運命の舞踏会 8
舞踏会に戻ったはいいものの、周りの人に訳知り顔で微笑まれると対応に困ってしまう。自分から言い訳するのも変だし、そもそもそこまでのことはしていない……ちょっと、危なかったけど。
そんな私に比べて、ラファエルは上機嫌で堂々としていた。祝福の言葉をかけられる度に笑顔でお礼を言うから、隣にいる私も彼に合わせてひきつった笑みを浮かべる。例のごとく離してはくれなかったから。
一方ソフィアの社交界デビューは順調そのもので、クレマンと踊る義妹はとても幸せそうだ。聞けばクレマンはただの護衛ではなく、王宮騎士団副団長の肩書きも持っているのだとか。
攫われて助け出されたソフィアが、「彼なら指示する立場なのに」と言っていたのはそのためなのだろう。私はてっきり、ラファエルのことだと思っていた。彼は王子で、当然指示する立場だから。
思い出してみれば、クレマンは真っ先にソフィアを抱え上げていて、ソフィアも喜んでいた。義妹の大切な人がラファエルだと思い込んでいた私は、そんな二人の様子にも全く気づいていなかったのだ。
「ニカ、まだ怒っている? 君が可愛すぎるから、止められなかったんだ。許してほしい」
いけない、ラファエルとのダンス中だった。
彼は私が黙り込んでいるのは、さっきの自分の行いが原因だと思っている。本当はソフィアのことを考えていたせいなのに。でもまあいい機会なので、少しは反省してもらおう。それでなくとも色々と、嫁入り前の私に触り過ぎるような気がしたし。そうか、嫁入りと言えば……
「ねえ、ラファエル。二ヶ月先に式を挙げるって発表していたわよね? そんなに早いと仕度が間に合わないわ」
普通の貴族同士でも、準備に半年はかかるのだ。王族なら一年くらいかかるのでは? 警備を考えるだけでも大変だし、民への公布や招待客への通知、式の練習、それに何より衣装を仕立てなければいけない。
それなのに二ヶ月先が本番って、どう考えても無理よね?
「仕度って何の? 結婚式の計画なら、もう何年も前から万全の状態だ。招待状や公布の手配も終わっている。ニカなら頭がいいから、練習もすぐに済むだろう。後は……ドレスか」
そうそう、そのことが言いたいの。
一生に一度のことを適当に済ませるなんて、そんなの嫌だ。でも時間もないから、既製品のウェディングドレスを急いで探すしかないのかしら?
「もうすぐ仕上がるから。後は身体に合わせて直してもらえばいい」
「……はい?」
どういうことなの?
ラファエルに好きだと伝えたのは、ついさっき。それなのに、もう出来上がるとは? デザインだって選んでないし、寸法だって測っていない。
「丁寧に仕立ててくれているよ。何のために私が、そのドレスを君に贈ったと思う?」
彼の言葉を聞いた私は、着ていた真紅のドレスを見下ろす。これは、ラファエルからの最後のプレゼント――そう思って、受け取ることを決めたものだ。天宮の仕立て屋がサイズを測りに来たので、お願いした。女性だったし、雑談ついでにウェディングドレスの好みのデザインも聞かれたから、何気なく答えて……って、もしかして!?
「貴方は最初から、これとウエディングドレスの二着を彼女に頼んでいたの?」
「そう。正確には二着じゃないけどね? そのドレスもよく似合っている」
「すごい自信ね?」
「自信も何も、私にはニカだけだから。断られても諦めない。いや、断れないようにしていた、というのが正解かな?」
「責めるべきは今じゃないって言っていたのに?」
「攻めるって、さっきのこと? 続きは結婚後で構わない。あと二ヶ月は我慢できるから」
……ん?
何か話が食い違っているような。
「ねえ、貴方の言う『せめる』って何?」
「婚約者を可愛がる以外に何がある? まあ、ニカが看守を好きだと言っても、今さら手放すつもりはないが」
微笑む綺麗な顔は、罪のないようにも見える。けれど――
ラファエルには始めから全てを話していた。いろんなことが彼の計算通りだったかと思うと、少し悔しい。小さな王子はヒロインよりも悪役令嬢が気になり、彼女も王子と親しくした。思えばその時既に、ラノベのストーリーはおかしくなっていたのかもしれない。
そこでふと思い出す。
ちょうど二年前の今日、私が社交界デビューした時はソフィアとラファエルって抱き合っていなかったっけ?
ずっと好きっていうのは嘘かしら。
それともあれは、単なる浮気?
