悪役はつらいよ 6
ソフィアの腕を取り、店の中へ。
先ほど髪飾りを購入したため、店主がすぐに私達の方へ近づいて来た。
「まあ、不手際でもありましたか?」
「いいえ。あの……不審者に後をつけられているんです。助けて下さい」
窓から外を覗いた店主は、うちの護衛に気がつくはずだ。こちらに背を向けているから、彼らが警戒中だと思ってくれればありがたい。
「お二人共綺麗だから、目をつけられたのかしら?」
店主は私の嘘を信じてくれたみたい。私達を裏口に案内すると「気をつけて」と言ってくれた。すごくいい人なのに、騙してしまってごめんなさい。お詫びに小物は、今度もここで購入することにしよう。
ソフィアは何も言わずにおとなしくついてくる。私は裏口から出ると、店の表を確認した。幸いにも、護衛は私達に気づいていない。行くなら今しかないようだ。私はソフィアを手招きすると、二人でそうっと外に出た。怪しい動きを見られたら最後、すぐに問い詰められて家に帰されてしまうから、それだけは勘弁だ。
店からだいぶ離れた頃、ソフィアが私に聞いてきた。
「ヴェロニカったら大嘘つきね。そうまでして、私といたいの?」
可愛らしく首を傾げるヒロインは、時々妙に鋭い気がする。
「そうよ。貴女と一緒に行きたいところがあるの」
目的地が、裏通りの外れに停めてある馬車だとはとても言えない。私はとりあえず、フィルから指定された場所に向かって、歩き出すことにした。
お昼時ということもあり、周囲には美味しそうな香りが漂っている。焼き菓子の甘い匂いや絞ったフルーツの爽やかな香り、肉が焼ける時のパリパリという音や焼き立ての薄焼きパンの香りなど。そういえば、何だかお腹も空いてきたような。
街の人が暮らす地宮では当たり前だし、前世では馴染み深いもの――私にとって屋台は、取り立てて珍しいものではなかった。けれどソフィアはこの辺りの地区は初めてなのか、キョロキョロしながら歩いている。そうか、普通の貴族は買い食いなんてしないものね?
せっかくなので、ソフィアに焼き串を一本買ってあげることにした。脂の滴る牛肉に、タレがからめてある一品だ。
「串のまま、直接口に入れて食べるのよ」
そう教えてあげたら、ソフィアは目を丸くして驚いている。どうしてそんなことを知っているのかと、疑問に思ったのかもしれない。
甘辛のタレに食欲を刺激されたので、自分の分も買い求めた。
「「いただきまーす」」
ソフィアと並んでお肉にかぶりつき、その熱さに目を白黒させる。同じようなタイミングで顔をしかめたことがおかしくて、私達は互いの様子に噴き出した。
笑っているソフィアは可愛いくて、とっても幸せそうだ。仲の良い姉妹はこういうものかもしれないと、柄にもなく考えてしまう。胸が温かくなるこの感情は、家族への憧れにも似ているようで。
私もソフィアも焼き串を綺麗に平らげると、すぐに二本目に突入した。ついでに野菜を挟んだ薄焼きパンを堪能し、フルーツを練り込んだ甘い焼き菓子も口にする。デザートは別腹だから、平気よね? 分け合って食べたから、カロリーも半分になるかもしれないし。
ソフィアといることが楽しい。こんな風に笑い合える日が来るなんて、思わなかった。誘拐のおかげ(?)で、義妹との距離が何だか少し近づいたような気がする。
「次はどこかしら? ヴェロニカは物知りだから、すごく楽しみだわ!」
ソフィアの嬉しそうな顔を見た私は、一瞬胸が痛くなる……罪悪感とは、こういうことなの?
