悪役はつらいよ 13
でも教会が、貧しい者に率先して手を差し伸べてくれたことも事実だ。私の住んでいた地域では、心優しい牧師様が人々から寄付された品物を配ってくれていた。
「それなら、この後恵みを与えるのでしょうか? 集まった寄付や物資はどこに?」
「物資? いったい何のことですか?」
「ええっ!?」
まさか司祭様、本当に祈るだけで貧しい人々が救われるとお思い? 私は驚いて、傍らのラファエルを見上げた。
「ニカ、何か思うところがあるようだね? 今回私は、現状を把握するために来たんだ。君は違うの?」
「ええっと……とりあえず、馬車から私のトランクを下ろして下さる?」
ラファエルの護衛にお願いしてみた。
金色の短髪で背の高い方が昔からいる顔馴染みで、細身の茶髪は新人らしい。彼らは頷くと、私の大きなトランク三つ分を軽々と担ぎ上げ、教会の入り口まで運んで来てくれた。
今回の訪問先が教会と聞いて張り切った私は、寄付するためのお金や物を持って来ていた。もうすぐ要らなくなるから丁度いいと、トランクの中には服や小物、お菓子などを大量に詰め込んでいる。大きな声では言えないけれど、本屋で余った私の本も。
外に出て気づいた。ここの人々は新しい教会に興味はあるようで、遠巻きにして眺めている。断った手前、中に入れないといったところだろうか?
トランクの中からシーツを取り出した私は、その人達の目の前で中身を広げて並べ始めた。一人フリーマーケットと呼びたきゃ呼ぶがいい。
悪役だからよくわからなかったけれど、この国の教会に貧しい者に施しを与える、という習慣はなかったらしい。司祭様は何ごとだろうと首を傾げているし、貴族や民は興味津々といった表情で、私の取り出す品物を遠くから眺めている。ラファエルだけが別で、腕を組み私の行動を冷静に観察しているようだ。
全て並べ終わった私は、満足して両手を腰に当てた。次いで声を張り上げる。
「さあ、天使の恵みを受けたい者はどなたでもどうぞ! 教会は、みなさんの味方です。気に入った物があれば、持ち帰って下さい。もちろん、善意の寄付も受け付けます。天使はきっと見ているでしょう」
途端にその場がシーンとしてしまう。
あれ、ダメなの? 司祭様の許可を取っていなかったし、私が教会や天使を語るなど、おこがましかった?
だけど私は、教会には思い入れがあるのだ。前世ですごくお世話になっていたから。
段ボール箱の中に入った洋服やお菓子を取りに行くのが、小さな頃の唯一の楽しみだったと言ってもいい。お下がりの服には名前が書いてあったから、クラスでバカにされたこともある。けれど、その服がなければ着替えもなく、もっとバカにされていただろう。
本当はわかっていた。手にした品物には、見知らぬ誰かの優しさが、確かに込められていると。だからこの地域の教会にも、できればそんな役目を担ってほしいのだ。
でも誰も近寄らず、不思議そうに見ているだけ。やっぱり変? いきなりでは無理があるの?
私は唇を噛み、うつむいた。
そんな私に近づく人がいる。
「では、この本を。非常に面白そうだが、お代は要らないのだろう?」
私の意図を正確に理解したラファエルが、本を手に取った。さくらが王子だなんて、贅沢過ぎる!
