悪役はつらいよ 7
ラファエル視点です(^。^)
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執務室で書類に目を通していた私、ラファエルの元に飛び込んで来た女性がいる。最優先で取り次ぐように命じていたため、少なくとも途中で遮られることはなかったはずだ。
ニカの侍女であるサラ。彼女の報告は、私が最も恐れていたものだった。
「ラファエル様、実は……」
「何だと、ニカとソフィアがいなくなった?」
買い物に出かけた二人が、白昼堂々突然姿を消してしまったらしい。同行していた護衛が、街で店に入った二人を見失ってしまったのだとか。そのため現在、公爵家は大変な騒ぎになっているという。
「旦那様が不在なので、私共にできることは限られています。公爵夫人も取り乱しておいでで、何から手をつければ良いのか……」
「他に不審なことは?」
「それがその……以前お耳に入れた文通が、まだ続いているようで」
瞬間、黒い感情が込み上げる――私がいるのにまだあいつと? 今すぐ問い詰めたいが、肝心のニカがここにはいない。
「手紙の中身は確認した?」
「すみません、さすがにそこまでは。ですが送られて来た手紙なら、鍵付きの引き出しの中に。お嬢様が全て保管しています」
鍵など壊せばいい。
いや、むしろ壊してしまいたい気分だ。私の贈り物は拒否するくせに、あいつの手紙は大事にしているのか。それとも彼に騙されている?
調べたところによると、フィルベールはかなり危険な男だ。ニカ達の失踪には、十中八九彼が絡んでいるだろう。これまで、ニカの身を案じながらも手が出せなかったのは、彼をわざと泳がせていたから。けれど、ニカが消えたとなると話は別だ。
「やはり彼か。サラ、私は先に行く。すまないが、後から来てくれ」
公爵家に向かうため、すぐに外へ出た。馬車に乗る時間も惜しい。私は護衛と共にそれぞれの馬に跨ると、先を急いだ。
ヴェロニカの侍女には、変わったことがあればすぐに知らせてほしいと、事前に頼んでいた。ニカを気遣う者として、私が直接召し抱え公爵家に派遣している形だ。
忠実なサラは、ニカの日々の様子を教えてくれる。そんな彼女が急いで来たのだ。ニカとソフィアがいなくなったとわかってから、時間はそれほど経過していないだろう。
しかし不安は拭えない。対策を講じていたものの、ニカが絡むと私は焦らずにはいられないのだ。
やはり、『悪い虫』などとは言わずにはっきり警告しておいた方が良かったのかもしれない。もしもあいつが、最初からニカを狙っていたのだとしたら――?
今考えても仕方のないことだ。
まずは手がかりを探すことにしよう。
ローゼス公爵家に到着した私は、屋敷の者には目もくれず、護衛と二人でまっすぐニカの部屋へ向かった。
人払いを命じた私は、ニカの机の前に座る。土の魔法で鍵穴の型を取り、そのまま回して難なく開ける。引き出しの鍵を壊すまでもなかったようだ。
大事そうにしまわれていた文箱の中から、手紙の束が出て来た。私はそれらに目を通し、事態の把握に努めることにする。
「なんだ、これは」
驚くことに誘拐を持ち掛けたのは、ニカの方だった――それも、ソフィア限定で。彼女の筆跡で書かれた依頼のメモが、なぜかきちんと残っていた。手紙を読む限りでは、相手であるフィルベールの方が誘拐には消極的だ。愛の言葉を書き連ね、女性の喜びそうな場所にニカを誘い出そうとしている。
「これがあいつの手口、なのか?」
彼のことはひとまず置いておくとしよう。問題は、ニカだ。
彼女が悪役に憧れていたことは知っている。牢獄に入ろうと望んでいたことも。けれど、未だに悪事を企んでいるとは思わなかった。計画は、片っ端から潰したはずなのに。
それならニカは、本物の誘拐犯とは知らず、彼に協力を呼びかけたのだろうか?
