悪役はつらいよ 11
ニカ父が冷たくなった理由(ノ_<)
ラファエルは、私の机の中身を見たはずだ。そうでなければこんなに早く、ここに辿りつけるわけがない。私の付けた花丸に惑わされず、愛の力でソフィアを探し当てたところは、流石だと思う。
だけど、手紙やメモはヒロイン誘拐の証拠品で、本来は婚約破棄の前日に見つかるもの。王子は証拠の書類とそれまでの悪事を突きつけて、ソフィアの社交界デビューの日に、みんなの前でヴェロニカを糾弾するのだ。
まさかもう婚約破棄? 本編強制終了で、私は捕まるの?
傭兵上がりのジルドは、まだ看守になっていないはず。今牢獄に入れば私を庇う者はいないから、確実にひどい目に遭ってしまう。
更に気になるのは、ラファエルの態度だ。私の悪事を知りながら、彼はなぜ私の髪にキスをしたのだろうか? 混乱していた私は、王子に直接疑問をぶつける。
「証拠って、何?」
「詳しくは言えないが、以前から調べていてね。フィルベールには多くの令嬢を拐かし、売り飛ばしていた疑いがあって……」
彼が言葉を終える前に、誰かに腕を引っ張られた。まさかこのまま逮捕なの?
けれどその人を見た私は、驚きに目を瞠る。
「ヴェロニカ、無事で良かった。お前にまで何かあったらと思うと……」
「お父様!」
気づくと父の腕の中にいた。こうして抱き締められるのは、何年ぶりだろう? 私が成長するにつれ、冷たくなっていった父。でも今は、小刻みに震えているようだ。
「すまないヴェロニカ、許してほしい。お前を危ない目に遭わせた」
父は思い違いをしている。正確には私が、ソフィアを危険に巻き込んだのだ。誘拐は私が企んだことで、たまたま手配を頼んだ相手がフィルだった。そのため、ソフィアに怖い思いをさせてしまって――
「いえ、あの……」
「公爵。いや、大臣。申し訳ないが報告を」
立ち上がったラファエルが、タイミングよく父に促す。どう言えばいいのか困っていたところなので、ちょうど良かった。
でも報告って何のこと? そもそもどうしてお父様がこの場にいるの?
私の疑問を解消するべく、咳ばらいをした父が口を開く。
「国外のルートは潰しました。潜伏場所が問題でしたが、まさかこんな所だったとは。女性達は無事に保護。一旦宮殿に連れて行き、事情を聞きます。貴方にも立ち会ってもらいたい」
「わかった。忙しくさせて済まない」
なんと王子のラファエルが、父に頭を下げている!
「ニカ、もう少しだけ公爵をお借りするよ?」
ラファエルは困ったように笑うと、私に話しかけてきた。父は口を引き結び、いかめしい表情だ。父とは顔を合わすのも久しぶりだと思いながら、私はラファエルに了承の意を示す。
「ええ、もちろん。だけどもう、危ない仕事はさせないで」
何となくわかったような気がする。父があまり家に寄りつかなかったのは、その職務のせい。重要なことに携わっているとは感じていたけれど、警察のようなお仕事だとは思ってもみなかった。
「ヴェロニカ、それはお前が口を出すことではない。だが王子、貴方の提案を受け入れましょう。引退して、相談役となるのも悪くない」
「相談役? まさか。情報担当大臣を退いた公爵には、宰相職をお願いしたい」
「それは引き受けかねます。いずれ王となる者が妃の父を優遇したとあっては、国の混乱を招く元となりましょう」
「貴方の実直な所を、現国王も買っているのだがな。まあその話は、いずれまた。ほら、我が婚約者も驚いている」
驚いたなんてもんじゃない。
警察というより、スパイの親玉だなんて知らなかった。だからよく、国外に行ったり天宮で寝泊まりしていたのね? 我が家の護衛に屈強な者が多かったのも、今となっては頷ける。
父が私に近づかなくなったのは、そのためなのかしら? わざと私を避けていた?
