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夜会

 王宮で開催される夜会はエリザベス王女と隣国のフランツ王子の正式な婚約を祝う前夜祭のような催しだった。

 王女が国内の貴族に早く発表したいと駄々をこねて開催されたものなのでフランツ王子は出席しない。とはいえ自国の主な貴族は招かれるため警備は厳重にする必要があった。そのため夜会までの2週間、アルベルトの仕事は多忙を極めリリアージュとはほとんど顔を合わせない毎日だった。リリアージュはそのことに寂しさを覚えながらも安堵していた。

 アルベルトの本心を知った今、彼に会うのは辛かった。それでもたまに見かける彼にときめいてしまう自分がいて、苦しさに胸が押し潰されそうだった。


 そして夜会当日、リリアージュのためにアルベルトが用意したのは鮮やかな赤色のドレスだった。蜂蜜色の髪は高く結い上げられ、すっきりとした首元には侍女が迷うことなくあの赤紫のネックレスを装着している。


「こんなものを着けても彼の色を身に纏っても私は王女様の代わりにはなれない。私はリジーにはなれない。私は……」


 支度が終わり姿見の前に立ったリリアージュが美しい輝きを放つネックレスを撫でながらぽつりと呟いた言葉は、自分達が飾り立てた女主人の可憐な美しさに感嘆の声を上げていた侍女達の耳には届かなかった。


◇◇◇


 先に会場入りしていたアルベルトにエスコートされて入場するといくつもの視線が突き刺さる。

 今日の彼の格好は騎士団らしく制服を纏っていたがいつも着ている実戦用の服ではなく儀礼用のもので装飾が煌びやかになっている。

 黒を基調とした制服は赤い髪のアルベルトによく似合っていて、令嬢達の熱い視線が彼に集まり隣を歩く自分には冷笑が浮かべられているような気がした。

 自分は彼に相応しくないのだと言われているような気がしてリリアージュはそっと視線を落とす。隣を歩くアルベルトからも一言も賛辞の言葉がなかったことが余計にリリアージュの心を暗くした。嘘でもいいからアルベルト色のドレスを似合うと言ってほしかった。

 実際には若い男性はリリアージュの可憐な美しさに見惚れて、若い女性は嫉妬の眼差しで見ていたのだが当の本人だけ全く気が付いていなかった。


 アルベルトとともに一通り挨拶を済ませると王族の入場を知らせるファンファーレが鳴り響く。

 国王と王妃に続いて入場した王太子と王女がゆっくりと王族席に腰を下ろすとファーストダンスを促す曲が流れ始めた。

 リリアージュもアルベルトに手を引かれ踊りだす。

 腰に添えられた手や耳にかかる吐息にドキマギしながら1曲を終えると労わるような声を掛けられた。


「疲れた? 何か飲み物を持ってこようか?」

「いえ、大丈夫です」

「……そうか」


 リリアージュの回答が不満なのかアルベルトは視線を落とす。優しい夫の気遣いに甘えることができない自分が情けなくて、リリアージュも視線を落とし無言のまま壁際へ移動する。暫しの沈黙の後、アルベルトが繋いでいた手に力を込めてきた。

 何だろう? と思いリリアージュが顔を上げるとアルベルトの同僚らしき騎士服を着た数人が王太子の元に挨拶へ行こうと声をかけてきた。

 アルベルトがその誘いに一瞬険しい顔をして自分の方を見たことに気が付いたリリアージュは、そっと繋いでいた手を離して微笑んだ。


「私もお友達へ挨拶をして参りますからアルベルト様も行ってらしてください」

「だが……」

「私のことはお気遣いなく」


 リリアージュがそう言うと騎士達が大仰に頷く。


「そうそう! 奥様だってそう言ってるんだから一緒に行こうって!」

「アルベルトお前、付き合い悪いぞ!」

「王女殿下だってお前のことがお気に入りなんだし、隣国へ嫁ぐ前に挨拶に行くのが筋ってもんだろ?」

「隣国へ行くのはまだ先だ」


 無表情を崩さず答えるアルベルトだったがリリアージュは騎士達の1人が何気なく言った言葉に動揺していた。

 王太子へ挨拶に行けば当然すぐ近くにいる王女とも会話があるだろう。アルベルトが先程険しい顔をしたのは王女のことを思い出し、全く似ていない自分に幻滅したからなのかもしれない、とリリアージュは思った。

