すったもんだありまして
リリアージュ視点はこの回でお終いです。
「リリアージュ、姿が見えないから心配した」
そう言いながらツカツカとリリアージュの方へ歩を進めアルベルトが手を伸ばすとその手はフェルナンによって払われ制止させられた。
「アルベルト。これは一体どういうことだ? 妹は、リリアは何故泣いている?」
フェルナンに問われアルベルトは苦虫を噛み潰したような表情をしたが、意を決したように低い声で呟いた。
「リリアージュ、君が私との結婚を嫌がっていたことは知っている。それでも私は君を手放したくない」
アルベルトの言葉にリリアージュはフェルナンの腕の中で瞳を瞬かせ、顔をあげる。
「え?」
「好きなんだ。リリアージュ! 君を狂おしいほど愛している!」
「そんな……嘘……ですよね? だってそんなこと……」
「嘘じゃない‼︎ 君が他の奴を好きだと言っても俺は君のことを諦めない‼︎ 絶対に逃がさ……」
「私も好きです!」
思いの丈を吐き出したアルベルトの物騒な言葉は、リリアージュの叫ぶような告白に遮られた。
しかし勢いがついたアルベルトの言葉は止まらない。
「ないからなって……今、何て?」
「ですから私もアルベルト様が好きです」
「だが君はあの日泣いていて……本当に、俺のことを?」
「はい、好きです。アルベルト様こそ本当に私を?」
「好きだ。大好きだ!」
「アルベルト様」
「リリアージュ」
フェルナンの腕の中からリリアージュが手を伸ばしアルベルトが引き寄せる。
抱き合う2人にフェルナンが死んだ魚のような瞳と呆れた声で呟いた。
「お前ら、迷惑だからもう帰れ……」
◇◇◇
揺れる馬車の中、アルベルトはリリアージュを膝に抱いて座っていた。
これまで触れ合えなかった時間を埋めるようにリリアージュの腰を抱いて頬や額にキスをするアルベルトに、リリアージュは羞恥で顔から火が出そうになるのを懸命に堪えていた。
その初心な仕草さえアルベルトは嬉しいらしく、紅蓮の静謐の異名はどこへやらすっかり緩み切った表情で溜息まじりに呟いた。
「リジーが可愛い……」
「え⁉︎」
「あっ‼︎」
アルベルトは慌てて自分の口を押さえたが、リリアージュは泣きそうになって俯いた。
「……酷いです。やっぱり私のことなんて……」
「待て待て待て待て‼︎ どうして泣きそうな顔になる⁉︎」
「だってリジーって……やっぱりアルベルト様は王女様のことがお好きだったんですね……」
「はぁ⁉︎ 何故ここで王女が出てくる?」
「私のことをリジーと呼び間違えてしまうくらい王女様のことがお好きなのでしょう?」
「は⁉︎」
「このネックレスだって王女様が忘れられなくて買ったものですものね」
リリアージュが握り締めていた掌をそっと開くとチェーン部分がちぎれたロードライトガーネットのネックレスが現れた。
「引きちぎってしまってごめんなさい。私では貴方のリジーになれなくてごめんなさい」
リリアージュの言葉にアルベルトは目を見開く。
「リリアージュ、色々と誤解があるようだから、はっきり言っておく。俺は王女など好きではない! あのクソ……ワガマ……自由奔放な王女を好きになることなど断じてない!」
アルベルトの言葉に今度はリリアージュが目を見開いた。
「では何故、私に王女様とアルベルト様の瞳の色をしたこの宝石を贈ったのです? 王女様と愛し合った証を私に着けさせ身代わりにしようとしたのではないのですか?」
「どうしてそんな発想が出てくる⁉︎」
素っ頓狂な声をあげアルベルトは天を仰いだ。
アルベルトはリリアージュに結婚した相手に他の女と愛し合った証を贈りつけるような酷い男だと思われていたことがショックだった。
ショック過ぎて気を失いそうな位だったが、ここで彼女の誤解を解いておかなければこの先ずっと後悔することになると思い、リリアージュの宵闇色の瞳を真っすぐに見つめた。
「そのネックレスは宵闇を俺の色で包み込みたくて、君とずっと一緒にいたいと思って買ったんだ。この色は王女の色じゃない。深い濃い青紫と鮮やかな赤。リリアージュの綺麗な瞳と俺の瞳が混じり合った色だ」
彼女の掌の上にあるロードライトガーネットの宝石へ目を落とし、アルベルトはそっとリリアージュの首筋を撫でる。
「少し痕がある。痛かっただろう? すまない」
「いいえ……私の方こそせっかく頂いたのに壊してしまって申し訳ありません」
宝石のことは誤解だったことがわかり涙目で謝罪をするリリアージュの瞼に口づけて、アルベルトは少しバツが悪そうに呟いた。
「リジーは俺が勝手につけた君の愛称だ」
「へ?」
「リリアージュのことを俺だけが特別に呼ぶ愛称がほしかった。だから心の中で勝手に呼んでいたのだが両思いになれたことに浮かれて思わず言ってしまった。俺の好きな人はリジー、君だけだ」
アルベルトの告白にリリアージュは嬉しい反面どっと身体から力が抜けるのを感じる。腰はしっかりとアルベルトが支えてくれているのでずり落ちる心配はないが、気分的にはどこでもいいから突っ伏したい気持ちだった。
「そう……だったんですね。私はてっきり王女様のことだと思っていました」
「だから何故、王女が出てくる?」
「リジーはエリザベスの愛称ですから」
「なんだと……⁉︎」
「ご存じなかったのですか?」
「知らなかった。普通エリザベスだったらリズとかベッツィだろう?」
「リジーも一般的ですわ」
「そうなのか……それを知っていればリリアージュの愛称を別のものにしたのだが失敗した。あんな我儘性悪クソ王女と同じ愛称にしてしまうとは不覚だった。だがリジーという呼び名に罪はないし俺のリジーは可愛いし俺はどうしたらいいんだ……」
不敬なことを呟きながら心底嫌そうな顔をするアルベルトにリリアージュは微笑んだ。
その笑顔にアルベルトも破顔する。
その晩、3週間遅れで初夜を迎えたリリアージュは寝物語にアルベルトから結婚式後のアレコレを聞かされた。
初夜の晩リリアージュの部屋へ行ったアルベルトは眠る彼女の顔に泣いた跡があることに気が付いて、自分との結婚が嫌だったんだと誤解したこと。それからは仕事が立て込んでリリアージュに問い質す暇がなかったこと。何よりリリアージュに拒絶されるのが怖かったことなど。王女との噂は本当に不本意だし向こうもそう思っている筈だ、と顔を顰めて語るアルベルトにリリアージュは漸く心から安堵し微笑んだ。
その様子を見ていたアルベルトがリリアージュを胸に抱き寄せる。
「やっと手に入れられた。俺だけのリジー、愛してる」
そう言って蜂蜜色の髪を梳るアルベルトに抱かれながらリリアージュは幸せな気持ちでゆっくりと眠りに落ちていった。
次回からアルベルト視点になります。
シリアス皆無です。