運命の舞踏会 5
教会の荘厳なセレモニーとその後のことは、私にとってもいい思い出だ。翌日の二日酔いのことは、思い出したくもないけれど。
「羽のことを聞かれた時、私は考えを見透かされたのかと焦った」
考えって、ソフィアを好きだってこと?
とっくに知っているんだけど。
「さっき話したように、王家の者には魔力がある。その大きさは、羽の大きさに準ずる」
「羽って……痕があるって噂は本当なの?」
「大抵の者はそうだ。だがごく稀に、先祖返りを起こす者がいてね? 私がその最たる例だ。それだけに、一生を添い遂げる覚悟をした相手にしか見せてはいけない、とされている」
「自分の子を宿す者って、そういう意味?」
「そうだ。そして私は、既に見せている」
急に胸が痛くなる。
そうか。ラファエルはもうソフィアと……って、展開早過ぎない?
「はっきり言えば、見せた相手としか私は一緒になれない」
このタイミングで婚約破棄?
それならどうして、さっきみんなの前で結婚すると宣言したの?
「思い出して、ニカ。私はあの日、君に披露しているんだ」
「……え?」
驚きで頭が真っ白になる。
私はラファエルの背中を見たことがない。
背中どころか、お腹だって……
目を丸くする私を見た彼は、上着を脱いでクラバットを緩め始めた。次いでシャツのボタンを外す。
「ね、ねえ、今ここで脱がなくっても」
「実際に見た方が早いだろう?」
細身の割には筋肉質だ。
鍛えられた胸板と腹筋が、目に眩しい。
恥ずかしいのに視線が外せず、ラノベの挿絵通りだと納得してしまう。でもどう考えても私には、ラファエルの羽の痕を見た記憶がない。このまま凝視するのは心臓にも悪いし、淑女としてもどうかと思う。明らかに人違いだ。
「勘違いよ、私じゃないわ」
「ニカ、君以外に誰がいる?」
ラファエルは構わず服を脱ぎ、がっしりした上半身を晒す。
次の瞬間、私は驚きに目を見開いた。
「……綺麗だわ!」
思わず感嘆の声を上げてしまう。
ラファエルは痕ではなく、天使のように大きな翼を持っていた。彼は私の顔を見据えたまま、翼を広げる。
確かに私は、ラファエルの背中を見た覚えはない。けれど、純白の翼なら……あの夜の天使だ!
「ラファエル、貴方は天使なの?」
「先祖返り、と言っただろう? 初代の王は『天使』と呼ばれていた」
「夢だと思っていたのに……」
「君はしたたかに酔っていた。私はそこにつけ込んだんだ」
「部屋に運んでくれた時のこと? それなら私を着替えさせたのって……」
「ごめんね、ニカ。それは私だ。どうしても君が欲しかった」
「……え」
私は顔を引きつらせた。
まさか、知らない間に子作りを?
仰天した私を見て、ラファエルが苦笑する。
「違うよ、ニカ。さすがに酔った女性に手は出さない。私は君に翼を見せて、首元に印を刻んだ」
「印? じゃあ、この虫刺されって……」
「虫刺されというより、キスマークの方が近いかな? 魔力を使って所有権を主張する。君に危険が及べば刻印が守り、私に伝わる」
さっきフィルベールが弾き飛ばされたのは、そのためなのね? それなら私はもしかして――
「私はもう、貴方のものなの? 他の人とは一緒になれないの?」
知らない内にそうなっていたとは、あんまりだ。飲み過ぎた私が悪いんだけど、それだって元々は、ラファエルのことを考えていたせいなのに。
眉を寄せた私を見て、ラファエルが一瞬泣きそうな顔をした。目を閉じた彼は息を吐き出し、再び目を開ける。
「そう、と言えればいいけれど。君は平気だし、一年以内に刻印も消える。だが私は……」
何となくわかったような気がする。
我が国の王家は、子供の数が少ない。
魔力のせいかと思っていたら、羽の掟のためだとは。印をつけた女性と夫婦になれなかったら、子供を持てないってことなのね? もしそうなら――
「ねえ、ラファエル。貴方、私と一緒になりたいの?」
「何を今さら。私は何度もそう言っている」
「で、でもあれは、からかっただけでしょう? 婚約者の演技や冗談で」
「演技をしたつもりも、冗談を言ったつもりもない。私は最初から、全て本気だった」
いやいやいや、おかしいでしょう。
「それならソフィアは? 義妹との約束はどうなるの?」
「約束? ニカ、君の方こそ勘違いをしている」
ここまで来てすっとぼけるなんて。
それよりも、早く服を着てほしい。
羽よりも裸の上半身が目の毒だ。そんなに大きな羽で、今までよく服が破けなかったと思う。
私の視線に気づいたラファエルが、翼を畳む。
「気持ち悪くなかった?」
「いいえ、全然。それにしても美しい羽ね」
「魔力によるところが大きいから、飛べないし形だけだ。普段は身体の中にある」
彼はそう言うと、翼をしまいシャツを羽織る。収納自由だとは羨ましい。ラファエルはやはり、本物の天使の一族だった。人間離れした美しさは、だからなのだろう。
いけない。それより今は、ソフィアとのことを聞かなくちゃ。
「ねえ、勘違いって何のこと?」
「ニカ、ソフィアの相手を知っている?」
「ええ。以前ラノベで読んだし、本人からもしょっちゅう聞かされていたもの。貴方以外にいるとでも?」
「やはりそこからか。だから君は、ソフィアの名前をよく出していたんだね」
「えっ?」
まさか違うの?
だけどソフィアは、昔からずっとエルのことが好き。私の社交界デビューの日には、二人で抱き合ってもいたし。彼女から聞かされるのは、ラファエルのことばかり。ソフィアが天宮に通い続け、苦手だった勉強にも力を入れていたのは、彼のためだ。
誘拐された時も真っ先に助けられていた。そのことに感激した義妹は、当時の様子を繰り返し私に語っている。
『胸の奥が温かくなったり、会えただけで苦しくなったり。彼が私に笑いかけてくれたら、それだけで生きていて良かったと思えるの』とはソフィアの言葉。『私には彼しかいない』と一途な愛を捧げてもいた。
極めつけは、南部の教会から帰って来た日だ。天宮に引き返した私は、扉の隙間から言い合う二人を見てしまった。
『なぜ私達のことをお父様に告げてはいけないの?』
必死なソフィアに対し、ラファエルが約束していた。
『舞踏会の後に必ず話す。だから私を信じて、待っていてほしい』
「全てをなかったことにしないで。いくら貴方でも、義妹の真剣な想いを蔑ろにするなんて許さない!」
「ニカ、怒った君はますます綺麗だ。やはり明日にすれば良かったかな。あと二ヶ月も我慢するのは苦しい」
「そうやってごまかすつもり? 私はソフィアを蹴落としてまで、貴方と一緒になりたいなんて思ってないわ」
ラファエルは私を見ながら、冷静に肩を竦める。
「それは残念。私は違うかな? たとえ周りを蹴落としてでも、君を手に入れたい」
「なっ」
「そうそう、ソフィアの相手の話だったね。もちろん私ではない。よく見ていればわかったことだ。彼女が好きなのは……」
彼が告げた名に、私は固まる。
――完全に盲点だった。
さて、誰でしょう?
更新ペースちょっと落ちます。
大切に読んで楽しみにして下さっている方、すみませんm(_ _)m




