悪役はつらいよ 15
いつもありがとうございます。
夕方の更新にしてみました('◇')。
――わけもなく。
あてがわれた部屋の長椅子の上で、私は朝から頭を抱えていた。
「まだガンガンするわ! 二日酔いってこんなにキツイの?」
「ふつかよい? 大酔いのことですか?」
「こっちではそう言うのね」
「こっち、とおっしゃいますと?」
「いえ、何でもないの」
私の担当女官は、すごくいい人だった。冷たい水を渡してくれたり、水に浸した布を目に当ててくれたり。こんなに酷い状態なのは、夕食でワインを飲み過ぎたせいだから、完全に私の落ち度だ。
夕食の途中からほとんど記憶がなく、気づけば部屋にいた。そのため、自分で服を着替えたことも全く覚えていない。首元の虫刺されにしたってそう。赤くなっているけど痒くないのが幸いといえば幸いだ。
唯一思い出せるのは、明日からまたいつもの自分でいようと言い聞かせたことだけ……って、既に無理だわ。
「うう、痛い。まろやかで美味しかったけど特産ワイン、恐ろしいわね」
私は額に手を当てる。自力で部屋に戻れたくらいだから、酔って大暴れなんてしてないわよね? もう少しで偽婚約者としてのお役も御免なのに、最後に大ポカをやらかした感じだ。まあ、酔ったくらいで婚約破棄にはならないと思うんだけど。
ノックの後、返事を待たずに誰かが部屋に入ってきた。
「もうすぐ出発だ。ニカ、具合はどう? おや、目の周りが赤いね」
「ラファエル! そんなはっきりと……」
腫れぼったくなるほど深酒した自分が、非常に恥ずかしい。
「帰りは馬車をゆっくり走らせよう。何なら私と二人で、もう一泊していく?」
「しません!」
女官もいるし、そういう冗談はやめてほしい。ただでさえ頭が痛くて、答える気力もないのに。
「まあいいか。弱ったニカもすごく可愛いかったし」
「なっ!」
「あら」
ラファエルったら、何てことを言い出すの。女官を赤くさせてどうするつもり? 私と仲のいいフリなんかしたら、後が大変よ? 婚約者がソフィアに代わった時に言い訳するのは、貴方なんだから。
それになんか今、聞き捨てならないセリフを聞いたような気が。
「ちょっと待った! 弱ったって?」
「秘密。でもニカを部屋に運んだのは、私だから」
「え? じゃあもしかして、着替えさせたのも……」
「さあ、どうだろう?」
笑いながら部屋を出て行くラファエルは、何だか機嫌が良さそうだ。問いかけるような目を女官に向けたところ、微妙な感じで笑われた。ま、まさか!?
冷静になって考えよう。ラファエルが、私の着替えごときで上機嫌になるはずはない。私のドレスを脱がせたのは女官で、彼が嬉しそうなのは、もうすぐソフィアに会えるから。きっとそうだ、そうに違いない。
私達を乗せた馬車は、日暮れになってようやく天宮に到着した。いえ、二日酔いのせいではなく、休憩を多めに取っただけ……って、やっぱり私のせいなのね。
ラファエルはぐったりしている私を見て、自分にもたれかかればいいと言ってくれた。本調子でない私は、彼の言葉に甘えて素直に肩を借りる。おかげでなんとなく回復したみたい。お酒はもう、飲み過ぎないように注意しよう。
馬車を降りた私達は、国王に報告するため玉座の間に向かった。途中、廊下で待っていたソフィアが駆け寄って来る。
「ご無事のお戻り、何よりです。待ちきれなくて、来ちゃった!」
ソフィアは今日も可愛らしい。
秋に社交界デビューをする義妹は、花が綻ぶように綺麗に笑う。
「ただいま。クレマン、ソフィアの相手を頼む」
ラファエルは片手を上げ、護衛を呼び寄せる。ベテランの護衛に頼むあたり、彼が義妹を大切に思っている証拠だ。ソフィアも王子の仕事の邪魔をしたと気づいたのか、頬を赤くして反省し、護衛に導かれるまま素直について行く。
「もう少しお話しても良かったのよ?」
「話す? どうして?」
言葉は要らないということだろうか。それとも公務を優先しなくてはならないから、ソフィアとの時間は後でゆっくり取るってこと?
