5話
まだ日は高いが、部屋で休むことにした。次々と浮かんでくる悩みに気を揉むのに疲れた。
侍女を伴って部屋に戻ろうとすると、廊下でお姉様に行き合った。
「エミー?最近忙しいと聞いているけれど、大丈夫?」
結い上げたブルネットが美しい。社交界で名を馳せる大輪の花、そして我が国きっての変わり者令嬢であるマドライン・エヴァンズ。私の自慢の姉様。今日も優しい。
「ロカマーナとの関係が気になっているなら、安心していいのよ。トリンケンタインとの新しい条約がもうすぐ発効するから、軍事的衝突の危険はしばらくないわ。経済的にも今は大した懸念がないし、今年は冷夏になりそうだから我が国の貿易黒字ね。」
出会い頭にいきなり国際情勢について語り出す貴婦人といえば、少なくともこの国では愛すべき姉様しかいないだろう。
可憐で嫋やかな見た目とは裏腹に、学問好きと政治好きで知られている奇特なひと。あまり歳は離れていないが、いつも私を子供のように可愛がってくれる。おそらく知性溢れる彼女からすれば私なんて、まだ幼子にすぎないのだろう。
「姉様。お変わりないようで、何よりです。」
「ああ、ごめんね、こんな話をしたかったわけではないのよ。つまり、少しくらい楽しい観光にいらしたご令嬢がいたところで、貴女の立場には何も関わりがないし余計な遠慮はしなくていい、って言いたかったのよ。私、どうしてもっと早く貴女に忠告しなかったかしら。」
たまに、少し喋りすぎてはいないだろうか、と思うこともあるが、姉様の言葉は全て純粋な善意から生み出されている。
「ありがとうございます。姉様に気にかけていただけるだけで嬉しいです。」
よく、言葉が足りないと評される私とは正反対かもしれない。尊敬しているが故に、実の姉なのに堅い接し方しかできない。
しかし、妹の足りないところもわかってくださるのが凄いところだ。姉様は、私を安心させるようにふわりと微笑んだ。
「もちろん、可愛い妹のことですもの。貴女が心配をしなくてもすむように、わたしの力を尽くすわ。」
私も、姉様を安心させたくて微笑んだ。両親とはあまり会話をしないで育ったけれど、姉様がいれば私は大丈夫。幼い頃からずっとそうだった。
「そうだ、エミー、アルシオン伯から夜会の招待が来たわ。来月なのだけれど、貴女も参加しない?」
「喜んで。姉様とご一緒できるなんて嬉しいです。」
アルシオン伯は我が家とも親戚関係にある高位貴族の一員だ。規模は大きいが、デビュー直後からよく参加している夜会だから安心感があった。
「2人で伺うと返事をするから、準備をしておいてね。」
「ええ、楽しみにしております。」
姉様は多くの信奉者を抱える社交界の花、私はあまり男性との会話もできない王太子殿下の婚約者とあって、なかなか2人で同じ夜会には参加していない。
姉様と揃いのドレスでも誂えようかと夢想しながら、気分良く部屋に戻った。




