表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めざせ牢獄!〜悪役令嬢は番外編で愛されたい〜  作者: きゃる
第三章 本格的に悪事を働くつもりです
37/66

悪役はつらいよ 5

 翌日、念入りに仕度をしたソフィアが、付き添いの侍女と共にいそいそと出掛けていく。義妹は私とは別の日に、天宮に通っているようだ。

 王子との愛を(はぐく)んでいるのだろうけれど、過剰に迫られていないか心配になってしまう。私に対してでさえあんな風だから、彼が本気を出したら……年下のソフィアには刺激が強すぎるのでは!?

 でも、ここはあえて見て見ぬふり。王子は白薔薇のことは大切にするはずだし、本編通りに進むのは私にとっても良いことだから。


 ソフィアは最近、よくため息をつく。

 今日も朝食の後、思い悩んだ様子で呟いていた。


「まだまだ、なのかしら」


 憂いを帯びた表情がとても綺麗で、同性の私でさえドキリとする。これは確実に、恋をしている顔だ。私の恋は、まだ始まってもいないというのに……

 相談に乗るわけにもいかないし、考えただけでモヤっとしてしまう。けれど、ソフィアを羨ましがっている場合ではないのだ。悪役令嬢ヴェロニカは、本編ではあくまでも悪役。番外編まで待たないと、主役になれない。




 いよいよ、誘拐作戦決行当日となった。

 今日は私の誕生日でもある。

 思い返せば、もう何年もまともな誕生日を過ごせていない。「誕生日おめでとう」と、父が私を膝の上に抱き上げて撫でてくれたのは、もう何年も前のこと。あの頃は父と二人だけの家族だったけど、寂しいと感じたことなどなかった。

 いけない、感傷に浸っている場合ではなかったわね。こっちに集中しなければ。


 タルト君――フィルと決めた誘拐の手順はこうだ。

 ソフィアに警戒されないよう、最初は本当に買い物をする。次に護衛をうまく()き、裏通りに移動。黒塗りの馬車の近くをわざと通って、中から出て来た人物にソフィアを引き渡す。馬車が走り出したのを確認した後、大声で私が助けを呼ぶ。男の子が()()通りかかるので、その子が警吏(けいり)に伝え、ラファエルを呼びに走る。


 悪党も馬車も男の子も、手配は全てフィルが一人でしてくれた。隠れ家も郊外に快適な場所を見つけたから、大丈夫だと言う。彼は思ったよりも有能で、私はすごく助かっている。しかも前金は必要経費のみらしく、報酬は後払い。お値段も非常に良心的だ。

 念のため、フィルへの手紙には「大事な義妹なので丁重に扱ってほしい」と書いておいた。彼は「大事なのになぜ誘拐を?」と聞いてきた以外、全て私の指示に従ってくれている。


 そんなわけで私は現在、ソフィアと一緒に街をぶらぶらしているところ。

「誕生日ついでに貴女にも好きな物を買ってあげる」と、義妹を家から無理やり連れ出したのだ。買ってあげるのは構わないけれど、本当は逆なんじゃないかとほんの少し思ってしまう。

 だけど意外にも、ソフィアとの買い物は楽しかった。十七歳になった私と十五歳のソフィア。年の近い女の子同士だからか、小物の好みも似ているみたい。今は二人で、舞踏会用の髪飾りを選んでいる。


「ほら、こっちの方が貴女の銀色の髪に映えるわよ。お気に入りのドレスともお揃いでしょう?」


 私はソフィアに、ピンクの大きな羽とルビーがついた白薔薇の髪飾りを勧めてみた。


「でも、子供っぽいピンクじゃ嫌なの」

「どうして? 好きな人が、大人っぽくなったから?」

「ぽく、じゃないわ。彼はとっくに大人だもの」


 ソフィアは大人になったラファエルと釣り合おうと、一生懸命なのだろう。部屋に(こも)って勉強していたのは、そのためなのね? ラファエルは第一王子で、王太子となることが決まっている。ソフィアは彼が好きだから、王太子妃を目指して必死に頑張っているのかもしれない。

 待って。それなら彼はソフィアに、既に好きだと伝えたの?


『ヴェロニカとの婚約に愛はない。本当に愛しているのは君だけだ』


 タイミングが早い気がするけれど、そんなセリフが確かにあった。まだなのだとしても、ラファエルなら大丈夫。いじらしく健気な白薔薇に、自らの愛をもって応えてくれるはずだ。 


「あれ?」


 今のチクンは何?

 私は自分の胸に、思わず手を置いた。


「ヴェロニカ、どうかした?」

「いえ、別に」


 胸が痛んだような気がしたのは、急に不安になったせい? これからの計画に手違いが生じれば、ソフィアとラファエルの仲もおかしくなる。婚約破棄をしなければ、二人は結ばれない。そしてヴェロニカも、水宮の牢獄に行けなくなってしまう。


 永遠に愛されないのはつらい。

 私だって誰かを愛し、愛されたいのだ。

 だから、登場人物みんなが幸せになる道は、これしかないと思う。ソフィア、わかってほしいとは言わないけれど、これは貴女のためでもあるの。


 私は赤い薔薇の髪飾りを、ソフィアは白百合の髪飾りを買うことにした。白薔薇がいいと勧めたけれど、周りの装飾が子供っぽいので嫌なのだそう。まだ子供なのに……と出かかった言葉を胸に収める。好きな人が大人なら、背伸びをしたくなるのは当然だ。心の広い私は、ヒロインの意志を尊重してあげよう。


「銀髪に白百合では、地味だったかしら……」


 外に出るなり、ソフィアが私に聞いてきた。気にするなんて、可愛いわね。


「いいえ。ソフィアなら、何でも似合うわ。それに彼は優しいから、どんな姿の貴女でも褒めてくれるはずよ?」

「そう? ヴェロニカもそう思う?」


 嬉しそうな顔のソフィアは、いつにもまして生き生きと輝いている。離れて歩くうちの護衛達も、きっとそう思っているはずだ。私の痛みは緊張のせいで、ラファエルとは決して関係のないものだ。

 それよりも、この後私は二人の護衛を撒かなければならない。どうしたものかと思案したところ、いい考えが(ひらめ)いた。


「ねえ、ソフィア。今の店にもう一度戻らない?」

「え、どうして?」

「せっかくの買い物を邪魔されたくないでしょう? だからね、二人だけで楽しみましょう」

「誰にも邪魔されていないのに? ヴェロニカと一緒の方が危ないわ」


 ソフィアったら失礼な。

 確かにこれから攫うけど。


「そう、怖いの。大人なら欲しい物は一人でも手にできるけど……。仕方がないわね、ソフィアはお子様だから」


 もちろん嘘だ。貴族の娘が伴もつけずに買い物するなどあり得ない。ソフィアをバカにしたのは、護衛から引き離すため。指定の場所に行くには、まず彼らの目の届かない場所に移動する必要がある。

 思った通りソフィアは私に子供扱いされたことが悔しいらしく、あっさり誘いに乗ってきた。


「わかったわ。ヴェロニカのことを、誰かが監視しなくちゃいけないもの」

「言うようになったわね。でもまあ、大人はそうでなくっちゃ」


 上手くいったとほくそ笑む。あとは、護衛にもっともらしい嘘をつくだけだ。

 私は彼らに近づくと、もじもじしながらこう言った。


「さっきの店で、その……。恥ずかしいから、誰にも見られないように外で見張っていてね?」


 護衛達が顔を見合わせ(うなず)いた。

 彼らには、私達がトイレを借りに行ったのだと勝手に勘違いをさせておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