悪役はつらいよ 12
もちろん、振り向かずに注意した。
彼と目が合うと変な気分になるからだ。
「何のことかな? 君は関係ない男達には触らせるのに、婚約者の私が確認するのは嫌なの?」
「嫌とかそういう問題じゃないでしょう? それに、関係だなんて……」
「ないよね? もし仮に、君がフィルベールや彼の仲間と深く関わっていたとしたら、即座に処刑されてしまう。人攫いや人身売買は重罪だから、間違いなく火宮の刑場で火あぶりだろうな」
「……っ」
まさかそんな! それだと本編が終わらずに、人生が終わってしまう。
おかしいわね。『ブラノワ』でのヴェロニカは結構な悪さをしていても、ちゃんと水宮の牢獄に行けたのに。わざわざそんなことを聞くってことは、ラファエルは私の机の中を見ていないの?
「もちろん私は、ニカのことを信じている。と、いうことで続けようか?」
攫った男達と関係があると言えば、ラファエルからは解放されるけど、火宮の刑場行きだ。関係がないと言えば、命は助かってもラファエルにベタベタ触られる。どっちを選ぶかなんて、考えるまでもないのだけれど――
「待って! 今、どさくさに紛れて肩にキスしたわよね? しかもどうしてドレスの中に手を入れようとしているの?」
「ん? 魔法石がどうなったかな、と思って」
ラファエルは、綺麗な顔でしれっと答える。
「さっき使ったって言ったでしょう! それに、火の相性がどうとかって話したはずじゃあ」
「そうだった、うっかりしていたよ。ニカ、君に大きな怪我がなくて嬉しい」
絶対わざとだ……彼はわざと私をからかって、遊んでいる。馬車が家に着いて良かった。攫われた時とは別の意味で、身の危険を感じるとは。
暇つぶしに悪役令嬢にまでセクハラしようとするなんて、この王子は相当曲者だ。帰ったらソフィアに警告しなくちゃ。
湯浴みの時に私は、手首の擦り傷がすっかり消えていることに気がついた。思い当たるのは、ラファエルに確認と言われ触られたこと。変ね、舐めて治したわけでもないのに?
そこまで考えた私は、慌ててお湯に顔をつける。いえ、舐めてほしいと思っているわけでは全くないの。だったらラファエルの魔法って、もしかして……
誘拐事件の翌日から、私は心を入れ替えることにした。だって、ソフィアを攫ったことがバレたら、即刻火あぶりにされてしまうのだ。法律がいつ変わったのかは知らないけれど、良い人にならないと我が身が危うい。
それに正直、善行を積み重ねていけば、極刑も免れるかもしれないという打算もあった。
そうでなくともソフィアには、悪いことをしたと思っている。義妹は可愛らしくて良い子な上、純粋で人を疑うことを知らない。攫われていたあの時も、最後まで私を見捨てず、後ろ手に縛られた私の縄を解こうと必死に頑張ってくれたのだ。
そのソフィア。最近では私を相手に、色々な話をする。もちろん大半が、大好きなラファエルのこと。
「本当に素敵だったわね。救出に来た時の彼の凛々しい立ち姿と言ったら!」
「そうね。でもソフィア、その話何回目?」
「だって、危険な場所に私を助けるため、わざわざ乗り込んできてくれたのよ? 彼なら指示する立場なのに」
確かにそうだけど、いい加減聞き飽きた。義妹は、ラファエルに救われたことが相当嬉しかったらしく、頬を染めて当時の様子を何度も繰り返すのだ。王子との密やかな恋、どこに行った?
「ねえ、ソフィア。貴女その……平気? 色々触られたりとかって……」
「触られる? ああ。もちろん、彼とくっつくのは好きよ」
わけ知り顔で頷くソフィア。驚いた、まだ十五歳なのに随分進んだ考え方ね。もしかして、私が古いの? だけど、ラファエルもラファエルだ。ソフィアとくっついていながら、私にも手を出そうとするなんて。
それともあれは本当にただの治療で、光魔法を使う必要があったから仕方なく?