――この国の貴族の娘が、他国で売られていたのを見かけたという通報があった。それが、昨年秋の舞踏会シーズンより少し前のこと。そのため私は情報担当大臣に命じ、国外を調べさせていた。人身売買は重罪で、即刻火宮の刑場行き。没落貴族の親が金策に困って娘を売り飛ばしたのだとしても、それは変わらない。
調べを進めていくうちに、見目麗しい貴族令嬢が次々と失踪していることがわかった。人攫いの仕業だとも言われていたが、戻ってこないために、犯人の手がかりが全く掴めていないというのが現状だ。
それからしばらくして、公爵家の侍女のサラから、ニカがある男と手紙を交わしているという話を聞く。なんでも舞踏会で彼女に声をかけていた男に、街でも偶然会ったのだとか。
その男、フィルベールはニカに連絡先を渡していたそうで、彼女も満更ではなかったらしい。私は怒りを覚えたが、手紙だけならとあえて見逃すことにした。もちろん、相手の素性を調べることは忘れない。
人攫いとニカの文通相手。調査するにつれ、共通項目が次々と浮かび上がってきたのだ。
昨年から舞踏会に出没するようになった彼は、フィルベール=バルビエと名乗っていた。伯爵家と縁続きであると匂わせ、年頃の令嬢達に積極的に声をかけている。彼と話した女性といなくなった令嬢とが、奇妙なほど合致した。
バルビエ家に問い合わせたところ、そんな名前の人物は存在しないということだった。いるにはいたが、赤子の頃に流行り病で亡くなったのだという。それなら彼は誰なのか?
危険だとは知りつつも「手掛かりに繋がるのなら」とニカの父親である公爵が、彼を泳がせると決めた――
私が何度もニカを呼び出したのは、彼女を案じたためだ。変わった様子がないかと、確認しようとして。私という婚約者がいながら、他の男と手紙のやり取りをするニカ。後ろめたい表情も見せず、彼女はいつも通りだ。そんな様子が悔しくて、私はわざと彼女に触れた。
赤くなる姿は可愛いし、戸惑う様子も初々しい。「形だけの婚約だ」とニカは口にするけれど、私はもう随分前から一緒になるのは彼女だ、と決めている。ニカの意志を尊重し、ゆっくりと仲を深めていくつもりだったけれど。
「あんな男に攫われるくらいなら、早々に手を出しておけば良かったのか? それとも魔法で、がんじがらめにしておく方がいいのかな」
呟きながらも手は止めない。
手紙の中から、地図のようなものを発見した。ソフィアを攫ってほしいなら、二人でここに来いということなのだろう。
フィルベールはあくまでも、女性側が自分から行動したように見せかけるのが得意らしい。だから今までも家出と誘拐の区別がつかず、捜索が遅れたのだろう。
二人に渡した魔法石には、いろんな種類の魔力を込めておいた。どれを使っても身を守れるし、間もなく居場所も判明するはずだ。そうは言っても、助けるまで何ごともなければいいと思う。彼女に微かな傷でもついていたら、私は自分の魔力を制御できないかもしれない。
「あまり酷いことをすると、ニカに嫌われてしまうな」
私は苦笑した。彼女の憧れる悪役よりも、実際は王子である私の方が黒い。彼女を害する者を傷つけることを厭わないばかりか、婚約を簡単に解消できないよう周りを固めてもいる。そのことを知った時、ニカはどんな顔をするだろう。
ニカは寂しがり屋だ。
自分のしたことで他人が喜ぶと、本当に嬉しそうな顔をする。そんな愛らしい彼女が、悪人になどなれるはずがない。
「いい加減諦めて、私にすればいいものを」
「王子、まだですか?」
痺れをきらした護衛が、不満そうに抗議する。
「わかったよ。ニカとソフィアが捕えられているのは、たぶんここだ」
私はある一点を指さすと、椅子から立ち上がった。走って外に出た護衛は、後から来た兵に大声で指示を飛ばしているようだ。
ニカのおかげで証拠は揃った。二人の救出と犯人確保は時間の問題だ。魔法石がある限り、彼女達は守られている。
「恐らく、身につけてくれているはずだが……」
それでも不安は残る。私は目的地まで、急いで馬を飛ばすことにした。