悪役はつらいよ 8
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何をどう間違えたのかしら?
私は冷たい石の床に転がって一生懸命考えていた。
ソフィアと私が目隠しをされたまま馬車に乗せられ、連れて来られた場所。それは快適と言うには程遠く、じめじめしていてかび臭い。石の壁はひび割れているし、天井もくすんで所々水が滴っているようだ。申し訳程度に敷かれた絨毯は、擦り切れてボロボロだった。私達はそんな場所に、二人だけで置き去りにされている。
快適な郊外の隠れ家、どこに行った?
目隠しは外されたけど、両手と両足の自由は奪われたまま。麻のような縄で背中側に回した手首、それと足首を固く結ばれている。チクチクするし、動かせそうで動かせない。手を引き抜こうと試みるものの、ちっとも緩くならないし、擦れて手首の方が痛いのだ。
ソフィアは、連れて来られた当初から泣いていた。現状を全く予想していなかった分、義妹の方が恐ろしい思いをしたのだろう。大きな青い目に涙をいっぱい浮かべて震えている姿は、見ている私の方が苦しくなった。泣き疲れたソフィアは眠ってしまったみたい。
それにしても、これはいったいどういうことなの?
フィルとの打ち合わせでは、ソフィアだけが攫われる。快適な隠れ家に監禁……というより軟禁されて、VIP待遇で王子の助けを待つはずだったのに。隠れ場所の地図も貰ったし、間違えないように大きく花丸までつけておいた。だけどここは、どう見ても田舎の一軒家と言うより、忘れ去られた廃墟のようだ。
男達の声が聞こえて来たので、私も咄嗟に寝たふりをする。
「馬車を無駄に走らせろってどういうことなんだ? 今回に限ってボスは何でそんなことを」
「しっ、声が大きいぞ。聞こえたらどうする」
「心配ねぇ。二人共、泣き疲れて寝ているんだろうさ。まあ、黒髪の方はあんまり泣かずに固まっていただけだが」
「こいつらも売るのか? もったいないねーな。身代金を要求した方がよっぽど儲かるのに」
「ボスの方針だから、仕方がない。貴族にたんまり恨みがあるんだろう」
聞こえてきた話によると、ボスはとんでもない人物らしい。家族に知らせてお金を手にするより、売り飛ばした方がいいと考えているなんて……ってことは、もしかして彼らは本物の人攫い!? 偶然同じ黒塗りの馬車で、偶然同じ所を指定してきた。私達は運悪く、巻き込まれてしまった……
そんなわけはない。だとしたら、フィルは巷で騒がれている犯人に誘拐を依頼してしまったのかしら。だから私まで、ソフィアと一緒に攫われたの?
前言撤回――フィルを有能だと言ったこと、無しで。最後の最後で本物に頼むというミスを犯すなんて、悪役令嬢の協力者の風上にも置けないわね!
とにかく、何とか逃げ出す方法を考え出さないと。このままここにいたら、いずれどこかに売り飛ばされてしまう。何よりソフィアが可哀想だ。彼女がいなくなったことに気づけば、ラファエルだってすごく悲しむ。
彼のことを考えた時、私は魔法石の存在を思い出した。あれってお守りだって言ってたし、何かあれば叩き壊すように教えられてたわよね? 今がまさにその時なんじゃあ……
「うう……」
いいことを思い出したと喜んだのもつかの間。自分の姿を見て絶望した私は、思わず呻いた。
手と足を縛られているため、叩き壊すどころか取り出すことさえできない。それに、変な動きをすれば、たちまち見つかり取り上げられてしまうだろう。
「何だ、嬢ちゃん。目が覚めたのか?」
「よく見ればべっぴんさんだよな。そのまま売るのが惜しいくらいだ」
「こらこら。そんなことを言ってボスにバレたらどうする?」
三人組の二人は体格が良く、一人は普通の体型だ。だけどもちろん、私が敵う相手では無い。彼らのボスは相当スゴイらしい。だって、頭巾を取った凶悪そうな顔の彼らが逆らわないくらいの人なのだ。フィルってば、どういうつてを使ったの?
考えても仕方がないわね。まずは縄を早く外してほしい。
「ねえ、手が痛いの。お願い、これ外して下さる?」
ラノベのヴェロニカが人を動かす時のように、一生懸命色っぽく言ってみた。考えてみれば、彼女は次々と男性を虜にして言いなりにしていた。けれど私はまだまだだ。協力者のフィルの詰めが甘かったのって、もしかして、私の色気が足りないせい!?
「それはできねえ相談だな」
「ボスが戻って来るまで、辛抱してくれ」
「足だけなら、まあ」
だめか。やっぱり色気不足?
でもまあ、この際何でもいいや。
「お願いするわ。あなたって優しいのね」
足だけだと言った男に笑みを浮かべる。
ここで妖艶に迫ったら、手まで外してくれるんだろうけど。色気ってどうすれば出るんだっけ? 起きたソフィアが可愛く頼んだら、あっさり外してくれたりして。
このままだと、魔法石を取り出して壊すことができない。ラファエルの魔法も、永遠にわからないままだ。
男が足首の縄をナイフで切った。
刃物を持っているなら、下手な動きはしない方がいい。それなら、身体ごと床にぶつけて叩き割るのはどうかしら? ラファエルを喜ばせたくないので、魔法石はあれから肌に直接ではなく、ドレスと下着の間につけるようにしている。ちょっとくらいケガするかもしれないけれど、スライディングすればもしかして……
首を倒した私が準備運動を終え、床に飛び込もうとしたまさにその時! むくりとソフィアが起き上がる。
「夢じゃなかった。こんな所嫌だわ、帰りたい」
「気持ちはわかるわ。でもソフィア、私達は攫われてしまったみたいなの。だから、変な動きで犯人を刺激しないでね?」
私は小声で義妹を窘める。
だけどソフィアはわかっていないのか、私を責め始めた。
「だいたい、ヴェロニカが道を間違えるから! 間違えたって素直に認めれば良かったのに」
「いえ、それは……」
驚いた。ソフィアったら、誘拐を私が仕組んだとは考えないの?
「こんな汚い所は嫌~。喉が渇いたしお腹も空いた。トイレにも行きたい。ねえ、これ外してよ」
無理よ、ソフィア。私もさっき言ったけど、ダメだったんだもの。
「トイレか。それならあっちだ。その間だけなら外すから、逃げるんじゃねーぞ」
え、いいの?
見ればソフィアは、あっさり足と手の縄をほどかれている。手首をさすりながら顔をしかめているけれど、やっぱり可愛らしい。って、感心している場合ではなかったわね。それなら今だわ!
私はソフィアに身体をくっつけると、彼女の耳に小声で囁く。
「ソフィア、今よ。魔法石を取り出して、思いっきり床に投げつけて」
ところがソフィアは、信じられない言葉を放つ。
「前に渡されたあれ? ドレスに合わないし、家に置いてあるけど」
「はあ!?」
どうして、ソフィア。
貴重な物だって言ったでしょう? ヒロインなのに、ヒーローからもらったものを身につけてないの?
「何をコソコソしてるんだ。行くのか行かねーのか」
「もちろん行くわ。もう漏れそう!」
いろいろヒロインらしからぬ言動に、どっと疲れたような気がする。いいや、ソフィアが帰ってきたら、私の分を投げつけてもらおう。




