仲良し吸血鬼姉妹の中で私がたぎっている
「ミューちゃん、朝だよー!」
私の流れが早くなるのを感じる。
私は血液だ。ミュー様の体内を流れる血液……だがそんじょそこらの一般ブラッドと一緒にされても困る。私は吸血鬼の血液であり、スペシャルな存在なのだ。
その血液である私が保証しよう――ミュー様は起きていた。
姉であるリル様に起こされるまでもなく、起きていたのだ。
ミュー様は起きていながら、リル様に起こされるのを待っていた。
そうしてリル様のかわいらしいお声を聞いたとたん、私を――すなわち血液の流れを早めたのである。
これはうれしさからくる興奮による血流の促進だった。
ミュー様とリル様は姉妹であらせられる。
古城に住まう吸血鬼の姉妹……そして私はその高貴な血液……血液でありながら思考をたしなむ私は、ミュー様がリル様のお声を聞き私の流れを早めさせた理由がわかる。
ミュー様はリル様のことが好きなのだ。
ああ、なんとおかわいらしいリル様か! リル様は姉であり、その年齢は二百歳にものぼる。けれどその体躯はまるで幼い少女のようであり、お声もまた、とろけるように甘い。
対するリル様はミュー様と五歳差の妹であらせられるが、少々、体が大きい。
血液である私にとって体の大きさはすみかの大きさだ。
もちろんすみかは大きいほうがいい……しかしミュー様は『体の大きさ』――背の高さ、スタイルのよさ――を指摘されると、血流を速めてしまう。すなわちストレス。ようするにコンプレックス。小さいほうが好きなお方なのだ。
その点リル様はまさしくミュー様の理想を体現したようなおかたで、このリル様に接すると、ミュー様は血流を速め、体温を一度ほど上昇させる……すなわち好意であり、あこがれだった。
血流が早まるのはいいことだ。私はもっといっぱいミュー様の体内を循環したいのだから……
「ミューちゃん、ほら、起きて、起きて! 吸血鬼だからって夜に活動する時代は終わったのです! お姉ちゃんは『とれんど』にくわしいんだから!」
「ん……もうちょっと……」
嘘だ。
本当は、もう、ミュー様は眠気を感じていない――私は血液だからわかる。私は流れている。それはすでに覚醒状態と言えるほど早い血流であり、ミュー様は今全力で走れと言われればなんなくこなすだろう。
だがミュー様は、リル様に起こされると、必ずこうやって一回、ぐずる。
それが乙女らしいいじらしいわがままだと、ミュー様の体内を流れる私は知っている……
「もー、ミューちゃんはいつまでもお寝坊さんなんだから! お寝坊さんは、こうだぞー」
リル様がこちょこちょとミュー様の全身をくすぐる。
私は私の流れがどんどん速くなっていることで、ミュー様の興奮を知る――そう、興奮だ。ミュー様は、リル様の小さなおててに全身をまさぐられ、おなかに冷たく柔らかい指がはうたびに、興奮を高めていくのである。
興奮はいい。血行がよくなる……私はミュー様の中を流れながら思った。血流がよい。すなわち健康だ。私はミュー様の体の中を走り続ける。ミュー様の健康のために……
それを実現するのは丈夫でしなやかな血管たちだ。私は彼女らにも感謝を忘れないし、私や血管やその他臓器を束ねるミュー様という人格に対し敬意を忘れたことはない。
かくしていっぱいくすぐられ、ほおが紅潮するほど興奮状態になったミュー様は、ようやく棺桶から上体を起こした。
筋肉が動作する際には動く筋肉のあたりに私が集められる。どこがどう動いているか、ミュー様のことは私に筒抜けだ。なにせ私は体内にいるのだから……
起き上がったミュー様は脇の下と肩の筋肉を稼働させ――すなわち私をそこに集め――リル様の小さな体を抱き上げた。
「ミューちゃん、お姉ちゃんはぬいぐるみじゃありませんからね!」
小さなリル様は小さいなりの扱いをされると怒ったように言う。
リル様の血液ではない私は察することしかできないが、ミュー様が体の大きさにコンプレックスを抱えているように、リル様は体の小ささにコンプレックスを抱えているのかもしれなかった。
お二人の朝はこうして始まる。
私は今日も、ミュー様の体内から、お二人のほほえましい暮らしをながめるのみだ。
その代えがたい幸運な役割にはもちろん満足しているし、不満などありようはずもないが……
もし欲を言わせていただけるならば。
お二人は吸血鬼なので、いつかリル様に吸われて彼女の体内にもお邪魔してみたいところだった。