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高倉君物語  作者: 金本明
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網走発都会行

高倉君物語


国鉄時代から使われているのではないかと思えるほどの旧式の列車がホームに滑り込んできた。

少し後方に揺り戻し、そして、止まった。

停車のために旗を振っていた齢六十とは思えないほどしわがれた駅員がホームを横切り列車に近づいた。

顔なじみなのだろう運転手もそれに気付き微かに微笑んでいるのが見て取れた。

「サクさん、今年はまだ少ねぇな」

「まだこれからよ、最も俺のガキん頃はこの倍は積もってたけどもな」そう言って懐から潰れたピースを取り出した。

運転手の差し出した百円ライターで火を付けると白い息とともに盛大に吹き出した。

JR網走中央線はホームを含め全線禁煙化されているが、ここには咎める者はいなかった。

「ここももうすぐ廃線がな」運転手が乱杭歯の隙間から白い息を吐き出した

「まだ通知来てねえからまだ駅員稼業続けられるわ。それにほれ、今日は客いるど」

その言葉に運転手は意外な顔つきで振り向いた。

進行方向、つまり終点のこの駅から見て元の線路を逆走する形になるわけだが、その線路に付随するプラットホームの中ほどに人影が二つほどあった。

一人は頭を角刈りにした少年というより青年という言葉の似合う男

もう一人はセーラー服の上からコートを着込んだおさげ髪の少女だ

「…二人もが」

「いや、娘っ子の方は見送りだがら一人だな」

「一人のために120キロだが?やってられんわぁ」

積もった雪が二人の笑いを吸収していった

西網走駅には発車ベルが無い。そのため定刻五分前には駅員が笛で知らせる決まりになっていた。

定位置に向かう駅員を見送りながら、乗客の様子を伺った。

角刈りの方が微かにだが頷いている。三両編成とはいえ距離は7メートル程だ。しかも小声で周囲には雪が積もっている。何を話しているかは分からないが、二人の物理的な距離は親密さを示していた。

半ば少女の方が一方的に喋っているのだろう。青年に比べ白い息の量が格段に多い。

青年のそれは呼吸のためのもので最小限だった。

ふと、青年の右手が上がった。そしておずおずと彼女の肩に触れた。今度は少年が喋っているのだろう、白煙の量が増えた。

笛が鳴った。乗車1分前だ。開閉ボタンを押す

青年が乗り込んだのだろう、姿が見えなくなった。

少女は祈るように胸の前で両手を組んだままだ。

再び笛が鳴った。扉を閉めると同時に車体が動き出した。

滑りだした列車が完全にホームから出る前に窓から安全確認をかねて彼女の最後の姿を見た。

青年は網膜に焼き付けるように景色を凝視していた。見納めなのだろうかと思わせるほどにその目は動かなかった。

青年に若者とは思えぬ程の哀愁を感じた運転手は、ふと先ほどの少女を思い出していた。

ホームの先端まで駆け寄り見えなくなるまで列車を見つめていたあの少女。


泣いていたのかな…


少女の白煙は随分と多いように見えたのだ


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