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お土産

 視察という名の王女の押しかけデートはおおむね上手くいった。

 我が強い王女に終始押されっぱなしの隣国のフランツ王子だったが、懐が大海原よりも広いんじゃないかという位エリザベス王女に甘く、王女も王子にぞっこんのようだった。

 最終日には帰りたくないと言う王女にアルベルトは表面上では無表情を湛えて慇懃に接する。


「エリザベス様、日程通り視察を熟すのも次期王妃としての務めかと存じます」


 そう言えばエリザベスはグッと唇を噛んでいたがフランツ王子に優しく諭されて渋々納得して帰路についた。

 帰りの馬車に乗る寸前まで手を繋ぎ「帰りたくない」「また会えるのを楽しみに待ってる」というラブラブっぷりを見せつけられたアルベルトは無表情を貼り付けてはいたが心情的には「フザけんな!こちとら愛しい嫁が家で待ってるんだよ!早く乗りやがれ!!」と怒鳴りつけたい気分だった。

 可能なら王女の尻を蹴り上げて無理やり馬車に押し込んで馬を飛ばしたい気持ちだったがぐっと堪える。

 アルベルトはそっと胸元へ仕舞った箱へ手をやった。


 さすがの我儘王女様も新婚のアルベルトを出張へ連れ出したことを少しは悪いと思ったのか半日だけ非番をくれた日があった。


「隣国ではガーネットが多く産出されるらしいわよ。初恋の奥様へお土産に買っていったら?それを渡しながら愛を囁けばヘタレのアルベルトでも上手くやれるんじゃない?」


 有難い情報に余計な一言を添えカラコロと笑う王女を睨みつけたが、王女はどこふく風で喜々としてフランツ王子の元へ飛び出して行った。

 ともかく休みをもらえたアルベルトはリリアージュへの土産を物色しに宝飾店へ赴いた。

 その際にロードライトガーネットの宝石を見つけた。深い青紫に鮮やかな赤が混じった珍しい色だと思った。アルベルトの瞳の色である深紅の赤と、夕暮れから夜の帳が降りてきたような青紫色のリリアージュの瞳。それが混ざったような色合いが一目で気に入って迷わず購入したのだ。


(気に入ってくれればいいが……)


 アルベルトはリリアージュと出掛ける前に話せなかったことが気にかかっていたが、ネックレスをあげた時の彼女の顔を想像して猜疑と嫉妬で渦巻く胸を静める。


(きっとこのネックレスを渡して、きちんと話せば大丈夫だ……)


 ブツブツと呟くアルベルトを、馬車の小窓を開けて観察していた王女と同行していた同僚の騎士達は、憐れむような眼差しで見ていた。


◇◇◇


 出張から戻ってきたアルベルトはリリアージュの姿を見て眉を顰めた。

 ぱっと花が咲くようなリリアージュの笑顔が見たいのに彼女の笑顔はやはりどこか作り物めいていて顔色もあまり良くなかった。

 何かあったのかと聞いても何もないという。アルベルトの質問に使用人達もキョトンとしているが自分がリリアージュの変化に気が付かないわけがない。伊達に10年以上初恋を拗らせているわけじゃないのだとアルベルトは憤慨する。

 お土産を買ってきたといえばリリアージュは驚いたような顔をして戸惑う仕草を見せた。

 それが余計に癪に障ったが気持ちを切り替えて彼女の部屋へ行く許可をもらう。


 彼女が使用している部屋は元々夫婦の部屋だというのに許可をもらわなければならない今の現状にアルベルトは虚しさを覚える。早くリリアージュと同じ部屋で暮らしたいのに、それを言い出せない自分のヘタレさが恨めしい。こんなのだから王太子や王女に「紅蓮の静謐なんて言われてるけど、アルベルトってただの口下手なヘタレだよね?」と揶揄われるのだ。

