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めざせ牢獄!〜悪役令嬢は番外編で愛されたい〜  作者: きゃる
第四章 めでたしめでたしの予定です
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水宮の牢獄 5

 帰りの馬車に乗り込んですぐ、ラファエルがこんなことを言い出した。


「ニカは昔『番外編に進むんだ』って語っていたよね? 本の世界に入り込んだと信じているなんて、と最初は思った。しかし私は、前世の君に興味がある。何を考えどうやって生きてきたのか。いや、前世だけでなく今の君も全てが愛しい」

「私もよ。貴方のことが好き」

「ありがとう。だからね、こう考えてみてはどうだろう?」


 彼の告げた内容は、意外なものだった。


「君と私は最初から、番外編を生きていたんだ」


 ラファエルの主張によると、ソフィアとクレマンが本編の主役。自分は王子だけど本編とは関係ないので、番外編に登場できる。だから自分こそが、ヴェロニカの本当の相手だ。共に生きていこう――


 思わず笑みを浮かべる。彼は私のために、一生懸命考えてくれたみたい。だけどもう、この世界は『ブラノワ』ではないと、とっくにわかっているのだ。

 登場人物の容姿はそっくりでも、性格も好みもそれぞれ違っている。ヒロインはヒーローを好きにならず、ヒーローは悪役令嬢を愛した。悪役令嬢の相手もまた、別の女性と結ばれて。


 私が番外編に進みたかったのは、誰かに愛されたかったから。そのために悪役令嬢として本編を終わらせるのだと、間違った考えを抱いていた。

 悪事なんてバカなことだし、心が痛む。それよりも善行を積み重ねて誰かの役に立つ方が、自分も相手も救われる。


「ありがとう、ラファエル。でも、もういいの。本の世界と現実を混同していたなんて、私ったらおかしいわね? 完全に黒歴史だわ」


『ブラノワ』や番外編は、私にとっては過去のこと。考えてみれば、一人一人が自分の人生を懸命に生きている。役柄なんて関係ない。自らの心の持ちようで、良い人にも悪い人にもなれるのだ。

 そんなことにも気がつかず、悪役令嬢になりたいと言い張っていた私は、なんて愚かだったのだろう。


「くろれきし?」

「いえ、こっちの話。それよりラファエル、結婚式のことなんだけど……」


 私は本編でも番外編でもない自分の人生を歩もうと、決意を新たにした。


 *****


 その日のノヴァルフ国は、朝からお祝いムード一色だった。王子の結婚ということで、天宮には大勢の貴族や諸外国の客人達が招待されている。


 ソフィアが言うには、バルコニーから(のぞ)む中庭にも多くの民が詰めかけているらしい。待ち時間が長いため、凍えなければいいと思う。そこまで寒くないのが、救いといえば救いだけれど。

 冬の空はよく晴れて、澄んで清浄な空気を(まと)っている。新たな門出に相応しい天気だと、私は密かに満足していた。


 天宮内の礼拝堂で誓いの言葉を交わす。式を挙げ、正式に彼の妃となった時は、感動のあまり涙を(こぼ)してしまった。そんな私の涙を、ラファエルが唇で吸い取った。


「ま、また()め……」

「ニカ、君を(いや)すのが私の役目だ」


 私は慌てて両手で頬を隠す。

 勘弁してほしい。癒すどころか、脳みそ沸騰させてどうするの! 列席者から生温かい視線が(そそ)がれて、苦笑いされているような。


 式を終えた私達は、早速二人揃ってバルコニーから顔を出した。途端に大歓声に包まれる。

 こんな日が来るとは、夢にも思っていなかった。愛する人の隣に立ち、たくさんの人達から祝福されている。前世の自分に教えてあげたいくらいだ――貴女は必ず愛される。決して自分を卑下してはいけないのよ、と。


