運命の舞踏会 2
舞踏会が始まった。
大広間の天井から吊り下げられたシャンデリアが、眩いばかりの光を放っている。幾何学模様の大理石の床には、緋色の絨毯が敷かれていた。絢爛豪華な会場にいるのは、笑いさざめく貴族達。その誰もが王宮の舞踏会に出席するとあって、いつになく張り切り豪奢な装いだ。
コルセットをぎゅうぎゅうに締めつけているから? それとも、会場の色とりどりの衣装と人々が発する熱気のせい? なんだか、くらくらしてきたような気がする。
けれどいくら気分が悪くても、私はここで退場するわけにはいかない。これからが本番で、物語の本編がもうすぐラストを迎えるから。この日のために私は、頑張ってきたようなもの。立派な悪役令嬢になろうと、そりゃあもう大変な努力をしてきたのだ。
緊張している私は、傍らの婚約者を見上げた。金髪に紫色の瞳が特徴的なこの国の第一王子は、私と同じく十八歳。本当にいつ見ても綺麗な容姿をしている。
「どうした、ヴェロニカ。私の顔に何かついている?」
「いえ、別に」
いつになく素っ気なく振る舞う私。でも別に、彼のことが嫌いなわけではない。というより、鼻筋の通った完璧な顔にかかった金色の前髪を、かき上げてあげたい衝動に駆られる。
いけない、最後だからって気を抜いてはダメよね?
だってそれは、私の役目ではないから。彼の隣は本来、ヒロインである義妹のソフィアのもの。私は今から、彼に婚約破棄をされる身だ。それさえ済めば、今日を限りに二度と会うこともないだろう。彼には彼の、私には私の新たな人生が待っている。
一瞬、胸に痛みが走る。
そんなバカな! 感情を否定すべく、私は慌てて首を横に振った。
私の相手は、王子ではなく看守なのだ。『水宮の牢獄』にいる年上で渋めの男性が、ずーっと前から決まっていた私の運命の人。元々彼に会うため、私は悪役令嬢を頑張ってきたのに。
悔いのないよう、部屋もしっかり片付けてきた。牢獄にいつ放り込まれてもいいように、ここに来る前丹念に入浴も済ませてある。何を隠そう、身に着けているものも全て新品だ。準備はバッチリだから、これで心置きなく牢獄へ――本編終了後の番外編に行ける!
ラファエルが、自分の腕に手を添えるよう身振りで私に促した。形だけとはいえ、一応私達はまだ婚約中。あと少し、ほんのわずかな時間だけれど。
――彼への想いはきっぱり諦めたはずなのに、やはり胸が痛い。私はどうすれば良かったのだろう。どうすれば、貴方に振り向いてもらえたの?
婚約者と腕を組む私を、義妹がじっと見つめている。そう、彼が好きなのは私ではない。
ごめんねソフィア、もう少しだから待っていて? まもなく王子は、完全に貴女のものになるのだから――
ラファエルは、躊躇することなく私を連れて皆の前に進み出る。そして会場にいる人々を見回すと、凛としたよく通る声を響かせた。
「皆、よく聞いてくれ。私から重大な発表がある」
――思った以上に苦しくて、私は鋭く息を飲む。組んだ腕と反対の手を、爪が食い込むまで固く握りしめる。動揺してはいけない。最初から、わかっていたことでしょう?
私は半ばやけくそ気味に、気持ちを奮い立たせた。
いよいよね。待ってました、婚約破棄!
この後私は、王子である彼に義妹への嫌がらせの数々と悪事を糾弾される。婚約を破棄されると同時に貴族社会からも追放され、牢獄へと連行される予定だ。
悪役としての私は、捕まえられて終わり。
「長すぎる婚約は、互いにとって良くなかった。そのせいで、ここにいる私の婚約者は――」
続く言葉を私はよーく知っている。
『信頼を裏切り自分の義妹を痛めつけ、悪事に手を染めた。よって、婚約を破棄する!』だ。
今までのことを一気に思い返したせいなのか、ますます気分が悪くなる。耳を塞ぎたいけれど、ここは我慢だ。悪役令嬢として生きてきた私は、過去の報いを正々堂々、自ら受けるべき。
私の顔をチラリと見たラファエルが、笑ったようにも感じた。だけど問いかける前に彼は再び前を向き、大きな声を出す。
「――手に負えない程綺麗になった。よって、二ヶ月後には式を挙げようと思う。皆も盛大に祝ってくれ!」
会場がシンと静まった後、一斉に祝福の声が上がる。歓声や拍手も聞こえてきたけれど、私は今のこの状況が全く理解できていない。
「嘘……」
呆然とする私に、ラファエルが優しく語りかける。
「聞いての通りだ、ニカ。挙式は明日でも良かったが、思い直した。女性にはやはり、準備期間が必要だろう?」
……は?
私にもわかる言葉で説明してほしい。
祝辞を述べる国王には、機械的に挨拶を返す。何を言われたのかもさっぱり理解できず、上手くごまかせていればいいと思う。
私達の婚約は、偽物だったはず。誘拐の証拠も提出したのに、なぜそういう話になるわけ?
「どうして? 私はさっき証拠を渡して……」
混乱したまま呟く。こんな展開、『ブラノワ』には絶対ない!
「証拠? 何のことだろう。不要な紙なら私がこの手で処分しておいた」
ラファエルが、澄ました顔で答える。
いや、誘拐をなかったことにしたらダメでしょう。
「そんな! あれは大事な……」
「気がつかなかったな。ここからは独り言だが……」
言うなりラファエルは、私の耳に唇を寄せる。
「別室にいた令嬢達は、無事に保護し家に帰した。国外に行った者も手を尽くして探し出し、帰国の交渉中だ。主犯だけが逃げおおせているが、間もなく捕まる。君が攫われてくれたおかげで、事件はほぼ解決した」
それは良かった……じゃなくて!
「私も一時仲間だったのよ? 悪いことをしたんだし、言い逃れはしないわ」
「ニカ、君の言う意味がよくわからない。攫われたのに、加害者のことを君は仲間と呼ぶの?」
おかしいわ、話が全然通じない。それなら、一番大事なことを聞いてみよう。
「それならソフィアは? 義妹の気持ちを無視するつもり?」
「ソフィアの気持ち? どういうことだ」
私は義妹に目を向けた。さぞやショックを受けて……。驚いたことに、ソフィアはまだ嬉しそうに拍手をしている。
「どうして? 貴方達は愛し合っているのでしょう?」
「私とソフィアが? まさか」
ラファエルは、すぐに否定した。
けれど私は、二人の親密な会話を聞いている。それについ先ほども、こちらをじっと見つめるソフィアの視線を感じていたのだ。
ラファエルは大きなため息をつくと、強張った表情の私に手を差し出す。
「先ずは踊ろう。その後でゆっくり話を聞くから」
納得できないものの、この場は彼の言う通りにするしかなさそうだ。
国王夫妻を別とすれば、一番身分が高いのは彼だから。国王に踊るつもりがない以上、王子が踊らなければ舞踏会は始まらない。
私は渋々ラファエルの手を取ると、広間の中央に進み出た。
コピペの中に真実が(*・ω・)ノ