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めざせ牢獄!〜悪役令嬢は番外編で愛されたい〜  作者: きゃる
第四章 めでたしめでたしの予定です
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水宮の牢獄 2

 建物の中は意外に広く、当然のごとく水に満ちていた。吹き抜けのエントランスの中央に小さな噴水があり、その横を川のようなものが流れている。天井にはステンドグラスが()め込まれ、周りには天使の彫刻なども飾ってあった。

 私は一瞬、ラファエルが来る場所を間違えてしまったのかと疑問に思う。けれど、迎えに出て来た灰色に青のラインが入った看守長の制服を見て、挿絵のジルドが着ていたものと同じだと嬉しくなってしまった。ここは確かに『水宮の牢獄』だ。


「わざわざご足労いただき、大変申し訳ございません。ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 白髪交じりの小柄な看守長に導かれ、私達は長い廊下を抜けて建物の奥へ。すると、水の音が聞こえてくる。勢いの(すさ)まじい水が上から大量に流れていて、カーテンのように各牢を仕切っていた。激しい水で(さえぎ)られているため、囚人側は見えない。もちろん向こうからもこちらは見えないだろう。だから、カーテンというより壁に近い。

 

「水に手を触れないよう、お気をつけ下さい」


 看守長が、言いながら辺りを見回した。彼以外に看守の気配はないけれど、それだけここがしっかりした造りで、脱獄の心配がないということなのかもしれない。

 それぞれが思っていた以上に速さの鋭い水で仕切られており、近づくと危ないような感じだ。以前テレビでちらっと見たことがあるけれど、水とはいえこれなら大根どころか鉄でも切断できそう。確かにこれなら逃げられず、牢から出る前に怪我をしてしまうだろう。


 悪役令嬢のヴェロニカは番外編の大半をこの中で過ごすので、胸に込み上げてくるものがあることはある。でも残念ながら、想像と現実は全く違っていた。

 外観やエントランスは立派でも、牢のあるこの辺りは殺風景で水が大量にあるだけ。退屈なことこの上ない。夏だとちょうどいいのかもしれないけれど、冬の今は肌寒く感じられる。作中ではジルドとの恋が生まれる場所だから、聖地巡礼と思ってちょっぴり浮かれてもいた。そんな自分に喝を入れたい。やはり牢獄は牢獄で、ムードなんて欠片もないのだ。


「ご覧になって、いかがですか?」


 案内していた看守長が振り向く。

 私は咄嗟(とっさ)に言葉を探す。


「どう? ニカ。初めて来た感想は」


 ラファエルにも意見を求められてしまう。

 彼には昔、牢獄に入りたいと熱く語ったことがある。


「……ええっと、思っていたより激しいですね。水の音もうるさくて。勢いが鋭い所もあるから、硬い物でも切れてしまいそう」

「その通りだ。だから脱獄は難しい。外に出ようとすれば、身体が切れてしまうよ」

「やっぱり……」


 こんな所に憧れていたなんて。

 牢獄に入り番外編に進みたいと願っていた私。

 そんな私はラファエルの目に、愚かしく映っていたことだろう。


『ブラノワ』では看守が魔法石を操作して、入り口の水の勢いを弱めて囚人達の食事の世話などを行う。その時に言葉を少し交わすのみ。それでもジルドはヴェロニカの境遇に同情し、徐々に彼女が気になるように。またヴェロニカも、渋くて優しい年上のジルドに惹かれていく。

 ある日ジルドは、無断で魔法石を操ってヴェロニカを逃がそうとする。処罰されることを覚悟で、彼は愛しい人に外の世界で幸せになってほしいと願う。

 けれどヴェロニカは、逃げなかった。彼女もまた、ジルドのことを想い彼を案じていたから。自分が逃げれば看守のジルドはひどい目に遭うだろう。水壁越しに初めて触れ合う手と手、切なく見つめ合う二人――


 だけどこれじゃあ、切ないどころか切断だ。水の勢いを相当弱めない限り、中にも入れないだろう。じれじれラブなんてとんでもない。近くに行くとうるさくて会話もできず、夜もおちおち眠れないかも。本当にここで、あのシーンが?

 私が首を傾げていると、看守長がラファエルに向かって口を開いた。


「先ほどお伝えした通りです。魔法陣が消えかけているために魔法石の調子が悪く、水の量が多くなりました。弱められず、中に入ることができません」

「そうだね。この前来た時よりもひどいようだ。中にいる者の食事は?」

「いえ、昨夜からは何も」

「それはいけない。すぐに直そうか」


 ラファエルの答えを聞き、私は疑問に思う。

 直すってどうやって? 

 ラファエルの使える魔法は、光と火のはずだ。光で私を癒し、攫われた時にはペンダントの魔法石に込めた魔力で火柱を出現させた。二種類使える人がいるとは聞いたことがないけれど、彼は特殊な例なのだろう。先祖返りをしたせいで魔力がすごいと、以前自分でも言っていたくらいだし。


 けれど、属性が変わると魔法陣も変わる。魔法石に描かれるものはただでさえ複雑なので、魔法使いが自分の得意とする属性すら、たまに間違えることがあると聞く。だから、水ではない属性を扱う彼がこの場で直せるとは思えない。もしかして魔法石を取りに来ただけ、とか?


「ニカ、ごめん。急を要するようだ。その間、暇だよね? 誰かに相手をしてもらうといい」


 ラファエルが、私に向かって微笑んだ。

 この場で魔法陣を描き直すってこと? 

 ここでは水の魔法が必要よ?

 ……まさか!


「ラファエルは、水の魔法も使えるの?」

「ああ。ついでに魔力も供給しようと思っている。用事があると言っただろう?」

「ラファエル、貴方の扱える魔法ってもしかして……」

「ニカ、たぶん君の考えている通りだ。答えは後で教えてあげるから。ところで看守長、彼はいる?」

「彼? ……ああ、おりますよ。呼んで来ましょう」


 彼っていったい誰だろう?

 ラファエルの後ろにいた護衛のクレマンを見ても、首を横に振られてしまう。将来義理の弟になるクレマン。王子とほとんど行動を共にしている彼でさえ知らないのなら、私にわかるわけがない。


「お互い積もる話もあるだろう。存分に語るといい。ニカ、いい子にしていてね」


 ラファエルは、私の頬にさっとキスを落とすと、魔法石があると思われる方向に歩いて行く。自分が一緒に行こうと言い出したくせに、私は邪魔だったのか置いて行かれてしまった。知らない人と積もる話などあるわけがない。しかも、いい子にしてって子供に言い聞かせるような口調で言わなくたっていいのに。いくらここがずっと憧れていた場所でも、もうはしゃぐ年齢でもないのだ。


 むくれながら立っていると、戻って来た看守長がある男性を伴って来た。もちろん初めて会う人。


「お待たせしました。殿下は先に向かわれたのですか?」

「ええ。そちらの方は?」

 

 その人が帽子を取り顔を上げた瞬間、私は鋭く息を飲む。

 彼は、この顔は――()()()だ!

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