王子は可憐な薔薇に酔う
最終話は、ラファエル視点です。
私の薔薇は可憐で可愛い。
「ラファエル」と私の名を呼ぶ様子が愛らしく、必要以上に構ってしまう。人前で触れようとすると、恥ずかしがって慌てたりムッとしたり。時には本気で説教してくる。その様子がまた可愛くて、つい構い倒してしまうのだ。ニカの存在に、私は日々癒されている。
初めての夜は素晴らしかった。白いシーツに広がる艶やかな黒髪、ルビーのように赤い瞳が蠱惑的に輝いて。緊張のあまり震える白い肢体には、私の付けた刻印だけが赤く残っている。優しく触れる度に熱を持ち、徐々に桜色に染まる肌はたまらなく扇情的で、何とも言えない気持ちになった。
これ以上語るとニカに怒られてしまうので、ここでは割愛しておく。だが、十年分の想いは一夜では終わらない。これから少しずつ、彼女に伝えていこうと思う。
夫婦となって一ヶ月近くが経ったある日、私はニカに提案した。
「結婚祝いに初雪だけでは物足りないな。他にも何か贈りたい」
「要らないわ。特にほしい物もないし」
あっさり断られてしまう。
そういえば、婚約中も贈り物をしたいと言う度に拒否され続けていたっけ。記憶が甦り唸る私を見たニカは、しまったと思い考えを改めたらしい。
「ええっと、それなら貴方と一緒に旅行がしたいわ」
可愛いおねだりを、私が聞かないはずがない。何なら視察をねじこんで、全ての執務を後回しにしようか?
行き先は、例の南部の教会にした。
かねてから招待されていたし、ニカもまた訪れたいと言っていたから。あの司祭は人格者であるが、なかなかのやり手でもある。教会主催の会議の度にニカの噂を広めて、他の司祭も真似できるよう取り計らったのだ。『教会バザー』や『寄付』、そして『移動図書館』。彼女の行動のおかげで、今や国内での司祭の地位は日々向上していると言える。教会側は快く私達を迎えてくれるだろう。
ニカの言う通り、祈るだけで人は救われない。善行をして初めて『天使が人を導く』という教義に対しての理解が深まると、私も思う。ニカに憧れ、人の役に立ちたいと寄付をしたり手伝いを名乗り出たりする者が、近頃は多いと聞く。精神の安定は国内の安定にも繋がるから、非常に好ましい傾向だ。
私の薔薇は、ただ守られて咲くことを良しとしない。今度は『ゆるきゃら』というぬいぐるみのような物を作るのだと張り切っていた。ニカの行動は予測がつかず面白い。そんなところも、私が彼女に魅了され続ける由縁だ。
久しぶりに訪れた教会は、銀世界の中佇んでいた。建物は白く、尖塔が空に向かってそびえ立っている。風景と溶け合う様子は、幻想的で神々しい。
「雪の中の教会も、また良いものね」
そう言って君が笑うから、私までつられて微笑む。馬車を下りた私とニカは、雪を踏みしめ人々の待つ方へと向かう。
教会内部には身分を問わず大勢の人が集まっていて、私達を歓迎してくれた。私が彼女と結婚したことは国中に知れ渡っているから、ここでも祝いの言葉を述べられる。
自分のことのように喜ぶ地域の人々を見て、興奮し頬を染めるニカはやはり可愛い。女の子から絵のプレゼントをもらった時の彼女は、嬉し涙を浮かべていた。
「クマのお礼? こんなに素敵な絵を描いてもらえるなんて、思ってもみなかったわ。どうもありがとう」
私も絵を覗き込む。
そこに描かれたものを見て、ドキリとしてしまう。私は少女に尋ねてみることにした。
「手を繋ぐ私達の横に描かれているこれは……羽、かな?」
「そうよ! 天使の羽なの」
ニカと私は顔を見合わせる。
見せてもいないのに、なぜわかったのだろう?
「ええっと、どうして私にまで羽を?」
ニカが少女に質問する。
私にまで、は要らないよ?
