運命の舞踏会 6
「……彼女が好きなのは、クレマンだ」
「あなたの護衛の?」
クレマンは、ラファエルが最も信頼しているベテランの護衛だ。短い金色の髪でいかめしい顔つきをしている。さっきも彼の指示に黙々と従っていた。
「ああ。フィルベールを引き渡した後は交代だから、ソフィアの元へ向かっているはずだ」
「でも、年が違い過ぎるわ! ずっと貴方の側にいたから、かなり年上でしょう? 父親ほどの年齢の人とソフィアが?」
「ひどいな。彼が聞いたら嘆くよ。落ち着いているから老けているようにも見えるが、彼は確か二十八になったばかりだ」
知らなかった……
二十八歳といえば、看守のジルドと同い年。私より十歳年上で、ソフィアとは十二歳違い。ソフィア、まさかの年上好き?
「信じられないわ! だって彼は、昔もあなたに付き添っていたじゃない。あの頃から既にソフィアを?」
「まさか。あの時彼は十八で、私の護衛に任命されたばかりだった。そんな余裕はなかっただろう」
「それならいつ?」
「それは本人達に聞いてほしいな。ともかくこれで、誤解は解けただろう?」
よく考えてみよう。誘拐されたソフィアを真っ先に助けたのは、言われてみれば彼だったような気がする。王子ではなく、護衛にお礼を言うソフィア。家でも嬉しそうにその時のことを話し、私には彼しかいない、と。
彼ってラファエルじゃなく、護衛のクレマンのことだったの?
だけど、舞踏会の時もソフィアは私達のことをじっと見て……って、ラファエルの背後にはいつも彼がいる。ソフィアがラファエルではなく、護衛の方を見ていたのだとしたら? もしや、天宮に通っていたのも……
「ねえ、結構前からソフィアはよくここに来てたと思うんだけど。貴方と会っていたんじゃないの?」
「私と? いや、執務で忙しくてそんな暇はないな。ああ、その時もクレマンが相手をしていたっけ」
「そうなの?」
見ていないから、何とも言えない。
けれどソフィアは、確実に恋をしていた。好きな人のことを語る時、キラキラした目をしていたもの。
こんなことなら、たまにはソフィアと一緒に天宮に来れば良かったと思う。ヒロインのソフィアが、王子ではなくその護衛に惹かれているとは知らなかった。渋いイケメンとは、元々私がくっつくはずだったのに……まあ、護衛じゃなくって看守だけど。
「おかしいわ。それならなぜ、貴方達は密会を?」
「密会? 覚えがないが」
「旅行から帰って来た日、ソフィアが迎えに現れたわよね? 私は先に帰ろうとしたけれど、気が変わって戻って来たの。そうしたら、執務室に貴方とソフィアが二人きりでいて……」
あの日のことを考えると、未だにつらくなる。ラファエルに好きだという想いだけでも伝えようと、私は天宮に引き返したのだ。けれど扉を開けた途端、二人の声を聞いてしまう。
『もう、エルったらいつもそればっかり! なぜ私達のことをお父様に告げてはいけないの?』
『物事には順序がある。それでなくとも相手は……』
ソフィアの姿は見えなかった。だけど私が、彼女の声を聞き間違えるはずがない。それに「エル」と呼んでいたことが、何よりの証拠だ。
ラファエルはソフィアを説得しているようで、「相手は君の義姉だから」と言いたかったに違いない。私との婚約を破棄した後で、父の許しを得ようとして。
さらに「舞踏会の後で話すから信じてほしい」とも言っていた。だから私は、貴方を諦め身を引く決意をしたのに……
「ニカ、考え込んでいるところ悪いんだけど。君が気にしているのは、さっき言いかけたことだね?」
「ええ」
「君の信頼を勝ち得ていないのは、寂しいが。やはり君は、誤解をしている」
「誤解?」
「ああ。そもそも私は、ソフィアと二人きりになったことなどない」
「嘘! だってあの時確かに……」
「本当によく見たの? 執務室では私の前にはソフィアが、壁際には二人の護衛がいた。もちろんクレマンも」
「……あれ?」
待ってね。よく思い出してみるから。
あの日、私は確かに扉の隙間から……
そうか! 少し開けただけだから壁際までは見えないし、そこに人がいるなんて思ってもみなかった。でもよく考えれば、ラファエルの近くには常に護衛がいる。近くにいない場合は、遠くから彼を見守っているのだ。
「ソフィアが、私達と言ったのは……」
「もちろん自分とクレマンのことだ。彼は侯爵家の次男だから、家を継ぐ必要もない。ニカが私の妃になれば、ソフィアの婿探しが始まる。できる男を既に見つけているなんて、さすがはソフィアだな」
「だったら相手が私だからと、貴方が宥めていたのは?」
「そんなことは言っていない。たぶん、『相手は私の護衛だから』との言葉を、聞き間違えたんだと思う」
聞き間違えたというより、聞き逃したが正解だ。唇を噛む私を見ながら、ラファエルが続ける。
「護衛の職務を全うしているはずの男が自分の娘と恋仲になっていると知れば、公爵の逆鱗に触れるかもしれない。君との婚約を取り消されるのが嫌だったから、結婚を発表するまでは待ってほしかった」
「そんな理由?」
「ああ。他に何が?」
首肯するラファエルは、穢れのない天使のように綺麗な顔をしている。けれど自分の都合を優先するあたり、結構腹黒い。いえ、自分のことというよりも、主に私のことのような気がする。それなら私と一緒になりたいというのは本心で、彼は私のことが……好き?
ラファエルを意識し出した途端、鼓動が一段と高まる。急に息苦しくなって、顔も火照ってきたようだ。彼の紫色の瞳に映るのは、うろたえている私の顔。
「どうかな、ニカ。疑問は解消した?」
「ええ、まあ……」
答えた私は唇を噛む。盛大に思い違いをしていた自分が、恥ずかしくて。王子がヒロインではなく、最初から私のことが好きだなんて、完全に予想外だった。
それなら今まで私は、ラファエルの想いを踏みにじっていたの? 悪役令嬢だからと本気にせずに、傷つけていた? もしもそうなら、私は彼に謝らなければダメだと思う。そして、できることなら私も好きだと告白したい。
悩む私の頬に、彼が優しく手を添える。
「それなら良かった。綺麗で可愛い私のニカ、好きだよ」
ラファエルの甘い響き。
その声はまるで、天上の音楽のようにも感じられて。
端整な顔が近く、吐息がかかる程の距離に、私のドキドキは最高潮に達する。
大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着かせることにした。だって私も、彼にきちんと伝えなくてはいけないから。
「勘違いしてごめんなさい。ラファエル……私も。私も貴方のことが、好きなの」
ぼちぼち更新していきますm(__)m。