 2人の意地悪い笑みが頭に浮かんでくるのを必死に振り払ってリリアージュの部屋の扉をノックした。


 アルベルトがソファに座るとリリアージュも同じように対面のソファに腰かける。

 隣に座ってほしいというアルベルトの願いは無残に散ったが、ネックレスを渡すとリリアージュの表情がぱっと明るくなった。


「きれい」


 そう言って赤紫色の宝石を眺めるリリアージュにアルベルトも嬉しくなる。

 やっと見られたリリアージュの自然な笑顔にアルベルトが見惚れていると、視線が合った彼女にパッと目を逸らされた。


 そのことにアルベルトは落胆する。

 お土産の効果はあまりなかったらしい。そういえばリリアージュは自分の瞳の色をあまり好きじゃないと言っていたと思い出す。

 嬉しそうに見えたのは自分の願望だったのかと小さく零した。


「……あまり気に入ってはもらえなかったようだな。それよりも2週間後に王宮の夜会があるから出席してくれ」


 ダメージの大きさにとりあえず今日は要件だけを伝えて退出しようと後半の夜会の話だけは何とか普通の音量で話す。

 どうすれば彼女が昔のような笑顔を見せてくれるのか解らず、あの日の涙の意味も聞けないまま、また問題を先送りにしたアルベルトの前でそれは起こった。


 リリアージュが紅茶を零したのだ。


 些細な出来事だったがアルベルトにとっては大事件だった。

 咄嗟に彼女の名前を呼び手をとると冷たい布巾で冷やす。リリアージュが火傷なんかしたらもう一生紅茶など飲まんとアルベルトは心の中で豪語する。

 駆けつけた侍女が彼女を介抱している間、落ち着きなく心配そうに覗くアルベルトに侍女が半ば呆れた眼差しを向けた。

 居た堪れない気持ちになったアルベルトだったがリリアージュの手にあるネックレスに気が付いてひょいと摘む。ネックレスは紅茶まみれになっていて、それが何だか虚しくてアルベルトは雫を丁寧に拭き取った。

 その様子をリリアージュが悲しそうな表情で見つめていたことなど知る由もなかった。


◇◇◇


 リリアージュの火傷は軽いものだったようで痕も残っていないとのことだった。

 アルベルトはホッと胸を撫で下ろしたが、あれ以来王宮主催の夜会の警護や準備で忙しく、結局リリアージュとまともな会話ができていなかった。

 せめてドレスだけでも贈ろうとかねてから手配していたドレスを執事へ渡すと、何とも言えない微妙な笑顔で頷かれた。 


 夜会当日アルベルトは早番だったため会場でリリアージュと待ち合わせをした。

 儀礼用の制服は飾りが多く動きづらかったが、着替えに戻る暇はないため朝からこの服で通した。途中何度か王宮の侍女や令嬢達に熱視線を送られたがいつもの無表情で完全にスルーしていた。

 アルベルトの頭の中にはリリアージュのことしかなかった。


 馬車が到着する度に殺気だってそちらを見ては肩を落とすアルベルトだったが、漸くセスティン侯爵家の紋章が入った馬車を見つけ駆け寄ってゆく。

 馬車の扉を開けるのももどかしく中を窺うと、そこには独占欲丸出しのドレスを着た可憐なリリアージュが瞳を瞬かせていた。

 リリアージュはアルベルトの瞳の色である鮮やかな赤色のドレスを纏い、蜂蜜色の髪は高く結い上げられ、すっきりとした首元にはあのロードライトガーネットのネックレスを装着している。

 その姿にアルベルトは完全に舞い上がりフワフワとした気持ちでリリアージュをエスコートしていった。そう、彼は浮かれすぎて一言もリリアージュを誉める言葉を口にしなかったのである。


 アルベルトがフワフワした気持ちのまま一通り挨拶を終えると王族の入場を知らせるファンファーレが鳴り響く。

 ファーストダンスを踊り少し息が上がったように見えるリリアージュに飲み物を持ってこようとしたが拒否されて漸くアルベルトは現実に戻ってきた。


 エスコートのために繋いだ手はまだそのままだったので少しだけ安堵して、アルベルトが何かリリアージュが楽しくなるものはないかと壁際で視線を彷徨わせていると厄介な奴らと目が合ってしまった。騎士団の同僚だ。日頃から紅蓮の静謐とか言われてるアルベルトの嫁を見たいと騒いでいたし、結婚式へ来た王太子がリリアージュが可愛いとしきりに褒めていたから興味があったのだろう。

 王太子の元へ挨拶へ行こうと誘う彼らは、明らかにそれをダシにリリアージュを見に来ていた。リリアージュが減るからやめてほしい、ついでに王太子なんぞ今朝も会ったから挨拶など不要だとアルベルトは考え、つい険しい表情になってしまう。

 だがそんなアルベルトにリリアージュは寂しそうに微笑むと、せっかく繋いでいた手をそっと外した。


「私もお友達へ挨拶をして参りますからアルベルト様も行ってらしてください」


 リリアージュの言葉と表情にアルベルトは逡巡する。

 何故、彼女がこんなにも寂しそうな顔をするのかわからないアルベルトに同僚たちが捲し立てる。


「そうそう!奥様だってそう言ってるんだから一緒に行こうって!」

「アルベルトお前、付き合い悪いぞ!」

「王女殿下だってお前のことがお気に入りなんだし、隣国へ嫁ぐ前に挨拶に行くのが筋ってもんだろ?」

「隣国へ行くのはまだ先だ」


 何がお気に入りで、何が筋だ!あいつらは自分を揶揄って遊んでいるだけだ!とアルベルトは心の中で毒づいた。

 そんなアルベルトにリリアージュは益々寂しそうに笑うと同僚たちに一礼して雑踏の中へ消えていった。

 残されたアルベルトの機嫌が最底辺まで急降下したのは当然のことで、同僚たちはそんな彼を宥めながら王太子の元へ連れていったのだった。


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[一言] アルベルト…ダメダメぢゃん!(笑)
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