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めざせ牢獄!〜悪役令嬢は番外編で愛されたい〜  作者: きゃる
第三章 本格的に悪事を働くつもりです
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悪役はつらいよ 14

 帰り際、司祭や領主からの招きを、ラファエルは固辞した。


「せっかくなのでこの機会に、可愛い婚約者とゆっくり過ごそうと思ってね」


 私のせいにするのはやめてほしい。

 もう少しマシな断り方があっただろうに。

 司祭様の視線が痛かった。領主夫婦も呆れていたように思う。


『大丈夫です、婚約とはいえ形だけ。間違いは絶対に起こりませんから!』


 どんなにそう言いたかったことか。

 でも、その後のラファエルの切り返しが怖くて、私は口を閉ざした。彼は人前でも平気で、私をからかう。羽の痕だってそうだ。見せたくないなら嫌だと答えれば良かったのに、あんな、あんな……

 熱くなった頬を触る私を、いたずらっぽい目で彼が見ている。これ以上面白がらせてはいけない。毅然(きぜん)とした態度で挨拶をしよう。


「教会はもちろんのこと、(ふところ)の深い司祭様をお招きできた地域の方々は、本当に幸せですわね。皆様に天使の恵みがありますように」


 深く膝を折り、礼をする。

 完璧だ! これで本日の私の役目は終了となる。


「こちらこそ。慈愛に満ちた高貴な方を一番にお迎え出来て、感激の極みです。これからもお二人が、天使に祝福されますように」

「すぐに三人になるかもしれませんよ? この分では、ご成婚も間近でしょうから」


 司祭の後を領主がを引き継ぐ。楽しそうに笑う彼らに、ラファエルも言葉を返す。


「彼女次第だが、努力しよう」


 その冗談、私は笑えない。もうすぐ婚約自体がなくなるのに、結婚や子供ができるわけないでしょう! 

 ……だけど、そうか。ソフィアと一緒になった後、二人でここを訪れればいいんだ。最初は驚くだろうけど、司祭様ならすぐにソフィアのことも受け入れて、ラファエルとの仲を祝福して下さるはず。そう考えただけなのに、急に胸が苦しくなる。


「ニカ、顔色が悪いようだね。疲れたのかな? すぐに宿に戻ろう」


 私を気遣うラファエルは、どこまでも優しい。




 宿に戻った私達。初めての泊まりということもあって、御者や女官、護衛や侍従などが同行している。宿を丸々貸し切っているので、警備の点でも心配はない。フィルベールが逃走中のため、警戒も厳重だ。

 それなのに、夕食時隣に座ったラファエルが、変なことを言い出した。


「ニカ、夜は危ない。羽の疑問も解消してあげるから、私の部屋においで?」


 飲んでいた水を思わず噴き出す。

 慌てて口を拭うけど、淑女にあるまじき行為だ。


「こ、こんな所で! 羽のことはもういいから。別にそんなに見たいわけじゃないし」


 みんなのいる前で、当然のように変なことを言わないでほしい。婚約中とはいえ、未婚女性を部屋に呼ぶのはマナー違反だ。それに、自分の子を宿す女性……愛し合う相手にしか見せないって、さっき自分で言ってたくせに!


「なんだ残念。じゃあ、私が君の部屋に行こうか?」

「ダメに決まっているでしょう! ラファエルったら、恥ずかしいわ」


 焦った私は目の前のグラスに手を伸ばし、一気に飲み干す。この地方特産の白葡萄を熟成させて作った、甘いワインなのだとか。


「うわ、美味しい!」

「ああ、私も好きだよ」


 好きだと言われた瞬間、鼓動が大きく跳ねた気がした。落ち着こう、ワインのことだってば。

 私はごまかすようにお代わりを口にする。宿の給仕がつきっきりでグラスに入れてくれるから、さっきの会話も聞かれていたに違いない。

 ラファエルのことは、なるべく考えないようにしよう。彼にはソフィアがいる。そして、私にはジルドがいるのだ。


「ええっと、ニカ。ペースが早くないかな?」

「平気。とっても美味しいもの」

「口当たりは良いけれど、かなり強いお酒だよ?」

「子供じゃないんだし、心配しないで」

「そうだね。君はとっくに子供じゃない」


 ため息をつく彼の表情は、壮絶に美しい。色香もたっぷり出ているから、私も含めて周りの者も見惚れているようだ。ごめんね、ソフィア。赤くなるのはお酒のせいだから。義妹のことが浮かんだ私は、大切なことを思い出した。