どちらにしろ私には関係がなく、これは二人の問題だ。胸の痛みは無視しよう。
これから先『ブラノワ』では、王子と白薔薇のシーンが続く。白薔薇が義姉を不幸にするわけにはいかないと嘆き、王子はそんな彼女に心配は要らないと慰める。
ヴェロニカが次に登場するのは、ソフィアの社交界デビュー当日。暴漢に襲わせたソフィアを、陰からこっそり眺めるのだ。その後、物語はクライマックスを迎える。
だけどもう、そんな気はない。愚かな自分に気づいた私は、悪事をやめることにしたから。
ストーリーを知る私でも誘拐は怖かった。ソフィアはさぞ恐ろしかったことだろう。ラノベでは平気でも、現実なら確実にトラウマレベルだ。
自分もいじめられたことがあるくせに、ソフィアをいじめようとしていた私は、人として最低だった。悪役令嬢になりたいという、自分の欲だけを優先していたので。
その考え方は、前世で私をいじめていた浅はかな連中と同じだ。気に入らないことがあったからとか、異質な者を排除したいという、自分勝手な欲求。そんな欲を満たすためだけの理由と、何ら変わりはなかった。
自分がされて嫌なことを、他人にしてはいけない。逆に自分がされて嬉しかったことを、周りの人にしてあげたいと思う。私は南部の教会で、そのことにようやく気づいた。
悪役令嬢が輝けるのは、本物のラノベの中でだけ。現実世界で同じことをすれば、ラファエルの言う通り、重犯罪者で火あぶりとなってもおかしくない。それに、王子が助けに来るとわかっていても、ソフィアを危険な目に遭わせるわけにはいかないのだ。
婚約破棄まであと少し。
ここまで来れば私が悪役にならなくても、二人はくっつくはず。ラファエルに会えて嬉しそうな顔をしたソフィアを見た時に、私は確信した。
番外編で愛されたい。
それが十年前からの私の願望だった。
だけど私は自信がない。これから出会うジルドに私はときめくの? なぜなら、今の私が好きなのは――
「ヴェロニカ、いいかな? 今回のことは父も喜ぶと思う」
「ええ。行きましょう」
考えごとをしている場合ではなかった。私はまだ彼の婚約者なのだ。最後の報告をするために、私は玉座の間に足を踏み入れる。
理路整然と話すラファエルの隣で、頷くだけで良かった。大して時間もかからずに公務の報告を終える。ラファエルの言った通り、国王は満足そうだった。
ただ一つだけ、「見せたのか?」という王の問いに、彼が「はい」と答えた意味がわからない。万一着替えのことだとしたら、見せたのは私だ。まあ、見たくもなかったでしょうけれど。だからたぶん別の話。彼は私の知らない所で、司祭様に重要書類を見せたのかもしれない。
退室した私は、ほうっと息をはく。
『ブラノワ』では、当分ヴェロニカの出番はない。この後は王子と白薔薇が、愛を確かめ合う。寂しくもあるけれど、仕方のないこと。ソフィアが別室で、ラファエルを待っている。
「用事を思い出したの。もう帰るわね」
「疲れが取れていないのかな? ニカ、無理しないで」
「ありがとう、ラファエル。楽しかったわ。さようなら」
想いを込めて口にする。
最後くらいは笑顔で別れたい。
次に会うのは舞踏会。彼はそこで私を棄てて、ソフィアを選ぶ。
つらくなるので、見送りは断った。本物の悪役には程遠くても、ヴェロニカへの憧れが減ったわけではない。最後まで、泣かずにいたいから。
一人で馬車に乗ろうとした瞬間、ふと考える。
もし悪役令嬢をやめた私が、ただのヴェロニカとしてラファエルに好きだと打ち明けたら? 想われている可能性はゼロに等しいとしても、何か言ってくれるのではないだろうか?
天宮に戻った私は、王子が執務室にいると聞き、慌てて向かった。仕事中だと悪いので、扉を静かに開ける。隙間から、こちらに背を向けて立つラファエルの姿が見えた。ドキドキしながら足を踏み出そうとしたところ、興奮したソフィアの声が聞こえてくる。
「どうして? どうしてまだなの?」
「言いたいことはわかるが、あと少し待ってほしい」
「もう、エルったらいつもそればっかり! なぜ私達のことをお父様に告げてはいけないの?」
「物事には順序がある。それでなくとも相手は……」