 アルベルトから離した手は彼の温もりを消すように冷えてゆく。その冷たさが全身に伝い身体が動かなくなる前にリリアージュはゆっくりと頭を下げた。


「皆さま旦那様をよろしくお願いいたしますね」


 顔を上げ精一杯にっこりと微笑んだリリアージュは雑踏の中へ足早に歩み去った。



 人混みに紛れ時折出会う友人達と当たり障りのない会話を交わしたリリアージュは再び壁に凭れていた。無意識なのか意図的なのか王族達の席からかなり離れた場所まで移動していたようだが、会場より数段高くなっている王族席の様子は遠くからでもよくわかった。


 アルベルト達は暫く王太子と話をしていたようだがやがて隣に座っていた王女もその輪に加わったようで王族席は賑やかに盛り上がっていた。

 今日のエリザベス王女は赤紫色のマーメイド型のドレスを纏っていた。片方の耳元に大輪の生花を飾り片側に流したストレートの黒髪は艶めいて、王女の妖艶さを引きたてていた。

 その王女の前にはリリアージュの夫であるアルベルトの後ろ姿が見える。


 彼は今どんな顔で愛しい王女と話しているのだろう。見たくはないのに気になってしまい視線がどうしてもそちらへ行ってしまう。

 アルベルトの背中を見つめていたリリアージュだったが王女が時折チラチラとこちらを見ていることに気が付いた。

 ゴトンッと音を立てて心臓が重くなる。

 含みのあるその視線に、2人の仲を引き裂いた自分という存在が酷く惨めなもののように思えて、リリアージュはくるりと踵を返すと会場を後にした。


 リリアージュはなるべく人が少ない所へ行こうと庭園に面したバルコニーへ出ると小さく溜息を吐いた。

 両手を抱きしめるように握りしめ闇夜に浮かんだ月を眺めていると音もなく涙が零れてきて慌てて瞳を拭う。

 ここは王宮で自分は次期侯爵夫人という立場で出席しているのに無様な姿を晒す訳にはいかない。これ以上アルベルトに幻滅されたくない。でももう彼と一緒にいられる自信がない。他の人に思いを寄せるアルベルトを側で見たくはない。


「私はリジーじゃないもの」


 王女が着ていた赤紫色のドレスが頭を過る。

 胸が締め付けられるように痛みリリアージュはぎゅっと胸元のネックレスを握りしめるとそのままブチンっと引きちぎってしまっていた。

 そこへ少し驚いたような声がかかり振り返る。

 振り返ると兄のフェルナンが眉を寄せて立っていた。


「こんなところでどうしたんだリリア?」

「お兄様……」

「リリア、人妻とはいえこんな所に若い娘が1人でいるのはよくない。アルベルトはどうした?」


 アルベルトという言葉にリリアージュのとまっていた涙が溢れ出す。妹が泣いていることに気づいたフェルナンは目を瞠る。


「リリア?」

「……私……、私、うちに帰りたい……」


 兄に心配をかけるのは本意ではなかったが、このまま愛されない妻でいるのは耐えられそうになかった。リリアージュは嗚咽とともに兄の胸に縋りつくように顔を寄せた。そこへ冷たい怒声が響き渡る。


「それはダメだ‼︎」


 驚いたリリアージュが振り返ると、アルベルトが盛大に眉間に皺を寄せてバルコニーの入り口に仁王立ちしていた。

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