しさがにじみ出ているようだ。
今の言葉だけで、一日どころか一週間は頑張れる気がする。
「付与は今からするのですか?」
「はい」
「そうですか……もしよろしければ、付与している様子を見てもいいでしょうか?」
「え、別に構いませんけど」
「本当ですか? ありがとうございます」
別に付与の様子なんて見てもつまらないと思うけど。
姫様は喜んでいるようだし、深く考えないことにしよう。
俺は木箱を持ち上げ、仕事部屋に足を運んだ。
城内に俺専用の仕事部屋までもらえて、プライベート用の部屋もあって、もう快適すぎて言うこともないよ。
部屋に到着した俺は、机の上に木箱を置く。
まだもらったばかりの部屋で、特に物もなく殺風景だが。
「さっそく始めますか」
「お願いします」
木箱からツルハシを取り出す。
取り出したツルハシを机の上に置き、邪魔な物は退ける。
姫様が隣で見ている。
やっぱり意識してしまうな。
「何を付与するのですか?」
「えっと、ツルハシなので『効率強化』と『軽量化』を」
採掘効率の向上と、使用者が疲れにくくなることが目標だ。
ツルハシって、見た目より結構重い。
さすがに剣よりは軽いけど、金属を使っている分、老人や女性、子供には負担が大きい。
姫様には一度、ツルハシの重さを確認してもらった。
その上で付与を施し、再度持ってもらう。
「軽くなりました! これなら私でも軽々振り回せますよ」
「良かったです。ってうおっ!」
「あ、ご、ごめんなさい! 軽く振り回せることが面白くてつい……」
「だ、大丈夫ですよ。当たってませんから」
姫様、意外と豪快な一面もあるみたいだ。
「クワにも同様の付与を施せば、畑仕事が楽になると思います。スコップには『効率強化』の代わりに、『積載重量軽減』ですね。これで掬った分の重さが軽くなります」
「どれも素晴らしいですね。一度付与した物は、この先もずっと残ると聞きましたが」
「はい。生物以外の物で、二つまでなら持続します。本当はもっと付与できればよかったんですけど、俺ではこれが限界です。もっと才能があれば……」
「何をおっしゃるのですか? 普通、付与術というものは効果が持続しても一日です。それを永久に維持できるなど、私も聞いたことがありません」
「そ、そうなんですか?」
てっきりそういうものだと思っていたけど、世間一般で言う付与術と、俺の認識はかなりずれているのか?
姫様は続けて俺に言う。
「きっと、エイトは選ばれた人だったのでしょう」
「選ばれた……俺が?」
「はい」
何だろう。
ここ数日、褒められてばかりでおかしくなりそうだ。
本当自分が優秀で、才能あふれる人間だと思えてしまいそうになる。
まだまだ、宮廷付与術師になっただけだ。
これからもっと、姫様や皆の期待に応えられるように努力しなくては!
ふと昔のことを思い出す。
そうだった。
冒険者になって、彼らのパーティーに入った頃も、同じようなことを思っていたんだ。
仲間の助けになるように、少しでも役に立つことをしたい。
今頃……彼らはどうしているだろうか。