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【日陰の化身】  作者: タイセー
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プロローグ

新人です。よろしくお願いします。

【プロローグ】


キーンコーンカーンコーン。

「きりーつ、きおつけー、れーい。」

やる気のない日直の号令で、帰りのHRは締めくくられた。


また、今日が終わる。

繰り返される日々、今日も、そんな日の一つ。

すぐに服を着替え、校庭へ駆け出していく運動部。

昼に飛び出ていったきり、帰ってこないヤンキーの机。

恋バナに花を咲かせ、周りを気にせず騒ぎ合う女子グループ。

そそくさと荷物をまとめ、タバコを吸いに行こうと教室を出る担任。

その担任を呼び止め、今日のクラスの状況を事細かに説明するガリ勉。

みんな、みんな、昨日と同じ。

変わらない毎日に飢えているのは、俺だけだろうか。


そういう俺も、変わることはない。

時計の針が16時半を指すまでには教室を抜け出し、階段を駆け下りる。

階段そばに職員室があるのでそこだけは徐行する。

何人もの先輩たちが職員室に長蛇の列を作っている。

来年は俺もあそこに並んでいるのかと思うとぞっとしてしまう。

つい先日の三者面談では地元のそこそこな国立大学を進められた。

首都圏に繰り出す頭の良さも元気もない俺はついつい頷いてしまったのだった。

なんという意志の弱い男のことか、自分でも情けない。


名前負け、という言葉がある。

まずうちの苗字を見てほしい。

『陽当』

これで『ひあたり』と読む。なんとも陽キャな苗字なことか。

せめて漢字は『日当』であってほしかった。

お給料みたいで、つつましさをかもしだせたのに。

そして肝心の名前である。

『善男』

言わずもがな、『よしお』と読む。少し古臭いけれど、普通の名前だ。

名前だけならね。

『陽当 善男』

『ひあたり よしお』

もはやギャグでしかない。

なぜおれの両親は、苗字の異質さを考えなかったのだろうか。

まるでヒマワリを擬人化したような名前に僕はなってしまった。

せめて『良男』ならまだしも、『善男』としたところがたちが悪い。

善行を重ねる男になってほしい、そんな願いなんてもうどうでもいい。

いっそのこと、ネタに走ってしまったと言ってくれたほうが救われた。


職員室を通り過ぎ、靴箱にたどり着いた。

靴を取り出し、ポンっと地面に放り投げる。

高校生になって初めて買った革靴の底はすり減ってしまっている。

砂ボコリはまるで勲章のようだ。


俺の通う高校は、校門までに必ず校庭の脇を通らないといけない。

生き生きとした声で練習に臨む人もいる。

けだるそうな声をだしながら校庭をぐるぐると走っている人もいる。

おつかれさまです、と心の中で同情気味につぶやいて、校庭脇を通り抜けようとした。

「ヨッシー!」

校庭とは反対側から、俺を呼ぶ声がした。

声の主はわかっている、幼馴染のキョウタロウだ。

「やー、キョウちゃん。」


『袴田 強太郎』

1年生のときからバスケ部のレギュラーで、とてもストイックで誠実だ。

名が体を成すとは本当にこのことだろう。

強くあり続ける男、の業を背負いつつけるなんてことは俺にはできそうにない。


「休憩中か?」

「うん。ヨッシーが見えたもんでね。」

「なんだよ、集中しろよ。大会前なんだろ?」

「いやいや、みんな頑張りすぎなんだって。」

そういって歯を見せてニカッと笑った。

なんというさわやかな笑顔だろうか、これで正レギュラーだからかっこいい。

愚痴も言う人で変わってしまうものだ。

袴田せんぱい!という声が聞こえ、キョウちゃんはバスケ部のなかに戻っていった。


そして、現実に戻る。

キョウちゃんのせいで錯覚していた。

キョウちゃんと一緒にいたら、自分もそうだと思っていた。

思い出した。

自分は、”あっち側”の人間ではないことを。

受験生の教室から、男女の甘酸っぱいやり取りが聞こえる。

隣の体育館から、爽やかなバスケ部のエースの声が聞こえる。

校庭の少し遠くの方から、野球部の熱くてけたたましい声が聞こえる。

サッカー部のエースが、かわいいマネージャーと楽しく会話している声が聞こえる。

まるで住む世界が違うかのように、俺はそそくさと校門から離れていく。

学校という世界の主役たちの声を、いつまでも耳に残しながら。


あぁ、今日もまた——                          

——変わらないと思っていた。


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