思わず父の袖を掴んだ私。その姿を見た父が、ぽつぽつ語りかけてきた。
「ニカ、よくお聞き。今までお前に話したことはなかったが。お前の母さんは、私に恨みを持った人物に殺されたんだ」
鋭く息を飲む。ラノベでは、産後の肥立ちが悪かったって記してあったのに!
「だから私は必要以上にお前を守り、可愛がってしまった。お前が我儘な性格に育ったのは、私の過ちだ。新たな母親に任せて、自分は職務に戻った方がいいと考えた。だが、たまに家に帰っても、亡き妻に似て美しくなっていくお前を見るのはつらい。悲劇を繰り返すことを恐れるあまり、私はお前を遠ざけた。ヴェロニカ、お前には何の罪もないのに……」
いえ、お父様。
ヴェロニカは結構黒いんです。
叩けばホコリが出ますとも。
あと、実の娘を美しいと言うのも、かなりの親バカでは?
「お前には、できるだけ穏やかな世界で生きてほしかった。そのために、王子との婚約を最後まで反対したんだ……結局は折れたが。ここまで来たら、結婚も認めざるを得ないな」
いえ、認めなくても大丈夫。だってヴェロニカは、もうすぐバッチリ婚約を破棄される。代わりにソフィアが一緒になるから、我が公爵家は安泰だ。
ジルドと過ごす平民としての生活が、穏やかなものかどうかはわからない。でも、少なくとも王子と一緒になるよりも、平凡な毎日だろう。
そこまで考えた私は、不意に恐ろしくなる。打ち明け話をしたり、最後にみんながいい人になるって、最終回によくあるパターンよね。まさか本当に、本編が今日で終わるのでは!?
「可哀想に。ニカ、震えているね? 彼女を送り届けてから、私は王宮に戻ることにする。大臣……いや義父上、それでいいですね?」
「ああ、仕方がない。ラファエル様、娘を頼みます」
いや、そこは頼んじゃだめなんだってば。まさかこのまま、牢獄へ直行するんじゃあ……
懸念したようなことはなく、無事に我が家へ送り届けられた。いえ、精神的にはちょっと無事ではなかったような――
あの後すぐ、私は王家の馬車に乗り込んだ。座るなり、ラファエルはなんと自分の膝の上に私を抱え上げる。背後から腰に手を回されるわ、ピッタリくっつかれるわですごく恥ずかしい。
「な……何をしているの? ラファエル、もしかして血迷った?」
「血迷う? ニカは、相変わらず面白いことを言うね」
「それなら、何でこんな体勢を……」
「うん? 大事な婚約者に傷がついていないかどうか、調べないといけないからね」
婚約者って言っても、本物じゃないし。
彼の膝から下りようとした私を物ともせず、ラファエルは後ろから私の肩や首筋に触れる。手つきが優しいのでくすぐったい。
我慢できなくなった私は、彼の手に自分の手を添え、やんわり引き離して拒絶した。
「平気よ。貴方にもらった魔法石が、すごい効果を発揮したもの」
「そのようだね。まさか火の魔法だとは」
「え? だって、あれを用意したのって貴方よね?」
確認するため振り向くと……ち、近い! 端整な顔が私のすぐ目の前にあって、紫色の瞳が、私の表情を探るように見ている。私は慌てて正面に向き直り、落ち着こうと息を吸う。
「もちろん。でも発揮される属性は、君との相性があるから」
「相性って? ラファエルも得意魔法は火なんでしょう?」
「残念、まだ当たらないね」
どういうことだろう。まだ、とは?
それよりも、あちこち撫でる手つきがさっきより大胆になってきているような。
「ねえ、ラファエル。なんだかいろいろ触り過ぎでは?」
焦った私は文句を言う。