悪役はつらいよ 4
咀嚼するけど恥ずかしくって、味などほとんどわからない。
「どう? タルトは君も好きだろう?」
あろうことかラファエルは、自分の指を口に含んだ。ジャムか生地の欠片が付いていたのだろうけれど、私の口に入った指をそのまま舐めている!
「な……舐め、舐め!」
彼の伏し目がちな仕草は、妙な色気に溢れていた。おかげで私の顔は熱くなり、心臓は爆発寸前だ。
「あら」
「まあ」
「お熱いこと」
同席する令嬢達も顔が赤い。彼女達の視線が、生温かいような気がする。
違うの、ラファエルは単にふざけているだけだから!
困っているのは、このことだ。
一足先に十七歳となったラファエルは、人並み外れた容姿に加え、色香をまき散らすようにもなってきた。なまじ顔がいいだけに、どんな仕草でも様になってしまう。そういうのはヒロインだけにすればいいものを、私を相手に練習して面白がっているのだ。
「ヴェロニカは奥ゆかしいね。感想を素直に言っていいんだよ?」
「それどころじゃないわ! 人前でこういうのはちょっとって、いつも言っているのに」
「ああ、二人きりの方がいいと、そういうわけだね?」
だから、髪をかき上げながら言うのはやめてほしい。普通にして、普通に!
「違っ……」
「ヴェロニカ様が羨ましいですわ。こんなに愛されて」
「本当。美男美女でお似合いです」
「王子様は、ヴェロニカ様を大切にされていらっしゃいますものね」
反論さえも、かき消されてしまう。
騙される彼女達も彼女達だ。
悪役令嬢の私が、王子の過剰な演技のせいで周りに圧されっぱなしというのは、いかがなものか?
調子に乗ったラファエルは、花瓶から白薔薇を一本引き抜くと、香りを嗅いだ。瞼を伏せるわざとらしい仕草にも、みんなが見惚れてため息をついている。これってやっぱり、ラノベのヒーローだからなの?
「残念なことに最近、私の大事な薔薇に悪い虫がついているようでね」
目を開いた彼は、話題を変えたようだ。
そんな話は初耳だけど、薔薇の病気でも流行っているのだろうか? 我が家にもたくさんの品種があるから、帰って早速庭師に報告しなければ。
「駆除したいがそうもいかない。悩ましい限りだ」
病気なのに放っておくの?
それなら、本物の薔薇じゃないのかしら。
もしかして、薔薇とはソフィアのこと? そうか、だから白薔薇なのね! それにしても、悪い虫とはどういうことだろう?
「私の思い過ごしであればいいけれど。大切な薔薇には、元気よく育ってほしい」
この頃、ソフィアに元気がないことを言っているのね? だったら悪い虫とは……私だわ。
「びっくりしました。本物の薔薇のことをおっしゃっていらしたんですのね」
「そうよ! ヴェロニカ様に限ってそんなこと」
ラファエルが突然変なことを言い出したので、薔薇が私のことだと大きな勘違いをされてしまった。けれど、薔薇はソフィアで虫が私。彼は私に釘を刺したのだと思う。
「駆除したい」とまで言い出すってことは、あまりやり過ぎると、虫のようにあっさり潰すぞ、ということなのかもしれない。だからといって、誘拐をやめるつもりはないけれど。
「そうそう、悪いといえばお聞きになりまして? 事件のこと」
「ええ。例の人攫いでしょう? 何でも、貴族令嬢ばかりがいなくなるのだとか」
「怖いわね。何もわからないなんて」
私もその噂は耳にした。
最近貴族の若い女性、それも箱入りの綺麗な女性ばかりがいなくなっているのだとか。そのために人攫いの仕業だと、まことしやかに囁かれている。
身代金が目的の誘拐とも、ただの家出だとも言われているけれど、誰も戻って来ないのでよくわからないそうだ。
「人攫いだとしたら、怖いわね」
私も同調した。自分も企んではいるが、本物はやっぱり怖い。だって、私の計画している誘拐は、ソフィア限定なので至って健全だ。計画に穴がないかもう一度確認しておこう。
他の令嬢達と一緒に部屋を出ようとしたところ、ラファエルに呼び止められた。何だろう。計画のことは、バレていないはずだし。
もしかして、さっきの態度を注意をされるの? それとも、ソフィアの様子を知りたいのかしら。
「ニカ、私の贈ったペンダントは、きちんと身につけている?」
なんだ、そのことね。
魔法石が気になるみたい。
「ええ。肌身離さず持っているわ。ほら」
私はドレスの中から引っ張り出した。考えてみれば、家族以外からの初めての贈り物なのだ。嬉しくないわけがない。まあ、家族は近頃冷たくて、贈り合ったりしないけど。
「良かった。外出する時も忘れずにね」
確認するなんて、可愛いじゃない。帰ったらソフィアにも伝えてあげよう。
のん気にそんなことを考えていたら、彼は私の胸に……じゃなかった、魔法石に触れた。そのまま持ち上げると、なんと、自分の唇に当てている!
抗議しようとしたけれど、怖いくらいに綺麗な紫色の瞳に魅入られて、声が出ない。ラファエルは、私の顔を見ながら真剣な表情をしている。一瞬、彼が知らない人のようにも見えて――
魔法石を放したラファエルは、いつもの柔らかな表情に戻っていた。我に返った私は、慌てて口を開く。
「な……何で!?」
「何でって、何? 魔力を供給しただけだけど?」
彼は平気な顔をしているけれど、それは今まで私の肌に触れていたものだ。革紐はドレスと合わないために、わざと服の下につけている。魔法石はちょうど私の心臓の上、つまり胸の谷間にくる。私が中から取り出すところを、見ていたはずなのに。
いや、深く考えてはいけない。
ソフィアならまだしも、ラファエルは私が相手だと、全く何も感じないのだろう。一方的に恥ずかしがっている場合ではなかった。私にはジルドが……そう、牢獄でジルドが待っているのだ。
「何でもない。そろそろ帰るわね」
「ああ、気をつけて。それからニカ、今後も肌から離さないようにね」
腕を組み、少しだけ首を傾けたラファエルが、私に声をかける。その姿は、まるでモデルのようだ。
「どうして? そうしないと、お守りの効果が出ないの?」
「ん? いや、その方が私が嬉しいから」
「なっ……」
開いた口が塞がらないとは、このことだ。てっきり、気づかれていないと思っていたのに……
王子がセクハラしてくる。早くヒロインとくっつけないと、悪役令嬢の私の身が保たない。
あー、またイチャイチャしてる〜。
(=´∀`)人(´∀`=)