テレビから出てくる怨霊がいるのなら、入っていく怨霊がいてもおかしくはない
1
通勤に便利な土地に建てられた、築二年の賃貸マンションに空き室ができた。
事故物件であることは、資料に記載されていた。
内見に行く際にも、幸の薄そうな研修中の女性担当者から説明を受けた。
五階にある、日当たりのよい八畳のワンルームで、天井が高く、ベランダからの眺望には心がおどる。
「遠くまで景色がみえると、広々として開放感がありますね」
「……解放感とか、あるわけないじゃないですか」
担当者には全否定されたものの、すっかり気に入ってしまった。
リフォーム業者の体験談や、元担当者の目撃情報や、なんでわたしばっかりといった、愚痴と泣き言とパワハラ体験をまじえた念入りな説明によると、どうやら前の住人である若い女性は、部屋で首つり自殺を果たしたらしい。
気分のいいものではないが、そんな心理的な欠陥など、破格の安さとなった家賃の前では無きに等しかった。
2
引っ越し作業を終えるころには夕刻となり、暗くなりはじめた。
手伝ってくれた三人の後輩たちに、飯のひとつも奢らなければならない。
「先輩……盛り塩ぐらいしません?」
「そうか?」
後輩の提案を受けいれ、皿に山盛りの塩をのせて部屋の中央に置き、四人で近くの居酒屋に向かった。
酒を飲み、うまい飯を食べて、いつでも遊び来いよとか、それは無理ですとか、絶対に嫌ですとか、もう二度と近づきたくありませんとか、冗談なのか本気なのかわからない、酔いが醒めると泣きたくなるような会話をしたあと、解散した。
疲れたので泊めてください、などという後輩は一人もいなかったため、独りで部屋にもどった。外出してから二時間も経過していないと思うが、
「びしょびしょですやん」
山と盛った塩が、水をかけたように濡れていた。
日当たりの良い部屋なのに、これほどの湿気を吸収したと?
不可解ではあったが、すぐに捨てて、新しく塩を盛りなおした。中央に置くと不注意で蹴とばしかねないので、壁際によせて置いた。
シャワーを浴びたのち、疲れもあって、すぐに就寝した。
3
翌朝、ぐっすり眠ったはずなのに、身体がだるくて重かった。
きちんと休みをとってあるので仕事に問題はないが、新しい生活を清々しい気分でスタートできなかったのは残念であると、びしょびしょに濡れていた盛り塩を処分しながら感じていた。
新たな盛り塩をセッティングしてから外出した。
日用品はまるごと持ってきたが、食べるものがない。
喫茶店でモーニングセットを食べたのち、消費量が半端ないことになった塩をふくめて、スーパーで買い出しをおこなった。
「……乾燥剤を買うべきだったか」
部屋にもどり、新しい盛り塩を用意する。
たいしたこともしていないのに、身体が疲れていた。
眠りが浅かったのだろう。
そう判断して、堂々と昼寝をすることにした。
倒れこむようにベッドに寝転がり、仰向けになって天井をながめた。
重たくなる瞼に抗うことをやめて、目を閉じる直前、ゆらりゆらりと揺れているものが、視界の端に見えた気がした。
4
午後6時に目を覚ました。
昼寝のレベルではない睡眠をとったはずだが、疲れがとれていない。
食欲もなかった。
当たり前のように濡れている盛り塩を捨てて、新しいものを置いた。
テレビをつけていろいろと見たが、なんの感動もない。
「……ゲームでもやるか」
ゲーム機本体をテレビに接続して、フローリングの床に腰をおろした。
ネットで購入できる、新しいゲームを探した。
あたりはだいぶ薄暗くなり、テレビ画面だけが眩しく光っていた。
5
水分をとりながら、ゲームを続けていた。
午前0時を過ぎても、食欲は湧いてこなかった。
カーテンを閉めた部屋では、テレビ画面だけが明るく輝いている。それ以外の光源は、ゲーム機本体の小さな光か、カーテンの隙間からもれる淡い光。
なぜ、部屋の明りをつけないのか?