「大変! ソフィアにお土産を買うの、忘れていたわ」

「へえ。この頃ニカは、ソフィアと仲良くしているんだ」


 嬉しそうな彼を見て、胸が痛む。

 そういえばラファエルは、昔からソフィアのことを愛称で呼ばず『ソフィア』と丁寧に発音する。婚約する条件として、私に義妹をいじめないよう頼んできたこともあった。それくらいソフィアのことを大事に思っているのだろう。


 不意に湧いたこの感情を、なんと呼べばいいのかわからない。ソフィアを想う彼を見ただけで、悲しい気持ちになるなんて。

 ワインについ手が伸びる。今なら飲んで嫌なことを忘れたいという人の気持ちが、少しだけわかるような気がする。



 *****



 ふわふわして気持ちいい。

 私は夢を見ているのだろうか?

 なんだかエルが二人いる。これならソフィアと私で一人ずつ、ケンカしないで分けられるわね? 楽しくなった私は、クスクス笑う。二人もいるし急に大きくなるなんて、エルったら変だわ。


「……カ、ニカ。酔っ払っているのかな? このお嬢さんは」

「いいえ~全然。あくやくれいじょーたるもの、これくらい、では酔いません!」


 心配そうに(のぞ)き込むエルを黙らせたくて、私は大好きな人の唇に人差し指を当てた。エルはその手を握ると、指先に口づける。


「そんなことしたら、えーっと、王子様みたいよ?」


 女の子なのに……あれ、エルって女の子だよね?


「ニカ。上機嫌な君も可愛いけど、このままでは……」

「可愛いのは、ソフィアとエルでしょう?」


 首を横に振ったエルが、他の人と何か話しているみたい。


「……連れて行く。いや、……私が……」


 エルは可愛いと言うより綺麗かな? 

 でも変なの。男の人のような(しゃべ)り方だわ。 

 そう思った次の瞬間、私はエルに横抱きにされていた。


「へ?」

「ニカ、君をどうしよう? 今すぐ私のものにするべきか」


 よくわからないけれど、エルの(そば)は心地いい。私はエルの首にかじりつくと、安心して(まぶた)を閉じた。


「ニカ、こんな所で寝ないで……」


 困ったような声を聞いた気がする。だけど楽しい気分を壊したくない私は、気にしないことにした。


 ベッドに下ろされる感触で、目を開ける。

 髪を優しく撫で、頬に触れる手がひんやりしていて気持ちいい。ぼんやりした視界の中、白い翼の金の天使が私を(のぞ)き込んでいた。


「綺麗ね。羨ましいわ」


 天使の顔に手を伸ばす。

 (ひたい)にかかった前髪を、元に戻してあげたくて。


「ニカ、君の方が綺麗だよ」


 天使の声は(かす)れている。

 彼によく似た響き。

 さすが天使だわ。

 私の愛称を知っているのね?


「ありがとう。嬉しい」


 自然に笑みがこぼれた。

 お世辞を言う天使を寄こすとは、神様も(いき)(はか)らいをする。


「何度も言っているのに。好きだよ、ニカ」


 天使は私の髪にキスを落とす。

 次いで首や肩にも。

 この感触、どこかで……

 思い出そうとするだけで、胸が苦しく切なくなる。泣きたくなるのは、なぜ? 


 ああ、そうか。

 私は知らないうちに、あの人のことを好きになっていたのね? 私の弟子で一番の味方だと、信頼していて。だけど彼は義妹が好きで、義妹も彼のことが好き。そんなことは、最初からわかっていたはずなのに。


 好きだと告げても、彼は私のものには決してならない。私の方がソフィアより、長く(そば)にいたけれど。

 悪役はつらい。番外編にならないと、相手が登場しないのだ。違う、私が好きなのは、ここにいる天使なんかじゃない――


「違う……こんなに好きなのに」


 私は片手で目を覆い、涙を隠した。

 からかってばかりのあの人は、私のこんな姿を見たら、なんて言うのだろう?


「ごめんね、ニカ。もう放してあげられないんだ」


 天使が私に謝ったので、首を横に振る。純白の翼が、震えたような気がした。いくら天使でも、気づいたばかりのこの気持ちを変えることなどできない。だけど心配しないで。彼のことは、夢で想うだけだから。


「ラファエル……」


 明日になればきっと、いつも通りの私でいられる。

酔っ払いニカ(*''▽'')

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