「ニカ、今日の君も息を飲むほど綺麗だって言ったかな? 純白のドレスを着た君は、天使のようだ」

「大げさだわ。ラファエルの方がもちろん素敵よ? それにしても、こんなに大勢いらして下さるなんて、本当にありがたいわね」

「君が皆に愛されている証拠だ。教会関係者は、特に熱心に君の噂を広めたらしい。もちろん、私がニカを一番愛しているけどね」

「ラファエルったら。でも、さっきのあれはちょっと……」

「誓いのキスのこと? それとも涙の方? それほど長くしたつもりはないんだけどな。むしろ、あの程度で我慢した私を褒めてもらいたい」

「いいえ。さすがにあれはダメでしょう。司祭様も呆れていらしたわよ?」

「そうかな? 彼は慣れているはずだ。本当はキスだけじゃなく、今すぐ二人きりになって色々教えてあげたいけれど」

「なっ、こんな所で何を言って……」

「ほら、ニカ。みんなが見ている。笑顔で手を振って」


 涼しい顔のラファエルが手を上げる。民は大きな声を出し、自慢の王子に手を振り返す。

 ラファエルは、私をからかって遊んでいるみたい。何を教えてくれるのかと、思わず変な想像をしてしまったじゃないの。おかげで私は、真っ赤な顔をみんなに覚えられることとなってしまった。

 彼の冗談、相変わらず笑えないわ。


『この()き日を、皆が心から祝ってくれることに感謝する。私の愛する民に、天使の祝福を』


 ラファエルの声が辺りに響く。たぶん風の魔法を使い、大音量で拡散したのだろう。歓声に混じり、悲鳴のようなものまで聞こえてくる。見目麗しいラファエルは、老若男女問わず国民に絶大な人気があるから。


 そんな彼が、私のことを愛してくれている。それこそが奇跡で、天使の祝福だと思う。誰にも愛されないと考え、悪役令嬢になろうと考えていた日々。過去の愚かな自分と訣別(けつべつ)した私は、今彼の妃として、こうしてここに立っている。


「さて、ニカ。私からの結婚祝いだ」


 私を見つめたラファエルが、自分の胸の前で握った(こぶし)をゆっくり開く。けれど、彼の手の平の中には何もない。それなら結婚祝いって何のことかしら?

 ――しばらくすると、空からふわふわした小さな雪が舞い落ちた。人々はこの冬初めての雪に、たちまち興奮する。


「わあ、すごい!」

「晴れているのに? 奇跡だわ」

「天使だ、天使の降臨(こうりん)だ!」


 その年最初の雪を、この国の人々は『天使の降臨』と呼ぶ。雪の白さが天使の羽を連想させるからだ。目にした者を幸せにする力があるとも言われていて、降った瞬間喜ばれる。貴族や平民関係なく、集まっていた人々は初雪に夢中になった。


「綺麗だわ。これも水の魔法?」

「そう。目立つことはしたくないが、他ならぬ君のためだ」

「ねえラファエル。貴方もしかして、五種類全ての魔法が使えるんじゃない?」

「さすがはニカだね。その通り、私は全てを扱える。初代の王と同じらしい」

「やっぱり……」

「でもまあ、魔法はあまり使いたくないかな? 羽があるだけでも異質で、怖がられてしまうから」

「怖がるってどうして? 貴方の翼はとっても綺麗だったわ。それに全ての魔法が使えるって素晴らしいことよ。人々の役にも立つし。ラファエルは本物の天使様みたいだから、みんなに希望を与えられるわね」


 彼は一瞬押し黙ると、綺麗な顔で嬉しそうに笑った。その笑顔を見て、私もまた喜びで胸が熱くなる。


「ありがとう、ニカ。やはり君は最高だ!」


 彼は私を抱き締めると、高々と抱え上げた。それを見た群衆が、再び歓声を上げ拍手をする。


「待って! お、下ろして」


 皆の前でこれはいかがなものかと。

 それに私に言わせれば、最高なのはラファエルだから。彼はきっと、私が妃として受け入れられやすいよう、この瞬間が皆の記憶に残ることを願って、雪を降らせてくれたのだろう。


 ようやく私を下ろしたラファエルが、人々に向き直る。私も同じように前を向き、彼にぴったり寄り添う。夫婦になったばかりなので、まだ少し恥ずかしい。だけど王子の妃として、しっかり顔を覚えてもらわないといけないのだ。


「ニカ、もしかして今、君も同じ気持ちかな?」

「ええ、たぶん」


 王族としての責任を果たし、国民に真摯(しんし)に向き合おう。貴方が言いたいのは、そういうことよね? けれど、ラファエルの答えは違っていた。

 

「雪をもっと降らせて、彼らが気をとられている隙に寝室に直行……」

「しません!」


 まったくもう! 

 これさえなければ完璧なのに。

 私をからかい、いたずらが成功した後のようにニヤリと笑うラファエル。そんな彼に、私はあの日のエルを垣間(かいま)見たような気がした。

いつもありがとうございますm(__)m。

次回、最終話。張り切るラファエル!?

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