当初の理由は、あまり動きたくなかったから。
明日は仕事だというのに六時間もプレイして、それでもゲームを続けようとするのはなぜなのか?
それは、動きたくても動けないから。
視界の端、ちょうど顔の横あたりに、白い足がちらちら見えるから。ゲーム画面が暗くなったとき、白いワンピース姿の女性が、天井から吊り下がっているのが映りこんでいるから。髪に隠れて顔は見えないが、なんとなくこちらを見おろしているような気がするから。
こうもはっきりと認識してしまうと、死の気配というのか、底知れない闇というのか、暗く冷たい雰囲気がずっしりと体感をもって伝わってくる。
直視するのは危険であると本能が告げていた。
動きたくても動けなかった。
このまま気づかないふりをして、朝陽が昇るまでゲームを続行せねばならない。
この恋愛シュミレーションゲームを。
可愛い女の子とイチャイチャするだけのギャルゲーを。
恨みつらみを重ねて死をえらび、怨霊となったにちがいない女性に見つめられながら、18禁ゲームを続行せねばならない。
6
苦行を継続して、夜中の2時を過ぎたころ、すぐ横に、重たいものが落下した。
なにが落ちてきたのかは、視界の端でとらえていた。
悲鳴をあげなかったのが信じられない事態となっていた。
白いワンピースを身につけたそれは、横たわったまま、手をぶらぶらさせながら、白く細い腕を伸ばして、床に叩きつけた。蒼白いそれは、もだえ、うごめき、這いつくばって動きはじめる。
悲鳴を飲みこんだまま、じっと動かずに、直視しないように注意をむける。
それは力の入らない手足を動かし、首にロープを巻き付けたまま、長い髪を乱すままに、身体をひきずり、這い寄っていた。
住人を無視して、テレビのほうへ。
プレイヤーを無視して、ゲーム画面に向かって。
這いつくばり、腕を伸ばし、テレビにしがみつき、そして、にゅるり、と画面に入りこんでいった。
「…………えぇ……」
蒼白いそれが消えて、画面が一瞬乱れたのち、ゲーム画面のなかにそれはいた。
前髪で顔がみえない主人公キャラの背後に、同じようにして顔の見えないワンピース姿の女性がいた。
背後から手をまわして、主人公の男の子に憑りついていた。
7
前の住人がいかなる理由で自殺を選んだのかは不明であり、どういった理由でゲームの主人公に憑りついたのかは知りたくもない。しかし、今後の生活のためにも、彼女の怨念を少しでも晴らして、できれば成仏してもらうべきだ。
そして、その鍵はゲームのなかにあるはず。
とりあえず普通にゲームを進めたわけだが、どうやら彼女は、主人公の男の子が、他の女の子とイチャイチャするのが許せないらしい。選択を間違えると、あるはずのないホラー要素があらわれた。悲鳴とともに女の子の首がねじきれて画面が赤黒く染まるとか、ほんとやめてほしい。
いったいどうやって映像と音声を変質させているのだろう?
