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幸せ絶頂か~ら~の~

アルベルト視点の話です。

カッコいいアルベルトはいません。彼に過度な幻想を抱いている方(いるのでしょうか…?)はスルーしてください。

 アルベルトは自分の屋敷の廊下を可能な限りの早足で歩いていた。

 披露宴の後も中々帰らない王太子たちの相手をしていたら、時刻は既に深夜を回ってしまっていた。

 先に部屋へ戻らせたリリアージュを随分と待たせてしまったと焦って寝室へ向かおうとした所で執事に呼び止められる。

 「邪魔するな」とばかりに学校の後輩たちが震えあがる紅蓮の瞳で睨みつけたが、小さい頃からアルベルトに仕える執事は平然とした顔だった。


「ガツガツした殿方は嫌われますよ?まずは湯浴みをして身ぎれいにした方がよろしいかと存じます」

「ぐっ……」


 クイッと眼鏡を上げた執事がしたり顔でアルベルトを見る。

 憎たらしいが確かに正論だった。1日着ていた服は汗臭いし、髪も何だか酒臭いような気がする。

 アルベルトは一刻でも早くリリアージュに会いたかったが、ここは素直に執事の言うことに従うことにして一旦自室へ戻った。

 汗を流し夜着に着替えて2人の寝室へ向かう。アルベルトは表情こそいつも通りの無表情を装っていたが内心ではスキップしたい程浮かれていた。

 幼い頃から好きだったリリアージュとやっと一緒になれたのだ。浮かれない男がいるだろうか。この日を指折り数えて待っていたアルベルトは寝室へ歩きながら過去を回想する。


 リリアージュに会うことも手紙も書けなかった卒業までの半年は地獄だった。

 それというのもあのクソ王太子との合同卒業研究にとんでもない面倒臭い題材を選んでしまったことが原因だった。

 どうせなら箔がつくようになんて軽い気持ちで選んだあの時の自分をぶん殴りたいと何度思ったか。

 連日連夜の徹夜でリリアージュに会いに行くことも手紙を書く暇もなかった。更に卒業後に所属する王宮騎士団から未来の団員に稽古をつけるとかの名目で週1回王城の騎士兵舎へ通わされ貴重な休日は悉く潰された。

 この時のアルベルトはリリアージュ不足で廃人寸前だった。

 挙句に追い打ちをかけるように彼女に縁談の話がきていることを父親に聞かされた。

 相手は由緒ある侯爵家や裕福な伯爵家など多数で、アルベルトはかなり焦った。

 幸いなことに彼女の父であるマーシャル伯爵がアルベルトとの婚約を重んじて断ってくれたようだが、油断はできないと父を説得してこうして卒業してすぐに結婚式を挙げてもらったのである。


 無表情だの何を考えてるのか解らないだの言われるアルベルトとは違って、くるくると表情が変わるリリアージュはとにかく可愛いかった。

 蜂蜜色の髪はふわふわでずっと触っていたくなるような手触りの良さだし、宵闇色の瞳は吸い込まれそうに深く澄んでいて綺麗だった。

 貴族令嬢として外では感情を表に出したりはしなかったがアルベルトの前ではリリアージュは素直に感情を見せてくれた。悲しい時はすぐに涙を流し、嬉しい時は全身で嬉しさを表現し、怒った時に少しだけむくれる仕草はヘビー級に可愛いし、楽しい時に笑う顔はまるで天使だとアルベルトは思っていた。

 それなのに当の本人は髪色も瞳の色もありきたりだと思っているらしく自分の魅力に全く気が付いていなかった。


 今日の結婚式だってベールを上げた彼女を見たとき、このまま人目に触れない所へ監禁してしまおうかと思った程美しかった。そんなことをしてはいけないのは解っているので理性を総動員して留めたが、その後の披露宴の時もたまに目が合うと恥じらうように頬を赤くする彼女の天使っぷりにアルベルトの脳内は爆発寸前だった。

 無表情を装っていたがアルベルトの気持ちを知っている王太子がいつまでも帰らなかったのはたぶん嫌がらせだろう。

 そういえば王太子は自分の2つ下の妹をアルベルトへ勧めてきた時期があったが、アルベルトも王女も全くその気にならなかったのが未だに面白くなかったのかもしれない。

 確かに王女が隣国の王子と結婚したのでは、妹を溺愛している王太子は頻繁に会うことができなくなって寂しいのは理解出来る。だが王女が隣国の王子に一目ぼれして国王に懇願(脅)し婚約までこぎつけたのを王太子だって承知しているのだから無駄なあがきはやめてもらいたいとアルベルトは溜息を吐いた。

 そもそもあの我儘王女と結婚など有り得ないし向こうだってご免だろう。そう考えアルベルトが溜息を吐いたところで寝室の扉の前へ辿りついた。


 緊張に震えそうになる手を叱咤して寝室のドアをノックする。

 ……返事がない……。

 気を取り直してもう一度ノックするが、やはり返事がない。


(……もしかして待ちきれずに寝てしまったのか?……クソ!王太子め!もっと早く無理やりにでも帰しておくべきだった。後で屍にしてやる)


 そう考えたアルベルトはドアノブを破壊する勢いで握りしめてしまい慌てて手を離す。


(破壊してしまったらリジーが閉じ込められてしまうではないか!…でもいっそ閉じ込めてしまうか⁉︎…いやいやいや!それ犯罪だから!そんなことしたらリジーが悲しむからダメだ!)


