運命の舞踏会 4
覚悟を決めて、ラファエルの紫色の瞳を真っ直ぐ見つめる。彼にはどうせ全てバレているのだ。幼い頃のソフィアへの嫌がらせも、今回の誘拐のことも。それならもう、言い逃れはできない。
「私も、ということね? できれば水宮の牢獄を希望するわ」
最後まで、悪役でいると決めたのだ。
牢獄に入る準備もできている。
ラファエルが私と結婚すると言ったのは、きっと何かの間違いだ。
彼は一瞬目を細めると、息を吐きながら金色の髪をかき上げた。さっき私が、戻してあげたいと思っていた前髪。
「ニカ、まだわからないのか。そんなに私のことが嫌い?」
首を振って否定する。
嫌いなわけがないじゃない。
それなら、こんなに悩まなくていいのに。
「良かった。それなら予定通り、二ヶ月後に結婚しよう」
「……はい?」
まだ言うの? フィルベールの持って来た証拠を見ておきながら、無視するつもり? だったら義妹との約束はどうなるの?
「ソフィアのことは? 自分達のことを父に告げるって……」
「ああ。あの話、ニカも聞いていたのか」
ラファエルに悪びれる様子は全くない。舞踏会後に、ソフィアと自分との仲を父に話すと約束しておきながら、今ここで私には結婚しようと言う。
もしかして二股? 結婚は私で、本当に好きなのはソフィア。父が許すとは思えないし、ヒロインと悪役令嬢両方なんて、あり得ない組み合わせなんだけど。王子、まさかの二股なの?
「おかしいな。それならなぜ、ソフィアがここに出て来るんだ?」
「なぜって? だって、ソフィアと貴方は仲を認めてもらうんでしょう? 私と別れた後ですぐ」
「ニカ、やはり君は……」
彼がため息をつく。
でも、間違ったことは言っていない。
私はあの日、この目で見てはっきり聞いたから。
「長くなりそうだ。とりあえず座って」
ラファエルが私を長椅子に導く。素直に従うと、彼も私の隣に座り長い足を組む。そして、困ったように笑いかけると話し始めた。
「以前、王家の人間には生まれつき魔力があると話したこと、覚えている?」
「ええ、もちろん。確かそのせいで幼いうちは成長が遅れる、だったわよね?」
「そう。ただ、それも人によって違う。私の場合は特に成長が遅かった」
「そうなの? 他を知らないから……」
魔法のことはラノベにはちょこっと記載されているだけ。だから実は私も、ほとんど知らない。
言われてみれば昔の私は、エルを女の子だと信じて疑わなかった。年齢もソフィアと同じだと思うくらい、華奢で小さかったのだ。
「十歳になるまで、魔力量と成長は反比例する。魔力の多い者ほど成長が遅れ、少ない者は早い。ただし、頭の構造は別だ。子供の中ではニカだけが、話が合って面白かった」
「それはどうも。でも、あの頃私が話したのって、ほとんどが『ブラノワ』のことよね? まさか当の王子にストーリーを語っているとは思わなかったわ」
それも今ではいい思い出だ……じゃなくて! なんで今さら昔のことを?
「あの頃から私は、たった一人が気になっていた。彼女の側にいるために、理由をつけては公爵家に通い続けた」
知ってる。それってソフィアのことでしょう? 今から彼女への想いを打ち明けるつもりなのね。
「ところがある日を境に、彼女が私を避け始める。それなら私は、彼女が逃げられないようにしようと決意したんだ」
そんなことがあったかしら?
義妹はいつでもエルにベッタリだったと思うけど。
「彼女でなければ婚約しないと訴えた。そうでなければ、跡を継がないと。さすがに困った父が、反対していた公爵に対して積極的に働きかけてくれた」
――あれ?
「彼女自身にも、形だけでも構わないから婚約しようと告げた。たとえ私より看守の方が良いと言い続けても。そうすれば確実に、十八までは隣にいられる」
待って。ラファエルが語っているのって私のこと? おかしいわね。それならどうしてあの時、ソフィアを優先したの?
「自分を犠牲にして、私と婚約したんでしょう? ソフィアを守るために」
「どこからそんな考えが?」
「ソフィアへの意地悪を少なくしてほしいって、貴方が私に言ったのよ?」
「そりゃあね? 娘のことが可愛い公爵は、まだ君を手放すつもりはなかったから。いたずらばかりの君が王子の相手に相応しくないと判断されたら、婚約の話自体が白紙に戻されてしまう。それに、君自身がソフィアへ意地悪をする度、つらそうにしていたから。だったら私のせいにして、やめればいいと考えた」
「そうなの……」
小さな頃のラファエルは、私のことを気に入っていたらしい。それならいつ、心変わりをしたのだろう?
「始めはおかしな子だと思っていた。自分が本の世界に生まれ変わったと、本気で信じているんだから」
「その理由も説明したはずよ? 前世の記憶があるって」
「そうだね。今は何となく、理解している。彼女の機転や知識は好きだった。ちょっとしたことで赤くなるところや、くるくる変わる表情も。彼女だけが、私を特別に扱わない。対等な関係はそのままでいいと言われているようで、居心地が良かった」
悪役令嬢の私が、王子をちやほやするわけがない。ヒロインの相手だと、わかっていたから。
「どんどん綺麗になっていく彼女を見て、いつしか私は、誰にも渡したくないと考えるようになった」
人並み外れた容貌のラファエルに綺麗だと言われても、あまり実感が湧かない。それよりも、誰にも渡したくないって……
不覚にも、胸がときめきうろたえる。
いけない、話は最後まで聞こう。
「だが彼女は私に頼らず、寄りかかろうともしない。呼び出して、公務に連れて行くだけで精一杯だ。ダンス以外でなかなか触れることもできず、挙句の果てには攫われてしまう。私の目を盗んで仲良くしていた男なんかに!」
うわっ、ここで来たか。
だからソフィアが良くなった?
そういえばあの時、護衛が真っ先に救出したのはソフィア。きっと彼の指示ね。
「魔法石が役に立って良かった。うなじへの刻印は力が弱かったようだ」
「……刻印?」
「それについてはまた後で。でもね、ニカ。私だって男だ。君が他の男に触られたと考えると、やはり面白くない」
「いえ、貴方も結構触っていたけど……」
「あんなもので私が満足するとでも? 本当に君は可愛らしいね」
ラファエルが色気たっぷりに笑うから、途端に心臓がドキドキしてしまう。背もたれに腕を置き、にじり寄るのはやめて。そうやってごまかさずに、きちんと話をしてほしい。
私は彼から距離を取るため、長椅子の上で後ずさる。ラファエルは私の髪を一房手に取ると、そこにキスを落とした。
「とりあえず、今はこれで。どこまで話したっけ? ……ああ、君との旅行からか。南部の教会から礼状が届いたから、また行こうね」
本当にそうできたら、どんなにいいことか。
それにしてもソフィアは?
彼女の話はどうなった?
イチャイチャ続きます(〃ω〃)