疑うことを知らないヒロインは、次はどんなお店に行くのだろうとウキウキしているようだ。今までの確執などなかったかのように、明るい声で気軽に話しかけてくる。
でもごめん、次などないの。だってヒロインと悪役令嬢とは、相容れない存在だもの。
私は今日、義母が寝ている間にソフィアを連れ出した。だから義母は、ソフィアがいなくなったことを知らない。『ブラノワ』に出てくるヒロインの母は、誘拐の報せを聞くなり気を失って倒れていた。そんな時でもヴェロニカは、薄笑いを浮かべているのだ。
今の義母なら少なくとも黙ってはいないと思う。逆上し、ソフィアと出掛けた私を責めて、叩くくらいはするかもしれない。
嫌われるのは想定内だし、恨まれるのも当然だ。そのくらいひどいことをするのだと、きちんと自覚もしている。覚悟なくして悪役令嬢など務まらないから。中途半端な気持ちでは、悪事は成功しないのだ。
私は再び気を引き締めると、無言でソフィアの手を引いた。
賑やかな表通りに比べると、裏通りは中心街から離れるとどんどん寂しくなっていく。ソフィアも不安になったのか、周りを見ながら不安そうな顔をした。
「ねえ、ヴェロニカ。もしかして、道を間違えたんじゃない?」
「いいえ。こっちの方で合っているはずよ」
馬車を手配してくれたタルト君ことフィルに、事前に詳しい地図を渡されている。そこには確かに、この通りの名が記してあった。方向や目印となる建物もバッチリだし、時刻もそろそろだ。
『誰かに見つかる恐れがあるから、場所を覚えたら燃やすように』と、フィルは手紙に書いていた。けれど、燃やすわけがない。そんなことをすれば、証拠だって消えてしまう。
悪役令嬢の私は、捕まりたいのだ。だから地図は処分せず、私の悪事メモと一緒にカギのついた引き出しの中に、大切にしまっている。
とはいえ、手伝ってくれたフィルに迷惑をかけようとは思わない。捕まっても、彼の名前は出さないつもり。潔いヴェロニカは、人のせいになどしないのだ。それに悪役が何人もいたら、看守のジルドを独り占めできなくなってしまうじゃないの。
指定の場所とは、崩れた大きな建物の横。建物は、元は娼館だったらしい。その鉄柵の横に、打ち合わせ通り黒塗りの馬車が停めてあるのが見えた。このまま真横を通れば、中から出て来た人物がソフィアを攫ってくれるはず。
私は緊張でドキドキしながら、近くに行こうと足を進めた。けれど――
「待って、やっぱりおかしいわ。お店もないし、引き返しましょう」
素直なソフィアは、私が道を間違えたのだと本気で信じているようだ。元の場所に戻ろうと、私の服の袖を持ち、懸命に引っ張っている。
「いいえ。どうしてそう思うの? 貴女より私の方がこの街に詳しいのよ?」
悪役っぽくニヤリと笑う。
正直、私もここには初めて来たけれど。
昼間でもカラスがたくさん飛び交って、陰鬱な感じがする。夜だと一層怖そうだ。普段なら、絶対に来ない場所。
でも、これから連れて行かれる隠れ家は、居心地が良いと聞いている。だからソフィア、安心して監禁されなさい。
「嫌よ、帰りたい。ヴェロニカのバカ!」
久々にバカと言われたけれど、気にしてはいけない。あと少しで馬車に着くので、私は嫌がるソフィアの腕を掴み、引き摺って行こうと試みた。
「ほら、行くわよ。あともう少しなんだから」
だけどソフィアは身をよじらせて、私から何とか逃げ出そうとしている。しまった、ソフィアの方が力が強い。このままでは逃げられてしまう!
そう思い焦っていたら、馬車から黒ずくめの男達が出て来た。その数はちょうど三人で、フィルが手紙に書いてきた通り。男達は私とソフィアを取り囲むと、こちらに向かって手を伸ばす。
「嫌っ」
怯えて私にしがみつくソフィア。だけど私は悪役っぽく、無情に言い放つ。
「助かったわ。じゃあ、この子をお願いね? もちろん丁重に扱うのよ」
ショックを受けたようなソフィアの顔に、またもや胸が痛くなる。
ところが、何かがおかしい。男達はソフィアに続き、私にも迫って来たのだ。
「え? 私は違うから。止めて、違うの!」
ソフィアと共に目隠しをされた私は、馬車に揺られながら、必死に考えを巡らせる。
どうして? 連れ去るのはソフィアだけのはずなのに、なぜ私まで馬車に押し込められてしまったの?




