エルとの出会い 6
ホッとしたようにそう言ってくれる。
でも、心なしかエルの顔も赤いような……
そうか、日焼けしたのね! 日の当たる外で夢中で穴を掘っていたから、肌が焼けて赤くなってしまったのかも。
「暑かったわよね。ごめんなさい」
弟子とはいえ、こき使い過ぎ? もう一度謝る私に、彼女は「いいよ」と笑う。そのまま手を振ると、エルは迎えの人に連れられて、帰ってしまった。
結局、王子は現れなかった。
今日は私の八歳の誕生日。
日にちも合っているし、夕方までちゃんと待っていたのに……
「ソフィアと王子が出会わなければ、そもそも本編が始まらないじゃない! いきなり挫折ってどういうこと?」
イライラして応接間を行ったり来たりする私に、家の者は見て見ぬふりだ。ソフィアに水をかけ、庭を穴だらけにしたことを怒られるかと思ったのに、拍子抜けするほど何もなし。誕生日のせいか、それとも普段から偉そうにしているからなのか、私に意見する者はいなかった。
義母は私に気を遣い、滅多に咎めない。父は時々注意をするけれど、管理している領地に問題が起こったとかで、今日は不在だ。
「お父様ったら。以前は私を溺愛していたくせに、ソフィアが現れた途端、私の誕生日も忘れてしまうなんてね」
別に拗ねてはいない。父親が義妹のソフィアを可愛がるのは当たり前のこと。そのくらいソフィアは素直で愛らしい。子供らしくて純真で、笑顔だって最高だ。意地悪をしようと決めている私でさえ、思わず頬が緩んでしまう。王子が出会った瞬間に、心奪われるのも納得がいく。
「それにしたって、王子よ王子! 日にちも合っているはずだし、きちんとお膳立てもしてあげたのに。ソフィアに水をかけ、穴を掘った苦労が台無しだわ」
まったくもう、人の気も知らないで。
今日会わずにいつ会うっていうのよ。
「まさか、別の人と恋に落ちようとしているとか?」
恐ろしい予感に一瞬震える。私は首を横に振り、慌てて不安を打ち消した。原作がめちゃくちゃになれば、私もジルドと会えなくなってしまう。本編が始まらなければ、番外編だって迎えられないのだ。
でも、そうか。王子は私と同じくまだ八歳。私のように前世の記憶があるならいざ知らず、恋なんて当分先のお子様だ。それに、うちのソフィア以上に可愛らしい子なんていないはず。
そこで私はふと気づく。
ま、まさかエルが?
エルがソフィアから、ヒロインの座を奪う気なんじゃあ……
モブだからって、安心して弟子にしたけど良かったのだろうか? どこの子か尋ねるのを忘れていたし、年も……今度会ったら年齢はちゃんと聞いておかなくちゃ。それと手伝わせるのはいいけれど、念のため王子と直接会わせないように気をつけておこう。
ちょっと変わった八歳の誕生日。
お茶会は台無しで、ドレスはドロドロ。
だけど案外悪くはなかったな、と私は一人思い出し笑いをしていた。
それからも、エルは時々我が家を訪れるように。後から気づいたことだけど、彼女には大人がたくさんくっついてくる。しかも、うちの父が初めて顔を合わせた時、自分からエルに向かって頭を下げていた!
現役公爵の父が先に挨拶するってことは、エルはその上? この国に王女はいないはずだから、もしかしてどっかの国のお姫様?
父は秘密だと言って教えてくれない。本人に聞いても、いつもはぐらかされてしまう。最強のモブって、今まで読んだ記憶がないんだけど。それでもどうにか、年齢だけは聞き出すことができた。驚くことに、私と同じ八歳だという。身体が小さいから、ソフィアくらいだと思っていたのに……
「ニカ、せっかく来たのに歓迎してくれないの?」
「エルったら、この頃ますます図々しいわね。それにニカって何よ。私はヴェロニカなんだけど」
「ニカって呼ぶ方が可愛いよ」
「可愛くなくていいの。私は悪役令嬢なんだから」
「それでもやっぱり、ニカは可愛いよ」
エルの言葉に、不覚にもたじろいでしまう。自分より綺麗な子に褒められたからだろうか?
でも、喜んでいる場合じゃない。
半年経っても王子が現れないから、実は焦っているのだ。
「あのねぇ。私が待っているのは、貴女じゃなくって王子なの。まったくもう、いつになったら本編が始まるのやら……」
「いい加減諦めたら?」
「まさか! 今日も頑張るつもりよ。一日一悪。ちゃんと意地悪しなくっちゃ」
今日の私は泥団子を作って、ソフィアにぶつける予定。王子が登場しなくても、どんどん時は流れて行く。私は悪役令嬢として、嫌がらせに励まなければいけないのだ。
ちなみに原作では、泥団子に石を埋め込み怪我までさせていた。けれど、さすがにそれは気が咎める。前世でいじめられていた私。やって良いことと悪いことの区別くらいはつくつもり……まあ、正直いじめ自体が全部アウトなんだけど。
「それで? 今日は何をするの?」
隣のエルがなぜかワクワクしている。淑女としてはしたない、とか子供っぽいと言うならまだしも、彼女の方がいつも楽しんでいるようだ。
先日も、ソフィアの果実水とすり替えた唐辛子入りの水を、誤って自分が飲んでいた。平気な顔だし私にも飲めと言うから、失敗したのかと心配に。確認のため口にしたら、すんごく辛い。思わず噴き出した私を見て、エルはケラケラ笑っていた。
幼いソフィアは、何が起こっているのかよくわかっていないようだ。嫌がらせをしているのに、遊んでくれているのだと勘違いしたみたい。私のことは怖がっているけれど、エルのことはあっさり受け入れて、気軽に話しかけていた。
ソフィアとエルが並ぶと、そこだけ花が咲いたような明るい雰囲気に。美少女二人は目の保養。でも、私は優しくしてはいけないのだ。その分ソフィアは、エルと仲良くすればいいと思う。もちろん王子がやって来たら、エルは即座に隔離するけど。
「さ、頑張って作るわよ!」
泥団子の作り方をエルに教えてあげた。
サラサラの砂を予め用意させていたから、その砂に水を足して少しずつ握り固めていく。途中で乾いた砂をかけることも忘れないように。保育園時代によく作っていたので、私は泥団子作りなら誰にも負けない。案の定、エルは途中で割れてしまい悔しがっていた。たかが泥団子、されど泥団子。握り方にもコツがいる。
「ニカはすごいね! どうしたらそんなに丸く綺麗にできるの?」
「それはね……」
気づけば私はソフィアにぶつけることよりも、エルに教えながら自分の泥団子をピカピカにすることの方に夢中になっていた。
「って、違う~。綺麗な泥団子を作りたいわけじゃないの。ソフィアの服を汚せばいいんだから」
「ねえ、もう諦めたら?」
「エルったら、そればっかり」
ちょうどそこへ、ソフィアが通りかかった。当ててくれと言わんばかりの真っ白なドレスを着ている。悪役令嬢としての使命を果たしたい私は、もちろん迷わず投げつけた。
良い子は真似しないようにね(^◇^;)