「胸の奥が温かくなったり、会えただけで苦しくなったり。彼が私に笑いかけてくれたら、それだけで生きていて良かったと思えるの」
さすがはヒロイン、健気だ。その台詞も、ラノベのどこかで出てきたような気がする。確か義姉ではなく、侍女相手に話していたはずなんだけど。
「そう。貴女は彼のことが、本当に好きなのね」
「もちろん! 私には彼しかいないもの」
まただ。何でソフィアの話を聞くと、身体の奥がチリッとするわけ?
「どうしたの? ヴェロニカ」
「いいえ、別に何も」
なんだか胸がざわめく。ソフィアはいつから私のことを、『お義姉様』と言わなくなったのだろう? 白薔薇は、黒薔薇のことをそう呼んでいた。なのに今のソフィアは、私を名前で呼ぶ。
ここに来て私は、少しずつ理解し始めている。この世界は『ブラノワ』だけど、何かが違う。景色や登場人物はそっくりなのに、何だか少しずれているのだ。
ヒロインのソフィアはおとなしいだけではなく、明るくて芯が強い。ヒーローのラファエルはカッコいいけれど、誠実というにはちょっと。でも大筋はストーリー通りで、二人がお互いに惹かれ合っていることは変わらないようだ。ソフィアはラファエルを褒めちぎるし、天宮にも頻繁に通っている。
それならどうしてラファエルは、私との婚約を続けているのかしら? まさか面白いから、とか?
「どうした、ニカ。いろんな顔の君も可愛いけど、式が始まったら真面目にね」
隣にいたラファエルが、自分の口元にこぶしを当ててクスリと笑う。
――そうだった。今私達は、国の南部に泊りがけで来ている。新たに建設された教会のセレモニーに参加しているのだ。
良い人になると決めた私は、ラファエルの公務にも、彼の婚約者としてにこやかに同行している。ソフィアには悪いけど、どうせあと一年もないので許してほしい。
それに、教会には少し思い入れもある。貧しい南部の地域に、希望の象徴となるような教会が建てられたのだと聞き、見てみたいと考えたのだ。立派な教会は、今後この地域のために役立つことだろう。だからこの場に相応しい、厳粛な顔をしなくっちゃ。
ちなみにこの国では、神よりも天使が尊ばれる。ノヴァルフ国は元々、天使が地上に降り立って建国したとされているからだ。王家は天使の子孫で、背中には羽の名残があるらしい。そういえば、長年一緒にいる私でも、見せてもらったことは一度もない。それって本当なのかしら?
「ねえ、ラファエルの背中にも羽の痕があるの?」
「どうした突然。気になるなら見せてあげるけど、帰ってから寝室でね? 私の子を宿す者にしか、披露しないと決めている」
「なっ……バッ」
「しーっ。ほら、そろそろ始まる。真顔で頼むよ?」
またしても、彼にからかわれたのだとわかった。思わずバカと言いそうになった私は、慌てて口を閉じる。
楽しそうな顔から一変、表情を消したラファエルは、教会にある天使の彫刻よりもはるかに美しい。黄金の髪はサラサラで、光を集めた絹糸のよう。通った鼻筋も形のよい唇も、煌めく紫色の瞳もこの世のものとは思えないほど、全てが完璧に整っていて。
もしかして噂は、本当なのかもしれない。祖先が天使であるからこその、この美貌。高度な魔法が扱えるのは、そのためなのね? だからといってもちろん、彼の寝室に行くつもりはない。
儀式は無事終了。
人のいい司祭様が内部を案内してくれたので、私は質問をしてみることにした。
「あの、見たところ司祭様や貴族の方だけが参加されていたようですが。民のための教会だと伺っておりましたのに、一般の方はどなたも?」
「ああ、やはりお気づきになられましたか。もちろん招待は致しましたが、象徴だけで腹は膨れないと断られまして」
「まあ!」
言いながら、その通りだと思った。
前世で貧しかった私は、お金の面でかなり苦労をしている。祈るだけで満たされるなら、教会に毎日入り浸っていたに違いない。
すぐにイチャイチャする二人(//∇//)