第二話
川べりの桜は完全に葉桜と化していた。
麗らかな日であると同時に学生からすれば新学期の始まりと共にたるみが出てくる時期だった。
相木京子もその一人だった。自室のベッドの上で寝返りを打つ。数メートル頭上の天窓からは五月の陽光が差し込み、容赦なく網膜を刺激した。
GWの中頃、帰省もしない、外出の予定もない。退屈の極みだった。
「ちょっと出かけてくるからね」母の純子の声が聞こえた。
適当に返事をするとドアの開閉音、しばらくしてガレージの開閉音、VOLVOのエンジン音が遠ざかっていった。
―――コンビニでも行こうかな
純子は変に育ちの良さからコンビニや一般のスーパーでの買い食いにあまりいい顔をしない。出かけた今は絶好の機会だ。
外は更に陽光が激しかった。
フードのポケットに手を突っ込みながらぶらぶらと辺りを見回しながら歩く。こんな散歩が京子は好きだった。
普段から行きつけにしているコンビニは住宅街の前を通る大通りに面している。
そこまであと一区画といったところだった。
刈り上げ、というより丸刈りに近い髪形の青年が手元の紙片に目を落としていた。
場所を確認したい、というのは様子から分かった。
声をかけてくるでもない。京子は素通りをきめようとした。
「あの、」
すれ違いざまに声をかけてきた。
眉の太い、がっしりとした体つきの青年は体躯とは裏腹に居心地が悪そうだった。
「あの…」
そういって再び紙片に目を落とした。
何?道でしょ?道を聞きたいんでしょ
青年は紙面と周囲を交互に見回していた。
そのまま一分はたっただろうか。京子の方が痺れを切らした。
「何?道?それとも家?どっち探してんの?」
青年がたじろいだ。
もう、早くしてよ
青年の真一文字に結ばれた口が開いた。
「あの、緑雲荘というアパートを探してるんですが」
知らないよ、そんなの
京子の反応が無いのをみて青年が重ねた。
「二―十三―十、というのはこのあたりじゃないんでしょうか」
京子の家は二―十三―十一だ。すぐ近所ということになる。
しかし、いちいち近所に何があるかということまで覚えてはいないだろう。
「随分、古いアパートだそうなんですが」
「知らないかな」にべもない返事だった。
そうですか、ありがとうございます、と軽く頭を下げると青年は踵を返した。
先ほどよりも哀愁を漂わせた背中だった。
―――少し冷たすぎたかな。ちょうど大通りにたどり着いたところで京子はほんの少し胸が痛んだ。
思えば青年は学生服に身を包んでいた。老けて見えるが同じ高校生なのだろう。それが古いアパートを探している。
何だかドラマみたいじゃない。
軽い憐れみと若さ特有の野次馬根性が沸き上がった京子は振り向いて青年を探した。
が、そこに青年はおらず、陽光に照らされた街路が伸びているだけだった。