いえ、ヒロインと王子なら、私の方が浮気相手になるのかも。聞くべきか、聞かざるべきか……
悶々と悩む私の疑問を解消してくれたのは、他ならぬソフィアだった。曲が終わった直後に私の腕を取った義妹は、ラファエルに構うことなく会場の隅に引っ張っていく。
「ねえ。ヴェロニカからも私達のことを、お父様にお願いしてね? エルは貴女のこと以外興味がないから、忘れてしまうかも」
「私達ってソフィアとクレマン?」
「もちろんよ。他に誰がいるの?」
ソフィアが可愛らしく首を傾げる。
「エルは? ソフィアもずっと仲良くしていたでしょう?」
「そりゃあね? 貴女の義妹だもの。そうでなければ、どうだか」
「そうかしら」
おかしいわね。私には、ソフィアとラファエルの方が親しく見えたのに。ヒロインとヒーローだからと自分を納得させ、彼を諦めようともしていた。
「そうよ。だって私は、エルにとっくにフラれているもの」
「ええっ!?」
何その爆弾発言!
ラファエルも、そんなことは一言も教えてくれなかった。
「話すほどのことでもないけど……そうか、ちょうど二年前よ。私がフラれたのって」
ソフィアの衝撃的な告白に、私は固まる。
そんなあっけらかんと言っていいの?
「ヴェロニカのデビューに付き添って来た時だわ。貴女のいない間に、エルに告白したの」
「そんなことが?」
「お母様にも頑張るように言われていたし、お願いすれば聞いてくれると思って。でも、きっぱり断られたわ。好きなのは一人だって」
ヒーローがヒロインを振るなんて、前代未聞ではないだろうか? ここはやっぱり、ラノベの世界ではないらしい。
「思い通りにならないことが悔しくて、泣きながらエルの胸に飛び込んだの。もちろんすぐに離されたけど」
私が見たのはその場面? 抱き合う二人に胸が痛くなった覚えがある。それならあれは、一緒にいられなくてつらいと嘆いていたわけではないのね?
「エルが言うには、私の様子を見ていればわかるよって。だから私は、貴女と踊るエルの姿を舞踏会の会場まで見に行ったの。嬉しそうな彼を見て、負けを悟った私は……」
「ごめんね、ソフィア。つらいなら、無理して話さなくていいから」
ソフィアの言葉に私の胸は痛くなる。
失った恋を思い出すのは、相当つらいに違いない。
「どうして? ここからがいいところなのに」
「……へ?」
フラれた後がいいところって、どういう意味?
「庭に走り出て、クレマンに慰められたの。彼って思いやり深くて素敵でしょう? 最初はまあ、私も反発したんだけど」
「そうだったの」
「ええ。『君は優しい。本気を出せば、誰よりも魅力的に振る舞えるはずだ。それなのに、自らその機会を棒に振るのか』って。真面目な顔で説教するから、驚いちゃった」
驚いたのはこっちだ。
彼はそんなに前からソフィアのことを?
「あの時は、私にエルを諦めさせようとしていたんだと思う。だけど私は彼の言葉を真に受けて、完璧な淑女になろうと努力をしたの」
「そのために勉強を? 天宮に通っていたのも?」
「ええ。大人の彼を振り向かせることができたら、最高でしょ?」
「えっと……それなら、エルのことは?」
「エル? フラれたし、元々それほど好きではないもの。単なる憧れだったし、彼がヴェロニカに夢中なのは、すぐにわかることでしょう?」
いいえ、全然わかりませんでした。
「天宮に通う度、クレマンに頑張ってアタックし続けたの。年の差なんて気にならない。私を見て、と言い続けた。その甲斐あってようやく。貴女と攫われた後、彼は私への気持ちを認めてくれたわ!」
まさかあの時?
そういえばクレマンは、ソフィアに慌てて走り寄っていたわね。
「攫われたのは怖かったけど、ヴェロニカが守ってくれて、クレマンが助けに来てくれた。まあ、結果良ければ全て良しって言うでしょ?」
それを言うなら『終わり良ければ全て良し』なんじゃあ……
だけど、ソフィアが誘拐を気に病んでいなくて良かった。心の傷にならないかと、実はすごく心配だったのだ。
「だから、ね? お願いよ、ヴェロニカ」
ソフィアが可愛く手を合わせる。
さすがはヒロイン……って、もう関係ないのか。
お願いって何だっけ?
首を傾げる私に、ソフィアが膨れる。
「もう! 全部話したのにぃ。私とクレマンのこと、ちゃんとお父様とお母様に取りなしてくれるわよね?」
ああ何だ。そのことね?
もちろん喜んで。
ずっと仲良くしたいと思っていた私の義妹。
ソフィアが幸せになるのなら、私も嬉しい。
「ええ、もちろんよ。任せておいて」
私は心からの笑みを浮かべて、ソフィアを祝福したのだった。
そして、次からいよいよ……(´▽`*)




