悪役はつらいよ 5
翌日、念入りに仕度をしたソフィアが、付き添いの侍女と共にいそいそと出掛けていく。義妹は私とは別の日に、天宮に通っているようだ。
王子との愛を育んでいるのだろうけれど、過剰に迫られていないか心配になってしまう。私に対してでさえあんな風だから、彼が本気を出したら……年下のソフィアには刺激が強すぎるのでは!?
でも、ここはあえて見て見ぬふり。王子は白薔薇のことは大切にするはずだし、本編通りに進むのは私にとっても良いことだから。
ソフィアは最近、よくため息をつく。
今日も朝食の後、思い悩んだ様子で呟いていた。
「まだまだ、なのかしら」
憂いを帯びた表情がとても綺麗で、同性の私でさえドキリとする。これは確実に、恋をしている顔だ。私の恋は、まだ始まってもいないというのに……
相談に乗るわけにもいかないし、考えただけでモヤっとしてしまう。けれど、ソフィアを羨ましがっている場合ではないのだ。悪役令嬢ヴェロニカは、本編ではあくまでも悪役。番外編まで待たないと、主役になれない。
いよいよ、誘拐作戦決行当日となった。
今日は私の誕生日でもある。
思い返せば、もう何年もまともな誕生日を過ごせていない。「誕生日おめでとう」と、父が私を膝の上に抱き上げて撫でてくれたのは、もう何年も前のこと。あの頃は父と二人だけの家族だったけど、寂しいと感じたことなどなかった。
いけない、感傷に浸っている場合ではなかったわね。こっちに集中しなければ。
タルト君――フィルと決めた誘拐の手順はこうだ。
ソフィアに警戒されないよう、最初は本当に買い物をする。次に護衛をうまく撒き、裏通りに移動。黒塗りの馬車の近くをわざと通って、中から出て来た人物にソフィアを引き渡す。馬車が走り出したのを確認した後、大声で私が助けを呼ぶ。男の子が偶然通りかかるので、その子が警吏に伝え、ラファエルを呼びに走る。
悪党も馬車も男の子も、手配は全てフィルが一人でしてくれた。隠れ家も郊外に快適な場所を見つけたから、大丈夫だと言う。彼は思ったよりも有能で、私はすごく助かっている。しかも前金は必要経費のみらしく、報酬は後払い。お値段も非常に良心的だ。
念のため、フィルへの手紙には「大事な義妹なので丁重に扱ってほしい」と書いておいた。彼は「大事なのになぜ誘拐を?」と聞いてきた以外、全て私の指示に従ってくれている。
そんなわけで私は現在、ソフィアと一緒に街をぶらぶらしているところ。
「誕生日ついでに貴女にも好きな物を買ってあげる」と、義妹を家から無理やり連れ出したのだ。買ってあげるのは構わないけれど、本当は逆なんじゃないかとほんの少し思ってしまう。
だけど意外にも、ソフィアとの買い物は楽しかった。十七歳になった私と十五歳のソフィア。年の近い女の子同士だからか、小物の好みも似ているみたい。今は二人で、舞踏会用の髪飾りを選んでいる。
「ほら、こっちの方が貴女の銀色の髪に映えるわよ。お気に入りのドレスともお揃いでしょう?」
私はソフィアに、ピンクの大きな羽とルビーがついた白薔薇の髪飾りを勧めてみた。
「でも、子供っぽいピンクじゃ嫌なの」
「どうして? 好きな人が、大人っぽくなったから?」
「ぽく、じゃないわ。彼はとっくに大人だもの」
ソフィアは大人になったラファエルと釣り合おうと、一生懸命なのだろう。部屋に籠って勉強していたのは、そのためなのね? ラファエルは第一王子で、王太子となることが決まっている。ソフィアは彼が好きだから、王太子妃を目指して必死に頑張っているのかもしれない。
待って。それなら彼はソフィアに、既に好きだと伝えたの?
『ヴェロニカとの婚約に愛はない。本当に愛しているのは君だけだ』
タイミングが早い気がするけれど、そんなセリフが確かにあった。まだなのだとしても、ラファエルなら大丈夫。いじらしく健気な白薔薇に、自らの愛をもって応えてくれるはずだ。
「あれ?」
今のチクンは何?
私は自分の胸に、思わず手を置いた。
「ヴェロニカ、どうかした?」
「いえ、別に」
胸が痛んだような気がしたのは、急に不安になったせい? これからの計画に手違いが生じれば、ソフィアとラファエルの仲もおかしくなる。婚約破棄をしなければ、二人は結ばれない。そしてヴェロニカも、水宮の牢獄に行けなくなってしまう。
永遠に愛されないのはつらい。
私だって誰かを愛し、愛されたいのだ。
だから、登場人物みんなが幸せになる道は、これしかないと思う。ソフィア、わかってほしいとは言わないけれど、これは貴女のためでもあるの。
私は赤い薔薇の髪飾りを、ソフィアは白百合の髪飾りを買うことにした。白薔薇がいいと勧めたけれど、周りの装飾が子供っぽいので嫌なのだそう。まだ子供なのに……と出かかった言葉を胸に収める。好きな人が大人なら、背伸びをしたくなるのは当然だ。心の広い私は、ヒロインの意志を尊重してあげよう。
「銀髪に白百合では、地味だったかしら……」
外に出るなり、ソフィアが私に聞いてきた。気にするなんて、可愛いわね。
「いいえ。ソフィアなら、何でも似合うわ。それに彼は優しいから、どんな姿の貴女でも褒めてくれるはずよ?」
「そう? ヴェロニカもそう思う?」
嬉しそうな顔のソフィアは、いつにもまして生き生きと輝いている。離れて歩くうちの護衛達も、きっとそう思っているはずだ。私の痛みは緊張のせいで、ラファエルとは決して関係のないものだ。
それよりも、この後私は二人の護衛を撒かなければならない。どうしたものかと思案したところ、いい考えが閃いた。
「ねえ、ソフィア。今の店にもう一度戻らない?」
「え、どうして?」
「せっかくの買い物を邪魔されたくないでしょう? だからね、二人だけで楽しみましょう」
「誰にも邪魔されていないのに? ヴェロニカと一緒の方が危ないわ」
ソフィアったら失礼な。
確かにこれから攫うけど。
「そう、怖いの。大人なら欲しい物は一人でも手にできるけど……。仕方がないわね、ソフィアはお子様だから」
もちろん嘘だ。貴族の娘が伴もつけずに買い物するなどあり得ない。ソフィアをバカにしたのは、護衛から引き離すため。指定の場所に行くには、まず彼らの目の届かない場所に移動する必要がある。
思った通りソフィアは私に子供扱いされたことが悔しいらしく、あっさり誘いに乗ってきた。
「わかったわ。ヴェロニカのことを、誰かが監視しなくちゃいけないもの」
「言うようになったわね。でもまあ、大人はそうでなくっちゃ」
上手くいったとほくそ笑む。あとは、護衛にもっともらしい嘘をつくだけだ。
私は彼らに近づくと、もじもじしながらこう言った。
「さっきの店で、その……。恥ずかしいから、誰にも見られないように外で見張っていてね?」
護衛達が顔を見合わせ頷いた。
彼らには、私達がトイレを借りに行ったのだと勝手に勘違いをさせておこう。