「ええ、もちろん。余裕のある方だけで」
「そう。それならこれを。私は余裕があるからね?」
ラファエルは手袋を外すと、指に嵌めていた指輪を引き抜き、私に差し出す。
ちょっと待った! 私の本と引き換えにルビーでは、価値が全く違うと思う。慌てて返そうとしていたら、何人かが寄って来た。ラファエルの行動を見た他の貴族達が、興味を示したみたい。
「そんなにすごい本が?」
「他にも色々あるようよ。ストールとか日傘なら、ちょうど欲しいと思っていたの」
身なりのいい人達が、私の持ってきた品物を物色し始めた。特にご婦人方は熱心で、裏や中身までしっかり確認するからちょっぴり恥ずかしい。持ち物に、名前は書いてなかったはずなんだけど。
本当は、貴族よりも民に無料で配りたい。でも、初めて見る物に手を伸ばしにくいのは事実だし、突然タダだと言われても、変な感じがするのだろう。
そう思っていた時だった。
「あの! 私もいい?」
人垣の中から、小さな女の子が進み出た。この辺の地域の子らしく、少し汚れた服を着ている。五~六歳くらいの愛らしい子だ。その子を見た貴族達は、そそくさと道を開ける。
「もちろんどうぞ。何がいいかしら?」
「クマさん! だけど、知らない人から物をもらうのはダメだって言われていて……」
女の子は背後を気にしながら、私の横のクマのぬいぐるみを指さした。それは、私が小さな頃に遊んでいたもので、大事な思い出の品。けれど今後必要はなく、身辺を整理しようと思って手放すことを決めたものだ。
「そう。言いつけを守って偉いのね。でもここは教会で、司祭様は知らない人ではないわ。これからみんなのために、心を砕いて下さるの」
私達の会話を聞いていた司祭様が、にっこりしながら頷く。
「それからこのクマも、貴女のことを見ているみたい。貴女のものになりたいって、教えてくれたわ」
「本当?」
私は近付いて来た女の子に、ぬいぐるみを手渡した。その子はギュッと目をつぶり、大事そうにクマを抱き締めている。欲しかった物が自分だけの物になる時の、ドキドキする気持ち……かつての私を見ているようで、胸が締め付けられそうだ。
「ありがとう。もらってくれて、嬉しいわ」
心からそう言った。
近い将来私は逃亡し、この国からいなくなる。けれど私のクマは、この子と一緒にここで暮らしていくのだろう。
そこからが、すごかった。
本当に無料だとわかったからなのか、それとも実は気になっていたのか。地域の人達が一部の貴族と一緒になって、品物を手に取っては列を作り始めたのだ。
寄付した物なので、勝手に持ち帰っても良いのに。一番最初のラファエルが私に確認したせいか、貰う前に私に聞くというスタイルが定着したらしい。
ここに暮らす人々は貧しくても高潔で、ただで施しを受けるのを良しとしていないようだ。そのために「次は野菜を持って来る」とか「お返しに川で釣った魚なら」と言い出すので、「お気遣いなく」とやんわり断る。
私のことは知られていないようだけど、次も来られるとは限らないから。
そうか、この役目に最も相応しい人がいる!
私は途中から、司祭様に代わっていただくことにした。彼は見た目通りの人格者で、来た人全てに優しく対応している。「天使の恵みを」や「天上の光があなたに降り注ぎますように」との言葉をかけて下さって。
おかげで、そこまで価値のない物を手にした人でも、幸せそうな顔をしているようだ。
前世では貧しかった私も、幸せは物ではないと知っている。だからこれは、ただのきっかけ。
思いがけず嬉しいことがあったり、誰かに認められて必要とされたり。親しい人から「元気?」と声をかけられるだけでもいい。些細なことでもそっちの方が、より幸福を感じられるのだ。
いつの間にか隣に来ていたラファエルが、私の肩を抱き寄せる。いつもなら身を固くする私だけど、今は気分が高揚しているせいで、素直に寄り添う。
「ニカ、気づいてる? 君はすごいことをやってのけたんだ。初日から受け入れられた教会は、わが国でも初めてだろうね」
少しは役に立てたのだろうか? 教会と訪れた彼のために。
偽物だけど今はまだ、私は王子の婚約者。彼と一緒にいるのは、振り返ってみれば楽しいことの方が多かったように思う。
私の用意してきた物は、あっという間に無くなった。トランクの中には、余裕のある人が入れて行ったと見られるお金だけ。もちろん全て、教会に寄付する。
今回だけで終わらせてはならないと、私は知っている限りの教会の活動を司祭様にお話することにした。自分が転生したことは、もちろん伏せて。
わかってもらえたようだし、ラファエルも今後の支援を約束してくれたから、この教会は本当に、地域の人達の希望となるかもしれない。
願わくば、一人でも多くの人が幸せになれますように。
素のニカ(*^_^*)。