「あのね、お母さんが教えてくれたの。二人は天使様でしょう? この国を豊かに導いて下さるのよね。大丈夫、内緒にしておくから」
内緒も何も、こんなに響く場所で張り切って言われたら、ここにいる皆に聞こえたはずだ。けれどニカは嬉しそうに笑うと、女の子の頭を撫でていた。
「そう言われたら頑張らなくっちゃ。少しでも天使様に近づけるように、努力するわね」
ニカは嘘をつくことなく、少女の問いを上手くごまかしていた。その答えは私に向けられてもいるようだ。彼女は私に翼があることを知っているから。
背中の羽は、滅多に出さない。見せれば天使と間違えられてしまうだろう。それだけならまだいいが、奇異の目で見られたり、悪意ある噂の的になることも予想される。異質な存在はそれだけで、受け入れ難く恐れられてしまうものだ。
そのため、私の秘密は天宮でも一部の者しか知らなかった。母親や乳母を除けば女性は皆無。羽の痕は、代々王位継承者にのみ現れる。痕ではなく翼があり、魔力も全属性を扱える私は、王家の中でも特に変わった存在だ。公になれば私はもう、人として認識されないかもしれない。
けれど、翼をはっきり見せた後でもニカの私への態度は変わらなかった。彼女も前世は孤独で、苦労をしていたと思われる。だから、他人を思いやることができるのだろう。
彼女は私の翼を綺麗だと言った。本物の天使のようで、人々に希望を与えられると。
優しいニカは、私の最も欲しい言葉をくれる。彼女の前で私は自分を飾らなくて良く、ただのラファエルでいられるのだ。
教会に集まっていた人々と、丁寧に接するニカ。長く語らっていたため、気づけば夜になっていた。
私達はそのまま残り、何日も前から準備していたという、司祭自慢の夕餉に招かれることに。子牛をじっくり煮込んだシチューや瑞々しいサラダ、素朴な麦の香のパンが食卓に並ぶ。司祭は料理上手でもあるようだ。
敬虔な祈りの後、美味しい食事とこの地方特産の甘いワインを楽しんだ。私とニカは夕食後、教会の敷地内を散歩することにした。ほろ酔い気分のニカが先を歩き、満天の星空を見てため息をつく。
「本当に綺麗だわ。こうして再び来ることができたのも、ラファエルのおかげね。私は幸せだわ」
くるりと回り、微笑むニカ。たまらず彼女に近づく私は、後ろから腕を回す。酔っているせいか、それとも夫婦となったからなのか。ニカは恥ずかしがって抵抗することもなく、私に寄りかかってきた。その仕草に胸が熱くなる。
「私も、ニカのおかげで幸せだ」
こんなに綺麗で愛しい存在が、私の腕の中にいる。それこそが幸せなのだと、私は今、身をもって実感しているところだ。
ニカ、出会ったのが君で良かった。
そう考えた私の脳裏に、不意に始まりの景色が浮かぶ。
『ねえ、何してるの?』
『何って……ちょっとね。忙しいから、邪魔しないでくれる?』
偉そうなヴェロニカは、幼いながらもすごく綺麗だった。
『いいわ……私の弟子にしてあげる』
『弟子? そこは普通、友達じゃないの? まあ、空いている時なら別にいいけど』
口元が弧を描く。弟子になったのは、我ながら英断だったと思う。今ならあれは一目惚れだったのだと、断言できるから。そう、私は最初からずっと、私だけの薔薇に酔っているのだ。
「ニカ、身体を冷やすといけない。そろそろ戻って宿に行こうか」
「ええ。あまり遅くなっても、司祭様のご迷惑になるものね」
私を見上げ、にっこり笑う可愛いニカ。彼女を見て、私は考える。
――いつの日か、君にそっくりな子供達に私達の出会いを話してあげよう。君のおかしな行動も、もちろん交えて。
互いの指を絡め、教会に戻る私達の頭上で無数の星が瞬く。私は今夜もきっと、この可憐で愛しい薔薇に酔いしれることだろう。
ここまで読んで下さって、本当にありがとうございましたo(^▽^)o。
優しい皆様に、お礼と感謝を込めて……
きゃる