 寝室の前で百面相をしているアルベルトを少し離れた所から執事が生ぬるい目で見ているのに気が付いて表情を引き締める。

 別に夫婦の寝室に夫である自分が許可なく入室したところで罰せられたりはしない。彼女が寝てしまっていたら初夜は明日以降にお預けだが楽しみが少し先になっただけだと思えばいい。アルベルトはとにかく早くリリアージュの顔が見たかった。

 アルベルトは少し居住まいを正してからゆっくりと寝室の扉を開け中へ入った。


 目的の人物はすぐに見つかった。

 天蓋付きのベッドの端で上半身だけ横たわっている蜂蜜色の髪。

 待ちくたびれて座りながら寝てしまったのが見て取れる寝方に思わず苦笑が漏れる。

 少し残念な気もしたが起こすのは可哀想なので風邪をひかないように彼女の腰と膝裏に手を入れ横抱きにしてベッドの中央へ運ぶ。

 抱えるとふわっとリリアージュの香りが広がって理性が焼き切れそうだったが、歴代の宰相の名前を順番に唱えることで何とか堪える。

 王ならともかく宰相の名前なんて覚えても歴史のテスト以外に何の役に立つのかと思っていたが意外な所で役立ってくれた。世の中に無駄なことってないんだなとアルベルトは考えながら宰相の名前を呪文のように唱える。

 無事にリリアージュをベッドへ横たえると、少しだけ触れたくてそっと彼女の頬に手を伸ばした。そこでリリアージュの目元が濡れていることに気が付く。


「泣いている……?」


 リリアージュの顔を凝視すれば彼女の頬にうっすらと涙の痕が見て取れた。

 アルベルトは慄然とした。

 頭がグワングワンする。

 結婚式の後に花嫁が泣くなんて考えられることは1つしかないと青くなる。


「もしかしてリジーは俺と結婚するのが本当は嫌だったのか?」


 ポツリと口に出してしまうとそうとしか考えられなくなって、アルベルトは呆然としたまま寝室を後にした。


◇◇◇


 翌日、早朝から騎士団へ呼び出されたアルベルトはすこぶる機嫌が悪かった。

 普通結婚式翌日の新郎がこんな時間に起きられるわけないだろうに何を考えてやがると悪態をつきながら登城する。

 悲しいことにアルベルトは体力的には何ら問題はなかったが精神的ダメージで一睡も出来ていなかったため寝不足には変わりない。

 しかも呼び出された要件は明日から1週間の出張命令だった。

 怒りにギリギリと歯を軋ませるアルベルトに命令を告げにきた先輩は真っ青な顔で目を逸らす。


(あの性悪王女、俺が一足先に結婚したからって嫌がらせしてきやがった。職権乱用もいい所だ!くそっ‼︎兄妹揃って俺をいいように振り回しやがって!)


 そそくさと立ち去る先輩を見送ってアルベルトは憤慨しながら出張に向けた準備をしたが、漸く帰宅できたのは深夜近くになってからだった。


 アルベルトが家に戻り執事と話しているとリリアージュが出迎えにきてくれた。

 そのことを嬉しく思いながらもリリアージュがこんな遅い時間まで起きていては体調を崩すと心配して、アルベルトはつい責める口調になってしまっていた。


「リリアージュ、まだ起きていたのか⁉︎」


 アルベルトの言葉にリリアージュは一瞬肩を震わせたが、すぐに笑みを貼りつけた。

 その笑顔はアルベルトの知っている心からの笑みではなくて、彼女が外で見せる作りものの笑顔だった。そのことに気が付いたアルベルトは頭を殴られたような衝撃を受けた。

 無表情な顔を作り口は明日からの予定を話し出すアルベルトだったが、脳内では「何故?」が渦巻いていた。

 だからリリアージュと話がしたかったのだが既に時刻は深夜を指そうとしている。

 昨日の涙の意味も問いたかったがそうすると勝手に部屋へ入ったのがバレてしまうわけで気まずい。

 迷った挙句アルベルトはリリアージュと話すことを先延ばしにした。


 問い質してリリアージュに結婚は嫌だったと言われたらアルベルトは立ち直れない。挙句に他に好きな男がいるとか言われたら間違いなくそいつを殺すだろう。そうなればもうリリアージュと一緒にいることが出来なくなる。アルベルトは問題を先送りにすることで少しだけホッとしていた。

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[気になる点] 一部で名前がレオナルドになってます
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