ふかく考えないようにして、彼女の望みを叶えるためにゲームを再開した。
しかし、午前4時になっても、新たな苦行はつづいていた。
このゆるいギャルゲーは、なにをどうしても自然と女の子キャラの好感度が上がってしまう。しかもリセットをくり返すたびに、病んでる彼女の嫉妬ゲージが高まっているらしい。メインヒロインと朝の挨拶をかわしただけでバッドエンドをむかえた。ゲームをスタートしてから五分もたたずに、絶望を知った女の子の悲鳴が流れ、画面が赤黒く染まってしまった。
「……これはもう、ギャルゲーではない」
約十時間も同じゲームをくり返してきた。
おそらく、慣れ過ぎて見落としている何かがあるのだ。
再度ゲームをリセットして、オープニングムービーを確認した。ここでもしっかり憑りついており、可愛いヒロインたちが登場するさなか、いきなり画面が赤黒く染まるという事態を目撃した。
気を取りなおし、再度リセットして、ゲームをはじめる。
物語は、主人公の男の子が、自分の部屋から出かける場面ではじまる。
何度も確認したとおり、最初から憑りついている。
ここからだ。
ここでなにか見落としはないか、確認をはじめる。
「……マジか」
割とあっさり発見した。
この場面にはなかったはずの、頭をなでるという選択肢が追加されている。
誰に? と悩む必要はなかった。
選択した。
主人公の男の子が、憑りついた彼女の頭をなでた、らしい。
その表現は映像にない。
が、憑りついている彼女が少し動いた気がする。
もう一度、頭をなでる、を選択した。
やはり、彼女が少し動いた。
「……もしかして、ギャルゲーなのか? 想像以上にギャルゲーなのか?」
再度、頭をなでる、を選択した。
くり返し選択した。
続けるうちに、彼女が動いた。
背後にいた彼女が、主人公の正面に立っている。
お互いに髪で顔がみえないが、見つめあうスタイルで立っている。
ふたたび頭をなでるを選択しようとしたが、ない。
そのかわり、キス、が選択肢に追加されていた。
「……さすがに、ひどくない?」
展開が早すぎる。
しかし、キスを選ばないという手はない。
選択した。
それはもう、何度も何度もキスを選択した。
すると場面が変わり、主人公と彼女が、ベッドに腰かけていた。
「……18禁ゲームだけれども、あんた、濡れ場とかどうするの?」
返答はないので、ふたたびキスを選択する。
選択肢にキスが消えて、服を脱がせるが登場した。
もちろん、彼女の意思を尊重して、服を脱がせるを選択した。
「あっ」
画面が暗くなり、なにも映らなくなった。
衣擦れらしき音が聞こえる。
ベッドに倒れこむ音も。
どうやらゲームは続いているらしい。
「……どうしろと?」
しばらく待ったが、画面に変化はない。
ベッドのきしむ音や、息づかい、押し殺した声が伝わるばかり。
これはなにかのバグだろう。
きっとそうにちがいない。
信念をもってリセットを試みたところ、指にバチッと電流をながされた。
「……楽しみを邪魔するな、と?」
返答はなかったが、わずかに嬌声が聞こえた気がしたので、音量をオフにした。
立ちあがり、トイレに向かった。
部屋に明りをつけて、凝り固まった身体をほぐした。
ほぼ塩水になっていた盛り塩を処分して、新たな盛り塩を設置した。
「少しでも眠っとこう」
明日の仕事のために、明りを消してベッドに寝転がった。
8
「おお、先輩、無事だったんですね」
「おれは先輩ほど鈍感な人なら大丈夫だって信じていましたよ」
「ちょっと疲れてるみたいですけど、まあ、問題ないっすね」
心温まる挨拶を投げかけてくる後輩たちには、ギャルゲーのせいで睡眠不足だと伝えた。
「あの部屋には、なんの問題もないよ」
朝目覚めたとき、ゲームは元にもどっていた。
部屋に重たい気配はなく、盛り塩も、湿り気を帯びてはいなかった。
だから、嘘ではない。
おそらく彼女はいなくなった。
あの部屋から問題がなくなったのは確かだとおもわれる。
しかし、心残りがまったくないといえば、嘘になる。
ハッピーエンドのホラ-作品など存在するだろうか? うまく逃げられたとしても、化け物はだいたい不死身であり、存在は消えない。怨念も同じだ。強い怨念は伝染する。伝わり、広がり、侵食するものであり、きれいさっぱり消え去った、平穏無事に解決した、などという結末はきかない。
「……彼女は成仏したのか、それとも……」
どこかの乙女系恋愛ゲームに憑りつき、逆ハーレムを狙っているのだろうか。




